その場所を調査する訳
程なくして、魔物と交戦に入った。
相手は見えていたワイバーンではなく、散発的に出現するスライム系モンスターだった。種類はあれど、どれもこれもフィールド上にいる魔物ばかりで、優七達の敵ではなかった。
「ふっ」
僅かな息づかいと共に、優七は『エアブレイド』を放つ。風属性の剣である特性から威力が上昇し、さらに速度も増し緑色のスライムへ向かう。
目も手も口もない無機質な緑の塊は、『エアブレイド』を受けると声も無く消滅した。
「ここはスライム系ばかりだな」
「場所によって出現内容も偏る。ここはそのケースなのだろう」
優七の呟きに江口が答えた。彼の右手には、身長程もある大剣が握られている。本来ならば片手で持てるようなものではないのだが、彼は容易く扱っている。
「うんざりよね、ザコばっかり」
続いて城藤の声。彼女の武器は槍で、小柄な身長を越えるその武器が、目前に迫っていたスライムを薙ぎ払い、倒した。
場所は田んぼの真ん中を突っ切るような道路。優七には学校の帰り道を想起させるのだが、ここは中央を白線で区切られた二車線の道路だ。
直進すると正面にある山へ突き進むような道のりとなっており、都市部から離れて行く。
「しかし、魔物以外何もない……逆に怖いな」
ふいに江口が零す。彼の言う通り耳に入るのは風の音と、自分達が発する靴音や戦闘音のみ。
優七は剣を握り直し周囲を見る。そこで、横にある土だけの田んぼに注目した。
「この田んぼ、今年どうするんでしょうね……」
「魔物の問題が解決しなければ、放置することになるだろうな」
対する江口の回答は、残酷なものだった。
「魔物が跋扈する以上、とてもではないがここに人を住まわせるわけにはいかない」
「ですよね……」
優七は田んぼから視線を外し、前を見据えた。
本来、ここは車の通り道だったはず。しかも周囲に二車線の道路が見当たらず、なおかつ道幅もそれなりにあるので、交通量も多かったはずだ。
けれど、現在は使われていない。これもまた、魔物の出現により封鎖されているのが原因。
「システムをどうにか操作できれば、こうした問題は解決するのだが……」
江口が言う。さらに天を仰ぎつつ、
「……しかし、誰もいないというのがここまで嫌なものだとは思わなかった」
――人ばかりではなく生物の類も見当たらないため、自分達以外に誰もいないのではという錯覚に陥る。彼がそう言うのも無理もない。
「まあいい。進もう」
江口は気を取り直し歩き始める。優七と城藤もそれに従い、移動を開始した。
「江口さん、一ついい?」
道中、城藤が彼に尋ねる。優七は上司である相手にも彼女がタメ口なのを少しばかり気にしつつ、会話を耳に入れる。
「さっき工場が怪しい云々言っていたけど……何か根拠があるの?」
「ああ」
江口は、大剣を前方へ向けながら返事をする。
「真冬である以上、外で何かをしている可能性は低いだろう。どこか雨風をしのげる場所が必要だ。無論、民家に入り込んでいるという可能性もゼロではないが……」
「ないが?」
「危険区域に指定されているこの場所で、色々とやるのに都合が良い場所……それが工場というわけだ。両方ともクリーンルームを備える、電子機器関連の工場となる」
「クリーンルーム?」
城藤が聞き返す。優七も単語に聞き覚えはあったが、詳しくは思い出せない。
「機械設備を使って、空気をものすごく綺麗にした部屋のことだ。電子機器……要は携帯電話やパソコンに組み込まれる部品は、そうした綺麗な部屋を使わないと作れないため、関連工場にはそうした設備が備わっている」
「ふうん……で、そこにいる可能性が高いと?」
「ああ。そういう見立てだ」
「どうしてそう思うの?」
なおも尋ねる城藤。そこで彼はどこか確信を伴った笑みを浮かべ、
「自家発電機と、UPSがあるためだ」
そう答えた。
優七と城藤はまたも首を傾げる。その中で質問を行ったのは、優七。
「自家発電機はわかりますけど……UPSって何ですか?」
「日本語名称は無停電電源装置。簡単に言うと、パソコンやサーバーに怖い、突発的な停電に対する非常用電源みたいなものだ。それなりの規模がある工場はネットワークをサーバー管理している可能性が高いため、これが大体入っている。今回の案件は、ケースはどうあれシステムをいじくっているとなればパソコン等の機器を使っているはず。だから、こうした設備のある場所に潜んでいるはずだ」
言いながら、彼は空いている左手で前方を指差した。優七が目を向けると、そこには十字路と、黄色のランプが点滅する信号機。
「信号機が点灯していることからわかるように、この周辺にはまだ電気が来ている。しかし魔物が電線を破壊すれば、この辺一体は電気が使えなくなるだろう。魔物がいる以上電力会社の人を呼ぶわけにもいかないため、復旧するかも未知数だ。なら、電気が途絶してもシステムをシャットダウンできるくらいの時間が稼げる機器がある場所にいるだろうというのが、推測だ」
「なるほど。ちなみに誰の推測?」
「資料にそう書いてあった」
城藤の質問に江口は白状する。途端に、優七達は吹き出した。
「私がこんなに頭が回るはずがないだろ」
「……何で自認しているんですか」
優七はツッコミを入れつつ、ふと前方に動くものを発見する。
「江口さん、敵です」
「ん……お、バリエーションが増えたな」
道路の先には、数頭の狼。青い体毛に、遠目でも鋭くシャープな体型であるのがわかった。
「スラッシュウルフね」
城藤が警戒を込め言う。ダンジョン内で出現する魔物の一つで、俊敏性と攻撃力が高い。出現するダンジョンでは、多くの冒険者を葬る強敵だった。
「思い出すわね……あいつに散々やられたのを」
「俺も同じく……トラウマになっている人、多いんじゃないかな?」
「だと思うわ」
優七の言葉に同意する城藤。それに合わせて、江口も声を発する。
「結構素早かったはずだな。ま、このパーティーなら恐るるに足らずだが」
「レベルの高い魔物ですから、他に危ない魔物がいないか気を付けて下さいね」
優七は以前遭遇したクリムゾンベアを思い出しながら告げる。江口と城藤は相次いで頷き、
「――行くぞ」
江口の号令の下、三人は動き始めた。
* * *
「……ん?」
ふいに、椅子に座り本を読んでいた牛谷が声を上げる。
「どうしたの?」
横で小さく欠伸をしながら影名が問う。
「使役していたスラッシュウルフが倒された」
答えた牛谷の言葉に――影名は眉をひそめた。
「倒された? 魔物に?」
「いや、魔物は同士討ちなどしないはず。考えられるとすれば、プレイヤーだ」
「政府の人間?」
影名の問いに、牛谷は彼女の顔を窺った。
「どう思う?」
「私としては、存外早かったなという印象」
「確定ではないぞ」
「けど立ち入り禁止区域までわざわざ来るプレイヤーなんて、他に考えられないわよ」
手を広げ語る影名に、牛谷は沈黙する。
「どうするの? 人は呼んだけど間に合わないわよ」
「……稲瀬」
牛谷はそこで、別所に目をやる。個室を開けっ放しにして作業をする稲瀬がいた。
「撤収する場合は、どの程度時間が掛かる?」
「撤収、ですか」
稲瀬は頭をかきつつ天井を見上げ、
「いくつか作業もあるので……そうですね、一時間あれば」
「一時間か。それ以上の短縮は?」
牛谷は聞き返す。対する稲瀬は唸りながら答えた。
「肝さえ掴んでおけば撤収自体は楽です。しかし……今解析に使っている私のシステムが破損する可能性が」
「そうか、わかった。もしもの場合を除き、破損しないよう準備をしてくれ」
「はい。わかりました」
彼の返事を聞くと、牛谷は影名へ向き直り、
「影名、用意はしておいてくれ」
「わかったわ……けど、政府関係者で禁止場所にいるということは、相手は相当なレベルよ? 戦うつもり?」
「元より、そのつもりなのだろう?」
牛谷はどこか笑みさえ浮かべながら話すと、影名は一度彼へ視線を送った後嘆息する。
「ま……確かにこういうことができそうだからあんたと組んだ、という部分はあるわね。けど、相手の方がレベルは上でしょう。場合によっては、やられるかもよ?」
答えたと同時に影名は左中指にはめられた指輪を振り、メニュー画面を呼び出した。
「ま、あまり当てはしないでね」
「弱気だな」
「敵を過少に見積もるような危ない真似はしないだけよ」
「なるほど、懸命だな」
「ええ……で、ここを離れた後どうするの? 引きこもるのも無理じゃないの?」
「ああ。とはいえ事前準備もしてある上、あの場所に踏み込まれるまで多少なりとも時間はあるだろう。その間に迎え撃つ体勢を整え、こちらも策を実行する」
「事前準備? あと策って?」
「後で説明する」
「わかったわ……なんか、裏組織って感じになってきたわね」
楽しげに、影名は言う。そんな態度を見た牛谷は暗い笑みを浮かべた。
(……真実は私の胸だけに、か)
どことなくシニカルな気分となりながら、牛谷は告げる。
「気を付けろよ」
「わかっているわよ」
釘を刺した言葉に、彼女は笑みを滲ませ応じた。
後は各々が行動を開始する。稲瀬は撤収の準備を始め、影名はメニュー操作を行う。
そして、牛谷は静かに右手をかざした。
「時間は稼ぐ必要があるだろうな」
言いながら、左手首の腕輪を見る。
それに意識を傾け力を込めると、途端に白く発光を始めた。ゲームと同じ挙動なのだが、現実世界では未だに慣れない。
(世界の支配者、か……)
ふと、彼は自身が所属していた会社社長を思い出す。事実を知った時ずいぶんと子供じみた考えだと思っていた――しかし、今自分もそれに憑りつかれようとしている。
(因果、という奴かな)
心の中で思いながら――牛谷は能力を発動させた。




