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フュージョン・フロンティア  作者: 陽山純樹
第三話

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デートと名前

 その日、優七は未だかつてない緊張に包まれていた。


 一連の事件がどうにか収束し、一週間が経過していた。土曜日で休みとなり、本来ならば剣を握り戦うか、一日家でダラダラ過ごすかの二択だったはず。

 けれど、その日は違った。厚手の黒いセーターにジーンズ。上には茶色のコートを羽織った優七は、待ち合わせに指定された駅前で頭を悩ませていた。


「……どうすればいいんだ? これ?」


 問うが、誰も答える人間はいない。けれど呟かずにはいられなかった。

 あのルームの戦いの後盛大に彼女――城藤から告白され、本日デートの日を迎えていた。指定された場所で指定された時間十分前に優七は集合し、寒空の中一人呆然と立ち尽くしている。


 やがて来るであろう城藤のことを考えどう対応すればいいか全くわからない。そもそも優七自身デートなどというものが初めてである上、あのルーム以来一度も会っていない彼女に対しどんな顔をすればいいかもわからない。


「というか、プランも何もないんだけど……」


 さらに呟く優七。実の所予定については「私が決める」と城藤からメール連絡があったため、放置していた。けれど彼女任せは心底不安を覚え――考えておくべきだったかとやや後悔した。かといってデートというものでどこに行けばいいのかもわからず、ただひたすらに右往左往するだけだった。


「……というか、未だに信じられない」


 そして優七は最後に呟く。まさか城藤が――などと思うだけで複雑な心境となる。

 同時に浮かぶのは、別の女性の顔。いや、デートの前にこういうことを想像するのはどうなのか――


「早かったわね」


 右から声がした。優七が体をビクリとさせた後、声のした方へ首を向ける。

 そこには、制服姿ではない私服の城藤がいた。


「いつ来たの?」

「ご、五分前くらい……」

「そう。ま、集合時間に遅れていないし別にいいでしょ?」

「あ、ああ……」


 ただ流されるままに頷く優七は、合わせて城藤の格好を確認した。

 上は藍色のPコート。下は灰色のプリーツスカート。そしてブーツを履いており、コートのポケットに手を突っ込み超然としていた。


「……何?」


 観察していると城藤は眉をひそめる。視線が癇に障ったらしい。


「あ、えっと……」


 優七はどう返答していいかわらず口ごもる。すると、


「何よ、はっきり言いなさいよ」


 どこか睨むような眼差しを送る城藤。途端に優七は気配に圧された。


「え、えっと、新鮮だなと思って」

「……ふうん」


 応じながら、城藤は自分の姿を確認する。


「新鮮、ね……まあいいわ。ちなみに私も優七のそんな格好初めて見るけど……見覚えあるような気がするのは、予想通り過ぎるからでしょうね」

「……ほっとけよ。服にお金はかけないんだよ」


 言いつつ、優七は再度城藤の服装を眺める。別段、高そうな雰囲気は無い。


「そう。けどそれは私も同じ」

「……城藤も?」

「服は安い物を買ってコーデするのが趣味」


 そう切り返した後、城藤は目つきをやや柔らかくし問い掛ける。


「で、早速出発するよ。ついてきなさい」

「……城藤が決めるって連絡来たから放置したけど、大丈夫?」

「もちろんよ。まずは――」


 と、城藤は正面にある――アウトレットモールへ続く道を指差した。


「覚悟しておきなさい」

「それは荷物持ちのこと? それとも全部おごらせること?」

「全部」


 城藤は笑う――優七は「わかったよ」とあきらめたように答え、歩き始めた。






 ――現状、表面的には事件も起きず世界は平和を謳歌していた。とはいえ調査結果、回収したプログラムを解析してもとうとう魔物の出現を抑える方法は見つからなかった。


 そしてもう一つわかったのは、回収したデータではシステムの一部しか見ることができないこと。データ自体古いレビジョンであったためなのかもしれないが――とにかく確認できたのはほんの一部。けれど逆に言えば、そうしたデータさえ取得すれば現実世界で稼働しているロスト・フロンティアのデータを把握することができるかもしれない。


 よって、データ収集を行うという結論を政府は出し――しばしエンカウントについては非公表とした。危険度を知らせるために話すべきだと主張する者もいたらしいが、最終的に無用な混乱をもたらし害悪の存在が出現する可能性を考慮し、結局は情報を開示しなかった。


 優七としてはそのやり方で良かったのではと思っている。けれど他の面々はどう考えているのか――


「私は、どっちでも良かったと思うけど」


 適当に入った店でセーターを物色しながら、城藤は優七へ告げる。


「ま、きっと偉い人達が必死に悩んで出した結論なんでしょ? ならいいじゃない」

「すごく適当な物言いだな……」

「頭の悪い私には判断できない世界だからね」


 小さく肩をすくめた後、彼女は手に取っていたセーターを戻した。


「うーん、いいのがないなあ……この辺にしておくかな」

「あのさ、城藤。もういいの?」


 ――そう優七が問い掛けるのには理由がある。優七が握る買い物かごには、安い価格帯のセーターが一枚しか入っていないためだ。


「ん? どういうこと?」

「いや、せっかく俺が買うんだから……」

「何で優七が心配するのよ」


 城藤は眉をひそめながら、新たに手に取ったセーターを一瞥して、戻した。


「とりあえず、この店は終了」

「本当にいいのか?」

「無駄な買い物はしない主義なの」

「……給料もらっている身だから、もうちょっと思い切ってもいいと思うけど」


 優七は呟きながらセーター一着しか入っていない買い物かごを見つめた。


 ――優七達は現在、政府に雇われる形で戦線に参加している。命のやり取りであるためか、それなりに見返りがある。中学生にも関わらず給料をもらっている、というのもその一つだ。


「ちなみに優七。お給料って何に使ってる?」

「特に欲しい物もないからもっぱら貯金。将来のために」

「将来って……戦っている間は学費なんかも免除でしょ? 何に対して貯金するの?」

「何があるかわからないじゃないか。例えばやむを得ない事情で戦線を離脱するとか」

「ずいぶん後ろ向きな貯金ね」


 皮肉気に城藤は呟くと、レジを指差した。


「それ一着で終わり。お会計」

「はいはい」


 優七は応じ、買い物かごを持ち会計を済ませた。


 その後二人は店を出る、直後、優七は手に握る軽い袋を見ながら呟いた。


「もっと買っても良かったんじゃないか……?」

「何回言うのよ。だから無駄な物は買いたくないの」

「……俺に対する優しさとでも受け取っておけばいいのかな」


 コメントしつつ、優七は服の入った袋を握り直した。すると――


「はい、優七。袋貸しなさい」

「は? どうするんだよ」


 優七は質問したのだが、城藤は構わずひったくった。そしてなぜか左人差し指にある指輪を使ってメニュー画面を呼び出す。


「城藤?」


 尋ねる優七であったが、城藤は構わず操作を行い、なぜかルームを呼び出した。

 彼女の正面の空間が歪む。奥には見慣れたログハウスと草原が見え、


 城藤は突如、振りかぶった。


「おい、まさか――」

「ほっ!」


 優七が喋る前に城藤の手から袋が放り投げられ、ルームの中へ入り込んだ。


「これでよし」


 彼女は告げるとルームを消し、優七へ向き直る。


「荷物持ちだけは許してあげるよ」

「……ありがとう、と感謝しとくよ」


 優七は苦笑を交え答えつつ、そういう方法もあったなと改めて思った。

 そこから二人は移動を再開。しかしすぐに城藤は立ち止まり、別の店に首を向けた。


「入る?」


 優七は問うが、城藤の反応は無い。

 その目線の先には、ドレスコートに身を包むマネキンが一体。


「……高そうだからいい」


 そう見切りをつけ、城藤は歩き出す。なんだか名残惜しそうな雰囲気を覗かせつつも、優七は言及せず歩く。


「こういう時、貧乏性って嫌よね」


 途中、独り言のように彼女は呟く。


「お給料もらえて仕事しているわけだけど……生来の感覚が身についているから高い服に気が引ける」

「……何度も言っているけど、今回は俺の金だろ?」

「そうね。でも止めとくよ」


 告げた後、城藤は空を見上げた。


「家ってロクな収入もないのに四人兄弟だからなのか、生粋の貧乏でさ。それを忘れたくて少ないお小遣い必死に溜めてロスト・フロンティアの機械買ったんだよ。で、次第にのめり込んで今に至るというわけ」

「……給料もらえて、今は楽になった?」

「学費免除とかで両親は狂喜乱舞していたけどね……高校も実質タダだし、まあ金が掛からないってことでいいんじゃない?」

「……そっか」

「私が長女で中学卒業したら働こうとか考えていたんだけど……よく考えたら働いているのかな。けどまあ、高校くらいは出ろって言われているから進学するつもりだけどさ」


 と、城藤はおかしそうに笑った。


「ま、そういうことで今日は全部優七のおごりで」

「……何がそういうことなのかわからないけど、請け負うよ」

「ありがとう。それでこそ男よ」

「褒められても嬉しくないのは何でだろうな」


 そう優七は返答し――ふいに、なぜ自分を、という疑問が湧き上がった。デートが始まるまで幾度となく考えた疑問。それをつい口に出しそうになり――


「そんなもの欲しそうな顔しないでよ」


 城藤が、気勢を削いだ。


「理由はデート中に教えてあげるからさ」

「……わかったよ」


 そう言われると優七は頷く他なく、城藤の後に続くしかなかった。

 続いて二軒目に入ろうとする。優七はため息をつきつつ足を進め、


「あ、そういえば」


 と、店の前で城藤は声を上げた。


「優七。私のことは名前でいいよ」

「……へ?」

「名前。別にデートしているからとかそんなんじゃなくて、私が名前でそっちが苗字というのもおかしいでしょ?」


 態度的には単純な提案、という風に見えた。けれど優七としては少し戸惑う。なんとなく躊躇ってしまうのだが――


「ほら、呼んでみる」

「ゆ、雪菜さん……」

「何でさん付けなのよ」

「……一応、一学年上だし」

「それなら苗字で呼ぶ時もさん付けにしなさいよ」


 もっともな発言に優七は口をつぐみ――やがて、


「……わかったよ、雪菜」


 呟いた時、彼女――雪菜は満足そうに頷き、


「それじゃあ、二軒目ね」


 言いながら雪菜は颯爽と身を翻し、店内へと入った。

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