敵の戦法
倒した――優七が心の中で呟いた時、
「背後の人も倒したわよ」
城藤の声が。振り返ると、倒れたまま両腕に青白い光を生じさせる男性が一人。
「最後は自爆。一番むなしい終わり方ね」
「そうだな。で、ひとまず二人確保か」
優七は城藤の声に応じつつ、息をついた。
「それじゃあ、一度門前まで戻ろう」
「どうやって運ぶの?」
城藤が問う。優七は自身のことを指差しながら答えた。
「筋力スキルを両腕に使えば、大人二人くらいは抱えられる」
「あ、そう。なら、護衛は私達ね」
「ああ。道中は二人に任せた」
「了解」
城藤は応じ、槍を肩で担いだ。優七はスキルを活用しながら、まずは進行方向にいる男性へと歩む。
「私が周囲を見張るよ」
桜が隣に立って告げる。優七は「お願い」と答えつつも、必要ないかもしれないと思っていた。
先ほどの攻防で、相手の攻撃を事前に察知することができた。あれは言わば殺気――敵からの気配を読むことができたためではないか。身の危険がわかるのなら、桜がいなくても対応できるのではと、優七は考えた。
(ゲーム上では無形スキルと呼ばれていた能力だな)
――無形スキルとは、レベルの上昇や特定の職業の熟練度が増すことで得られる隠しパラメーターのようなもの。具体的な名称はついていないのだが、プレイヤー達はいつしかそう呼ぶようになっていた。
殺気を把握する気配探知もその一つで、明確なスキルを持たずともレベルや戦闘をこなすことによって得られるものである。
(俺はあくまで生身の人間……でも、仮想世界で戦っていた時の感覚が、色濃く出るようになっている)
頭の中で思考しつつ男性に近づく。トレーナーにジーンズ姿の人物で、武装解除状態の上攻撃を受けて気絶しているのか、ピクリとも動かない。
「ルール付けされている状態で致死ダメージを受けると、こうなるのか」
隣にいる桜が感嘆の声を漏らす。優七は小さく頷きつつ、相手の体を抱えた。
本来、優七の細腕では抱えることなどできない体。それが今容易く持ち上げられ、小脇に抱えることができる。
「なんだか、すごいね」
桜は優七へ告げる。
「こういうのを見ると……現実が仮想世界に侵食されている、というのを改めて実感するよ」
「……そうだね」
優七は同意しつつ、もう一人の男性へ近寄り、抱えた。両脇に男性を持つことになり、城藤からは苦笑される。
「壮観ねぇ」
「嫌味で言っているだろ?」
「まあね」
先ほど顔を真っ赤にしていた時とは打って変わり、元の調子が戻ってきた様子。優七は心の中でそのままでいてくれと思いつつ、歩き出した。
外では既に五人ほどの人物が魔法の縄により拘束されていた。青い腕輪をはめられた面々は負けたことにより顔を一様に険しくしている。そして見張りの手には指輪があったので、無闇に出られないよう彼らから預かっているのだと優七は察した。
そして見張りの面々に気絶した人を任せ、再び砦の中に舞い戻る。
「戦況はこちらが有利みたいだけど……被害がある以上無理は禁物だね」
桜は呟きつつ、一度砦をぐるりと見回した。
見張っている人からの情報だと、こちらの人員も多少ながら被害が出ているらしい。わかっているだけで少なくとも三人。その内二人は特攻してきた人物の自爆により倒されたとのことだった。
「見境なし、といった感じだけど」
続いて城藤が呟いた時、周囲に爆発音がこだました。
「この爆発も、自爆なのかな?」
皮肉気に漏らす城藤――先ほどの戦いや情報から、敵はこちら側のレベルが高く強いということを認め、自爆すら考慮し爆弾を用いて戦っているのがわかる。
「死なないからいいものの……勝つ気あるのかしら? 戦力が減ればそれだけ不利になるのに」
「何かしら策があるとしか思えないな」
彼女の言葉に優七は返答し、さらに言及を重ねる。
「というか、敵の魂胆がわからないのが問題だ……砦ごと爆破するような真似はしないと思うけど、こちらを全滅させる当てがあるんじゃないかな」
「にしては、やり方が杜撰過ぎると思うけど」
城藤は砦の上部を見上げながら、優七へ反論する。
「消耗戦となれば、後続の面々が来るこちらの方が圧倒的に有利じゃない」
「確かに……ん、待てよ。敵もそういう当てがあるとしたら、こうした策を取るのも頷けるか……?」
「でも入口はこちらが抑えているけど」
桜の言葉。優七は後方を見て、結構距離のある場所に見張りの人物がいるのを目に留める。
「確かに……だとすると、一体何を……?」
「ま、策だろうが全員ひっ捕らえれば済むことだし、大丈夫よ」
城藤が言う。それができれば苦労はしないと優七は思いつつ、
「ひとまず、先へ進もうか」
桜達へ告げた。
「問題はどこから入るかだけど……さっきと同じ場所でいい?」
「いいんじゃないかな」
いち早く賛同したのは桜。
「残っている魔物がいるかもしれないし」
「優七、足手まといにならないでよ」
「……善処する」
会話を繰り広げながら、優七達は再び中へ。先ほどの戦闘によりあちこち崩れており、なおかつ人の気配は感じない。
(無形スキルを有効活用すれば、気配探知もある程度できそうだけど……)
優七は胸中思いながら、ものは試しとばかりに周囲に意識を集中させる。これで先ほどのように敵の攻撃を察知できるかどうかわからないが――
「どうしたのよ?」
城藤に横槍を入れられ、集中力が霧散した。
「え? あ、何?」
「何って……目の焦点が合ってなかったけど?」
(逆に変に意識し過ぎたか?)
「城藤さん、よく気付けたね」
優七が心の中で呟いた時、桜が言った。城藤は、はあとこれ見よがしにため息をつく。
「たまたまよ。小河石さんも注意してよ。優七は何しでかすかわからないし」
「え、あ、うん」
どこか押され気味の桜は、多少狼狽えながら応じた。先ほどの戦いで何かを察して以後、態度が変化したように優七は感じたのだが――
「おっと、まだ残っていたのか」
城藤の言葉により思考が中断される。そこには先ほどと同様のナイトサイクロプスが二体。
「待ち構えていたのか別所から来たのかわからないけど……ま、もうプレイヤーはいないんだろうし、楽勝よね」
「城藤、油断はするなよ」
「わかってるわよ」
指摘に面倒そうに答える城藤。態度に優七はため息をつきそうになりながら、真正面の敵を見据えた。
「さて……やるか」
優七の呟きと共に、交戦が始まる。まずは牽制とばかりに『エアブレイド』を放ち、一体にダメージを与えた。ナイトサイクロプス達はそれにより、突撃を開始した。
「城藤、あの巨体を結界で抑えることとかできる?」
「ゲーム上の挙動では、破壊されてた」
「了解……接近されないように戦おう」
優七が作戦方針を告げた時、桜の剣先から炎が舞う。それがナイトサイクロプスに直撃すると、動きが確実に鈍った。
「よし……!」
優七はここぞとばかりに『セイントエッジ』を起動。すかさず大きく前に出て、横一文字に剣戟を見舞った。
攻撃は並んでいた魔物達に直撃。大きく動きを止める。
「ふっ!」
加え、城藤が『レイランス』を発動。左側のナイトサイクロプスに直撃し、大きくのけぞった。
動作から優七は好機を判断。剣を強く握りしめ、
「――おおおっ!」
叫び、火を噴くように攻め立てる。ナイトサイクロプス二体を押し留めるような、左右から繰り出す斬撃。緩慢な動きを見せる魔物達は連撃に上手く防御できず、大きくHPを減らしたのは間違いない。
「このまま――」
優七が叫んだ直後、桜から旋風が放たれた。それが左側のナイトサイクロプスへと直撃し、追撃と言わんばかりに『レイランス』もヒット。それにより、片方を見事倒した。
「残るは……!」
たじろいでいるもう一体を標的にし――ふいに、気配を感じ取った。場所は、ナイトサイクロプスの左。
そこには外へ繋がる廊下の出口があり、突如光の矢が魔物へ向け到来した。
横手から、ナイトサイクロプスの頭部へ直撃する。それはどうやらクリティカルしたらしく、ゆっくりと倒れ込み、光となって消え失せた。
「援護したけど……私の出番は、必要なかったかもね」
そう言いながら現れたのは、麻子だった。後方には見慣れないスーツ姿の男性が二人いる。
「そっちは……結構大変みたいね」
桜が言う。麻子は反応し、苦笑混じりに頷いた。
彼女達は爆発にでも巻き込まれたのか、衣服がかなり汚れていた。敵がいない場所に退避してきたのかもしれない。
「門から真正面に入ったところが激戦地でね」
「激戦って……そこは大丈夫なの?」
「人数も多いし大丈夫でしょ。ただ相手は結構厄介で、時間が掛かるかもしれない――」
彼女が告げた時、一際大きな音が響き渡る。方向までは見当がつかなかったが、麻子の言った場所かもしれないと優七は思った。
「ここに来た理由はあるよ。脇道から砦に入って、横から攻撃するとかできそうだし」
「……この六人で奇襲を仕掛ける?」
優七が問う。麻子はそれに対し腕を組んで応じた。
「そうね……前線で十分戦える優七君か桜のどっちかは、入口に回った方がいいかも」
「なら、私達三人が――」
「けど、奇襲側だって直接攻撃できる人が必要でしょ? ナイトサイクロプスを相手にするのは私達だと骨だから」
麻子は言うと、後方にいる男性二人を一瞥した。
「実を言うと、私と組んでいる二人は壁役でね。私の弓で攻撃し二人が防御、というスタイルで戦っていたのよ。ただ激戦地だと火力のある人もいてこの戦法が効果的じゃなかった。だから火力のある人を探してたのよ」
「で、私達に目を付けたと」
やや胸を張りながら城藤が言う。途端に、優七は頭を抱えた。
「行くつもりだな?」
「もちろんよ」
「あ、できれば城藤さんは迂回組に回って欲しいなあ」
すかさず麻子が要望し、城藤は一転不機嫌になる。
「どうしてよ?」
「結界とか使える盾役が欲しいの……と、私が考えている編成話させてもらうけど、まず敵の指揮を削ぐために桜が前線に出る」
「私が?」
「霊王の剣を持てば、相手は動揺するでしょ?」
その意見に、桜は「ああ、なるほど」と呟いた。
「あの剣は集団戦だと効果てきめんだしね」
「そ。で、桜は魔法戦士だから、どんな状況にでも対応できる……だからこの男二人と組んで、壁にしつつ霊王の剣を存分に振るってくればいい」
「わかった」
桜はあっさりと承諾。自分が陣頭に立って速やかに勝利できれば――そういう目論見がある様子。
「で、俺と城藤と麻子さんで奇襲か」
「そういうこと……まあ、この道が裏手に繋がっているかはわからないけど」
「なんか納得いかない……」
ぶつくさと呟く城藤。しかし、麻子は駄目押しとばかりに彼女へ言った。
「霊王の剣、使えるの?」
「……使えない」
「だったら、奇襲役で」
城藤はむっとした顔を見せたが……色々思案した結果なのか、渋々頷いた。
「わかったわよ。それじゃあ――」
「ええ。ちょっと長居し過ぎたわね……急ぎましょう」
ということで、優七達は編成を変え移動を再開。桜と交代し加入した麻子と共に、廊下を進み始めた。




