恐るべき事実
扉をぶち破った瞬間、前方から熱波が飛来する。光熱系の魔法――
「効かないわよっ!」
城藤が槍を床に突き立て結界を生み出すことで対抗する。直後光が飛来し、結界と衝突後爆発した。
優七は『セイントエッジ』を解除して剣を構え直し、敵の動向を窺う。結界の奥側は煙と粉塵により一切見えない。加えて結界は扉全体を覆うことはできず、左右から廊下へ少しずつ煙が漏れる。
「さて、相手はどんな人かな?」
城藤は不敵に呟きつつ結界を維持。やがて煙が収まり、扉の先がはっきりと見えた。
天井がひどく高い玉座の間――上部には太陽の光が差し込む窓があり、広間全体を照らしていた。そして扉の一直線上には赤い絨毯と、一つだけ段差があり奥に玉座。
そこに、魔法を使ったと思しき人物が左手を突き出して立っていた。
「男性、か。てっきりあの女性が出てくると思っていたんだけど」
城藤が呟く。優七は彼女の声を聞きながら相手をつぶさに観察し始めた。
黒髪にパーカーとジーンズ姿の男性。顔つきは地味で、さしたる特徴もない。右手には長剣を握っており、先ほどの魔法から優七は魔法戦士だろうと見当をつけた。
同時に、ほんの少し眉をひそめる。今まで戦ってきた人達と比べ、どこか頼りないような、すくんだ雰囲気を見せている。
「優七、彼がこの広間の主ってことでいいわよね?」
ふいに城藤が尋ねる。優七は小さく首肯し、
「いいと思う。で、ここにいる以上彼がリーダーだ」
「そう。なら――」
城藤は言うや否や結界を解除し、猛然と駆けた。やや遅れて優七は追随。
(まずは、この部屋に罠がないかを確かめないと……)
優七は目標に襲い掛かる城藤を見ながら胸中呟き、一度広間をぐるりと見回した。
そこで、背後――扉の上に魔方陣が描かれているのに気付く。
「っ!」
半ば本能的に、優七は腕に力を込め『エアブレイド』を放った。それとほぼ同じタイミングで魔方陣が白く発光する。
瞬間『エアブレイド』が魔方陣に直撃した。轟音と立てて陣が描かれた壁が破砕。光が消える。
「くっ!」
優七の耳に、男性の声が聞こえた。振り向くと彼は魔方陣のあった方向を見て険しい顔をしていた。
(おびき出して魔法を使う算段だったのか)
優七は運が良かったと判断し――次の瞬間、城藤が斬りかかった。
対する男性はそれを長剣で防ぎ、横に逃れる。どうにか城藤から距離を取り、右手の剣で牽制しつつ左手をかざす。
瞬間、優七は足元から「何か」を感じ取った。
「っ……!?」
同時に生じたのは背筋に伝う悪寒。その根源は、足元。
(そういうことか!)
優七は即座に地面に剣を奔らせた。剣戟が絨毯を切り裂き、さらには――
「なっ!?」
男性が驚愕の声を発した。
優七は地面に目を送る。切り裂いた絨毯の下に魔方陣の光が生じており、斬撃によりそれがゆっくりと消えていく。
(背後の攻撃と合わせた、二重の罠か)
頭で相手の攻撃方法を断じつつ、広間へ視線を巡らせ残る魔方陣を確認。すぐに見つけ出す。
場所は左右の壁面に埋め込まれるようにして存在する柱の上部。さらには玉座奥にある壁面。
優七は無言で『エアブレイド』を発動し、まずは玉座奥にある魔方陣へ向け放つ。それが直撃し破壊に成功した時、金属音が広間に響いた。城藤と男性が打ち合う音だ。
それに構わず、今度は柱に描かれた魔方陣へも『エアブレイド』を繰り出し、確実に潰す。これで見た目上の罠は全て消したことになる。
そこで視線を転じる。玉座横に焦った表情を見せる男性と、執拗に槍を放つ城藤。男性はなおも横に逃げるが、城藤は追いすがる。
「このっ!」
彼女は刺突を放つ。男性はそれをどうにか剣で弾くが、次の薙ぎ払いは防げず、その身に受けた。
「ぐっ!」
外傷は無いが、衝撃を受けたせいか男性は呻く。そして受けた反動に身を任せ、優七達を避けるように移動しつつ、剣の切っ先を向け後退する。
優七は剣を彼に構えつつ城藤へ近づく。立ち位置的には反転したような形。優七と城藤が玉座を背にし、男性は絨毯の横手に立ち荒い息で優七達を見据えている。
(罠はあらかた潰したけど……まだ、策があるかもしれない)
警戒の意味を込め優七は心の中で呟き――直後、城藤が走った。
男性はすぐさま腰を落とし迎え撃つ体勢を整える。優七はその瞬間頭の中で直感――男性が目の前の彼女を注視し、それ以外を視界から消した。
つまり例え罠があったとしても、目の前に集中する以上そうした攻撃の可能性は低い。
即座に優七は足に力を加え、跳んだ。城藤が槍を繰り出した時、追いうちの一撃を放てるように彼へ接近する。
男性が初撃を弾く。城藤はすぐさま槍を引き、二撃目を放つ。
攻撃が届く前に優七は着地し横手に回る。男性は優七を一瞥すると共に、城藤の攻撃をどうにか防いだ。
けれど槍からほんの少し視線を逸らした結果、僅かに体勢が崩れる。
その動きが、大きな隙となった。
「やっ!」
城藤の三撃目。同時に優七もまた剣を放つ。そして男性は優七達の攻撃に対し迷いを見せた。
彼はプレイヤーとの戦いは慣れていないのではないか――そういう推測が優七の中でよぎったのはこの時だった。
剣と槍が、彼の体を交錯する。優七が振り抜き城藤が薙ぎ払った時、男性は剣を落とし両腕に青い腕輪が生じた。
それこそが、男性との短い戦いが終わった瞬間だった。
「……よし!」
男性が攻撃の衝撃で尻餅をついた時、城藤は満足そうに笑みを浮かべた。
「これで終わりじゃない?」
「……かも、ね」
優七は同意しつつ彼にはめられた腕輪をじっくりと確認する。青白い光と共に、僅かだが金色が混じっていた。
それがこの砦の主である、何よりの証。
「よし、リーダーは倒した。残っている敵の能力も下がっただろうし、後は――」
優七が言おうとしたその時、突如指輪が発光し始めた。
「えっ?」
城藤の指輪もまた、同様の光。それを見て、優七はすぐさまメニュー画面を呼び出した。
すると、画面に一つ説明文が表示された。
『リーダーを撃破し、なおかつ残りのメンバーが投降しましたので、ゲームを終了致します』
「投降……?」
優七は説明文を見ながら呟く。同時に広間の外から階段を駆け上がる音が聞こえた。
「優七君!」
江口だった。優七は扉方向を見ると彼が広間に入るのが見え、目を合わせた。
「ダンジョン化が解除されたようだが……」
「はい、そうで――」
返答しかけたその時、優七は悟った。
「……そういうことか」
「何よ?」
城藤が問う。優七は彼女へ首を向けながら、説明を加えた。
「敵の中には、リーダーが倒されるまで待っていた人物がいたということだよ。ダンジョン化をしていると逃げられないけど、それが終わればルームの外に出られるから」
「つまり、誰かを逃がしてしまったって?」
「そういうことになるな」
彼女の質問に江口がまとめるように答え、広間の外を手で示した。
「そこにいる人物は、私が運ぶ。ひとまず下に戻ることにしよう」
戦いは終わったが、凱旋というわけにはいかなかった。倒した面々を見て、すぐさま事態に気付いたためだ。
「人数はおよそ定員に達している……しかし、やはりというかなんというか、確実に二人いないな」
砦を出て倒した面々を集めた時、江口はいの一番に呟いた。
その隣には優七や城藤。そしてやや遠くで桜と麻子が話し合っている。
最終的に生き残ったのは味方は十数程。罠や魔物を多数用意していたとはいえ、敵のレベルは優七達よりも劣っていた。その状況下で半数近くがやられたとなると、敵もかなり健闘したのでは、と優七は思った。
そしてダンジョン化が解除されたルームで、新たな人員が補充され砦の捜索を行っている。その中には守山の姿もあり、砦の中にあったアイテムなどを集めている様子もある。
「まあ、大体の予想はつくがな……牛谷と女性は逃げたのだろう」
そう言いつつ、江口は近くにいた男性――あの広間にいた人物へ問い掛ける。
「他に仲間がいるはずだな」
「……知りません」
半ば睨みつけながら男性は答える。途端に江口は眉をひそめ、
「君達の仲間に女性がいたはずだ。居所を教えてくれないか?」
「……知りません」
「携帯とかないか調べればいいんじゃないの?」
城藤が問う。けれど江口は首を左右に振った。
「その辺りのことは敵も予期していたらしく、彼らは誰一人として個人情報となる物を持っていない」
答えながら江口は男性を見つつ、さらに問う。
「君達は今回の件で犯罪者となる……もしここで話せば今回の件について多少考慮されるかもしれないぞ?」
「……知りません」
一瞬顔を険しくしたが、頑なに首を左右に振る。
「……彼女は、君達を捨てて逃げたんだぞ?」
その言葉に、男性は目をかっと見開いた。
「そんなわけあるか! あの人は――!」
「知っているようだな。しかも、ここにいたと思しき口上だ」
――瞬間、男性がしまったという顔で口をつぐんだ。
「言っておくが、私の言ったことは事実だろう。リーダーである君が倒され、なおかつ降伏したことでダンジョン化が解除された。そして現在砦を調べても彼女の姿は無い。彼女だけ隠れていて、ルームの中から逃げ出したに違いない」
「ぐ……」
何かしら心当たりがあるのか、彼は呻いた。
「もう一度言う。彼女が逃げた以上庇い立てしても意味は無いぞ。何せ、君達を裏切ったのだからな」
「……カゲナだ」
そこへ、別の男性から声が聞こえた。名前と思しき単語に、男性はすぐさま首を相手に向ける。
「お前――!」
「イナセさん、もうよしましょうよ。仁義通すつもりかもしれませんけどね、彼女はそれを裏切ったわけだ。相手に尽くしても、もう無意味ですって」
「カゲナ、とは?」
その男性へ江口が聞く。
「名前だな?」
「そうですよ。影に名前の名――影名朋子という名前で、俺達プレイヤーキラー集団『アンチアンジュ《反天使》』の副頭目だった」
「で、私が質問していた彼の名は?」
「――稲瀬高石という、プログラマーです」
「そうか……頭目は、牛谷だな?」
「ああ、そうですよ……これで、少しは考慮してくれるんですか?」
「報告はしておこう。他の人達も情報をきちんと述べるようにだけ頼む」
「ええ、それはもう」
腰を低くして語る男性。対する稲瀬は苛立っている様子――
「江口さん!」
そこへ男性の言葉。一同は首を向けた。
大久保だった。彼は手に何かを持ちつつ、優七達へ近づいてくる。
「見つかりましたよ。もしかして、これがシステムを動かしていた物では?」
そう言って彼は、ハードディスクを差し出した。
「っ……!」
稲瀬が反応。江口はその挙動を見逃さず、鋭い視線を彼に送った。
「知っているんだな?」
「……それは」
「もう一度だけ言う。協力してもらえれば、多少なりとも逮捕した時考慮に入れる」
念を押すように江口は語る。対する稲瀬はなおも迷っている様子だった。
心の中で牛谷達を売るか、迷っている様子――やがて、
「……そう、です」
稲瀬はがっくりと肩を落とし答えた。
「そこに入っているのは、ロスト・フロンティアのシステムデータ……アップデート時に組み込まれる予定だったシステムです」
「これを、どこで手に入れた?」
「牛谷さんが持っていました……予定では別に設計し直したプログラムを組み込む予定だったそうです。牛谷さんが持っていたのは、古いレビジョンのもの……そして、俺が情報を解析し、システムの一部を変更しました」
「つまり、それを再度変更すれば、魔物の出現を抑えられるわけだな?」
江口が問う。すると稲瀬は口を開け、半ば呆然と問い掛けた。
「魔物……?」
「最近魔物が現れるようになったのは、このシステムで調整を施したためだろう?」
その問いに――稲瀬の表情が変わる。
「まさ、か……牛谷さん……」
「聞いていなかったのか?」
「ま、魔物の……?」
「おそらくな。で、調整すればエンカウントをゼロにできるのだろう? 実際、君達が干渉する前までは魔物が現れなかったわけだからな」
江口の問いに、稲瀬は顔面蒼白となる。一体――
「……無理、です」
「何だと?」
「確かにシステムを最初に見た時、一定の値はゼロとなっていました。自動修復のプログラムがあったのでそれを実行して……俺ができたのは、修復した数値を上下させるだけで、ゼロにすることはできませんでした」
返って来た答えに、優七は背筋が凍る思いだった。もう魔物の出現数をゼロにすることができない――
「……なるほど、想定していた最悪のパターンかもしれないな」
怒気を発露した江口の声。途端に稲瀬が体をビクリと震わせる。
「君にはその情報解析に多少なりとも協力してもらうことになるだろう……直原君!」
江口はすかさず麻子を呼ぶ。彼女は桜との会話を中断し、優七達へと歩み寄る。
「どうしました?」
「彼がどうやらプログラムを解析していたらしい。ここで撤収準備を終えるまで、少し話していてくれ」
「了解しました」
麻子は指示を受け入れ、稲瀬と会話を始める。そして江口は優七と城藤へ声を掛けた。
「二人とも、まだ対処できる可能性もあるから、先ほど聞いたことは公にしないでくれ。混乱の元になる」
「はい、わかりました」
「わかったわ」
相次いで応じた後、江口は「では」と告げ、指示を出す守山へと歩き出した。
残された優七と城藤は一度互いに目を合わせる。
「私達はどうする? 他の人を手伝う?」
「……そうしようか」
城藤の意見に優七は同意し、砦の方へと歩き始めた。




