お守り
魔物の討伐は、それほど時間も掛からず終了した。敵のレベルがそれなりであったことに加え、こちらの多くは魔王に対抗できる戦力。結果は火を見るより明らかだった。
敵は城壁の上から矢など繰り出したりもしたのだが――これも、前線にいたメンバーが防御、もしくは迎撃した。なおかつ反撃も試みたのだが倒すことはできず、相手は反撃されないようにするためか攻撃は鳴りを潜めている。
「ひとまず、魔物は殲滅……と」
優七は最後に残ったスラッシュウルフを『エアブレイド』で瞬殺し、呟いた。
拍子抜けするくらいだった。味方側はHPを減らすことさえなく敵を殲滅し終え、後には平原の穏やかな姿と、優しい風だけが残る。
「では、続いて城の攻略に入る」
先頭にいる江口が告げる。傍らには大久保が控え、メニュー画面をじっと眺めていた。
「で、大久保。敵の動向は?」
「アイテムを使っているのか、敵の数を窺い知ることはできません」
以前と同様、迷彩系のアイテム――優七は心の中で断定した時、大久保はなおも続けた。
「城門が開いているのは、罠だと思われますが」
「どこから潜入するかが問題だな」
「はい」
声と同時に周囲にいる面々が口々に会話を始める。優七は再度要塞を見回した後、開きっぱなしになっている門を見据えた。
罠だとすると、潜入したところで門を閉じ上から集中砲火を浴びせる方法や、半分城内に入れて分断させる、などの方法がある。抜け道がないかなど確認し、ゆっくりと進軍するのも一つの手だが――
「進もう。悠長にしていると士気が上がる」
江口が決する。そう言うには理由があって、攻略に時間が掛かると敵の士気が上がるということで、能力を上昇させてしまう。
「ここにいる面々なら正面と戦っても大丈夫だろう。一気に押し切ることにしよう」
さらに彼は続ける。虎口に入り込むという決定なのだが――全員の顔に、悲観的な様子は無い。
これはある種当然の反応と言える。元より平均レベルは高いことから罠だとしてもある程度余裕があること。そして何より、この戦いで死ぬようなこともないからだ。
ここにいる面々は全員、常に死と隣り合わせで戦っている。大掛かりな作戦はそれこそ入念な準備と万全の態勢を整え、死なないよう動く。けれど今回は例えHPがゼロになっても死ぬことはなく強制転移させられるだけ。この事実は非常に大きい。
「では、侵入する。大久保、お前は入口を守るようにしてくれ。さすがにあの場所が無防備ではまずい」
「わかりました。ただ単独だとまずいので、一人誰か選んでも良いですか?」
「いいぞ」
江口の言葉を聞き、大久保は近場にいた灰色のスーツを着た男性を指差す。
「頼みます」
「はい、わかりました」
素直に従う相手。きっと知り合いなのだろう。
「よし、では進むぞ!」
そして江口が叫び、進軍。優七は後方で桜と隣同士となって歩く。
「私達は援護に回ろう」
桜が告げる。優七は小さく頷き、声に応じようとした――
「ずいぶんと、仲良しね」
その時、城藤が近寄ってきて皮肉気に桜へ言った。
表情は、相変わらずの不機嫌。ただ、優七の目にはどこか戸惑っている風にも感じられた。
「戦いの最中、大丈夫なの?」
「もちろん」
桜はにこやかに応じる。すると、城藤が気分を害したのか顔をしかめた。
(面白くないんだろうな……)
目の上のたんこぶ的な彼女の存在を、やはり煙たく思っている様子。
「はあ……なんというか」
城藤はため息をつきつつ、優七を一瞥する。
こういう態度から勘違いされる――そんな風に思っているのだと、優七は感じた。
「……あのさ、小河石さん」
「うん」
桜が小首を傾げ応じる。すると反応に戸惑ったのか、城藤の口が止まった。
「どうしたの?」
桜が尋ね返す。城藤は雰囲気に呑まれたか、どうも追及ができないらしく、
「……それ、大丈夫なの?」
唐突に話題を変更した。
「それ?」
「眼鏡よ」
「ああ、危ないんじゃないかってこと?」
「え、ええ……」
城藤は歯切れの悪い返答をする。私が言いたいのはそうじゃないと顔は主張していたのだが、
「これは、ゲン担ぎみたいなものだから」
彼女の様子に構わず、桜は応じた。
「これは亡くなった祖母がくれた物で……現実世界で戦い始めた時これを身に着けていて、最終的には助かった。大切な品なんだけど、この眼鏡を掛けていると生き残れる気がして」
「……へえ」
その話題に、優七は食いついた。ごくごく普通の縁無し眼鏡だが、理由を聞くと注視してしまう。
「なるほど、ね」
城藤は先ほどの追及しようとした点を差し置いて、優七と同様桜が掛ける眼鏡に視線をやる。
「こういう世界になって、戦う人はコンタクトが多いけどね」
「そうね。でも私はこちらの方が良い気がしているから」
「ふうん」
城藤は解答に鼻を鳴らし、議論するのをやめた。
けれど、桜は追及する。
「さっき何か言い掛けていたけど……」
「ああ、もういいわよ」
城藤が面倒そうに返答した――その時、
「全員、注意!」
前方から江口の声。優七が注目すると、門を越えた砦の中で新たな魔物が出現していた。
「散発的な攻撃ばかりねぇ」
城藤が目を向け、呟く。見た目上は、確かに彼女の言う通り。しかし――
「工場でこちらを上手く誘導していたこともあったし、何かしら策があってもおかしくないよ」
優七は気を引き締めるように言った――直後、戦闘が始まった。
先陣を切った制服姿の男子が両手で剣を握り仕掛ける。迎え撃つ魔物は剣と盾を持ったスケルトン。とはいえ、優七達のレベルだと一刀で倒せるレベルのものだ。
けれど、城の奥からどんどん出現し数を増していく。優七は増加する魔物に対し多少驚きつつ、剣を静かに構えた。
「全員、魔物を掃討しつつプレイヤーを探してくれ!」
そこで江口は叫ぶ。彼は同時に握っている大剣の力を解放した。
瞬間、青色の光が刀身から溢れ、それを頭上へかざす。
優七には何をしようとしているのかわかった。大剣系の技の中で掲げる動作は範囲攻撃であり、なおかつ青色の光を伴うものは一つしかない。
彼の刀身から、光が上へと伸びる。それが刀身から離れた直後胴長の竜を形作り、首を魔物達へ向け、一瞬だけ動きが止まった。
そして光が四散し、数えきれない矢となって魔物へ降り注ぐ。使用者の上空から任意の範囲内に攻撃する技――『閃竜剣』という技だと、優七は記憶していた。
矢は集結しかけていた魔物へ相次いで衝突。レベルが低いせいか一撃で魔物が潰え、残ったのは出遅れた魔物だけとなる。それらも弓や魔法を使うメンバーによって迎撃され、静寂が訪れた。
「はあっ!」
そこへ、次に轟音。優七が見ると、開いた扉の片側に戦斧を叩き込んでいる黒スーツの男性がいた。白光と共に大気を振動させるような鳴動が生じ――優七は戦斧系の単発攻撃『ソルインパクト』だろうと察した。
その一撃によって扉に大穴が空く。江口はそれを見て満足げに笑みを浮かべた。
「門を閉じられても退路はできたな。よし、ここからの動きを説明するぞ」
そう告げた後、手早く説明を始めた。
「敵は籠城の構え。そしてこちらは彼らを全滅させなければならない。相手のレベルはこちらよりも下だろうが、単独行動していてはさすがに危険だ。よって、最低でも二人……できれば三人一組となって行動してくれ」
「敵が逃げに徹した場合、どうしますか?」
そこへブレザー姿の男性から質問が飛ぶ。江口は相手に首を向け、
「レベルが高い以上、速度などもこちらの方が上……しらみつぶしに探せば、捕らえられないことはないので追いつくはずだ。もし振り切る相手を見つけた場合は、都度対応していく」
「わかりました」
男性は頷く。声を聞いた後、江口は続きを語った。
「もし敵を倒し武装解除した場合、連行し城の外に集めること。ただし、連れて来れる状況にない場合は、見捨てても構わない……それとその場所に、見張りを二人程度常駐させるべきだな。その役をやりたい者はいるか?」
尋ねると、丁度二人手を挙げた。江口はその人物達へ「門近くで待機」と指示を出した後、剣を軽く振り、
「では、行くぞ」
江口は周囲にいた人物二人に目配せをした後、移動を始めた。彼はその二人を引き連れ正面にある入口へ移動を開始する。さらに他のプレイヤー達も合わせて動き始め、三人一組となって追随し始めた。
突貫で集めたメンバーにも関わらず、目で会話をしただけで三人ずつとなっていく――というのも、これにはカラクリがある。上位レベルのメンバーというのは顔見知りも多く、連携を取るようにしていたケースも多いので、こうした連携は問題ない。優七に例えれば、桜や城藤といった人物がそれに該当する。
「じゃあ、行きましょう」
城藤が優七に言う。
「私と小河石さんなら、大丈夫でしょ」
「そうだね。このメンバーなら」
桜も同調。優七は城藤のことが多少気になったが、小さく「いいよ」と了承した。
「で、どう動く?」
城藤は正面方向を見ながら尋ねる。優七が周囲を見回すと正面入口以外にも通路はあった。
「脇道を進もうか」
桜もまた辺りを見回し提案。優七としては特に否定する要素もなかったので、
「俺はそれでいいよ」
「わかった……城藤さんは」
「そうね……」
彼女は正面を一瞥した後、口の端に笑みを浮かべる。
「脇道から侵入して、回り込んで一網打尽とかいいわね」
「……はいはい」
優七はどこかあきらめたかのように呟き、ホーリーシルフを握り締める。そして桜は「わかった」と笑みを浮かべつつ同意し――行動を始めた。




