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現実世界と仮想世界の彼

 学校に行けば、ロスト・フロンティアのことで持ちきりだった。本来ならば勇者一行の援護をしている優七は話の中心になってもおかしくない。しかし、そうなってはいない。なぜなら――


「……で、俺はジェイルに迫る竜を倒したわけ」


 自慢げに話すクラスメイトに優七は辟易しつつも、口には出さず窓際の席で外をぼんやりと眺めていた。

 昼休みも半分が過ぎた時間。クラスの面々は教室中央の席で話をする人物に集まっていた。


 彼の名は木ノ瀬(きのせ)藤一(とういち)といい、優七と同じくロスト・フロンティアに熱中している人物。彼はこのゲームによりクラス他、学校全体でも有名人となっていた。その一事でどれほどこのゲームが同年代に影響を与えているか、わかる。


 なぜ彼が有名なのか――理由は、彼が魔王を討伐するジェイルのパーティーの一翼を担っているためだ。ゲームの中では最強と謳われる戦士として名を馳せ、今では実生活においても強い影響を与えている。

 なおかつ、彼はスポーツ万能で学業も優秀。まさしく非の打ちどころが無い。


「なあなあ! 木ノ瀬、今度の戦いで決着つくんだろ?」


 興奮しきっている男子生徒が木ノ瀬に声を掛けると、彼は頷いた。


「ああ。ただ噂もあって、魔王を倒して全クリというわけではなさそうだ。けど、少しくらい報酬があってもいいと思うけど」

「スタッフロールでも流れるのか?」

「体感型でどうやって流すんだよ。空に投影でもするのか?」


 木ノ瀬が告げると笑いが起こる。優七はそこで彼の席を見た。男子の他に女子も混じり会話が成されている。


 ――こういうゲームは男子が中心と思われがちだが、男女のプレイ比率は六対四と、男性の方が多いが存外女性も多い。これは黎明期に女性にも配慮した宣伝が散々繰り返したせいであった。


 もてはやされる木ノ瀬の姿を見ながら、優七は再度視線を外へ戻そうとした――その時ふいに彼と目が合ってしまう。反射的に逸らしたが、相手は気付いたか校内スリッパの音を響かせ、近寄って来る。


「高崎」

「……何?」


 少しだけ不機嫌そうに、優七は応じる。


「そう邪険にするなよ。今度の戦いも、出るんだろ?」

「……まあね」


 答えると、木ノ瀬は「よろしく」と告げて席に帰った。同じゲーム仲間同士の挨拶といったところだろうか。

 優七はふと、もしあの輪の中心が自分ならば――と考える。あのゲームにもっとのめり込んでいたら、ああした立ち位置が待っていたのだろうか。


 思いながら、優七は時折クラスメイトがこちらに目をやっているのに気付いた。けれど優七は、その視線が羨望でも尊敬でもないことは知っている。

 勇者一行の露払いとして行動するユウは、ある意味で有名人だった。それは優七にとって不本意なものであったため、あまり触れて欲しくなかった。だからこそゲームの話も自分から持ち込まず、静観を決め込んでいる。


「……馬鹿らしい」


 優七は吐き捨てるように呟いた。紛れもなく悔しさを滲ませた声――直後、予鈴が鳴る。木ノ瀬他クラスメイトも話を切り上げ、授業の準備を始める。


 こんな日常が、苛立たせる要因の一つとなっている。ゲームの中でいくら頑張っても木ノ瀬のようにはなれない。そして実際の学校生活もそれなりで、特に目を見張る点などない。運動もそこそこ、勉強もそこそこ。特に取り立てて優れている部分もない。

 小さい頃からずっとそうだった。自分の上には必ず誰かがいる。かけっこで一番になったことはないし、成績で上位になったこともない。それは中学に入っても同じで、熱中したゲームであっても同様の結末だった。


 どうすれば――思った時、ふと優七の頭に両親の顔が浮かぶ。決して不幸ではない生活。しかし共働きでロクな思い出もなく、褒められた経験だって皆無に近い。一緒に過ごす時間も少なく、放任主義という名の、無視を決め込まれている。


 俺は誰かに必要とされているのか――そんな風に思ってしまう。


 優七は窓の外へ目を戻した。二階の校舎から見えるグラウンドには体育の授業があるのか、生徒達が準備を始めていた。それをぼんやりと眺めながら、さらに考える。


(もし、モンスターが出現したら、どうなるだろうか)


 ロスト・フロンティア内で出てくるモンスターが出現したら――誰よりも先に馳せ参じ、敵をなぎ倒す――そんな馬鹿な妄想をしていると、本鈴が鳴った。

 チャイムの音と同時に、優七は欠伸をした。このまま眠ってしまいたい。ゲームのやり過ぎで少し寝不足なところもある。特に昼食後の時間は如実に睡魔が到来する。


 先生が入ってくる。優七は眠たい目をこすりつつ、教科書とノートだけは机の上に出す。

 礼をした後、授業が開始。優七は始まる前から興味を失くし、またも外を見る。体育が始まり、生徒達の走る姿が目に入った。


(……俺は)


 何一つ優れていない。ああして運動をしていてもそれは同じ――決然とした事実から来る不満を誤魔化すように、頭の中でモンスターをグラウンドに浮かべ、それを自分が倒すという想像をする。あそこで活躍すれば、さぞいろんな人から褒められるのだろう――


(……寝るか)


 妄想を中断し、優七は腕を枕代わりに机に突っ伏した。もし先生に呼び掛けられればその時起きればいい。そう考え、寝ることにした。


 ――これが優七にとって現在の日常。ゲームの傍ら学校に向かい授業を受け、帰宅すればゲームをする。両親は共に夜遅くまで帰ってこないため見咎められることもない。むしろ、家の中で人と話すためにはゲームをするしかない有様。


 ある種、優七は孤独な環境を紛らわせるためにのめりこんだと言っても良かった。だが、結果的に骨の髄まで熱中するようになり、勇者パーティーの露払いをする程度までにはゲームをやり続けている。

 だが優七は、それほどしても露払いレベルだと思っていた。






 授業が終わる。優七は放課後を迎えると特に感情も持たず教室を出た。すぐにでも日が落ちる。特にこの時期は一時間もしない内に暗くなってしまうため、さっさと帰るに限る。


「じゃあ、明日ゲームでな!」


 どこからかそう大声で喋る男子生徒の声が聞こえた。優七が目をやると、遠くで木ノ瀬が幾人かの生徒達に手を振っていた。先ほどの声は、彼に放たれたものらしい。


(明日、いよいよ決戦か)


 予定では明日の午後一時から最後の戦いが行われることになっている。優七も準備くらいはしないといけないと思いつつ廊下を進み、靴を履き替え校門を出た。


 住まいであるマンションは、学校から繁華街を突っ切った場所にある。通学はわざと人通りの多い道を避けているため脇道を使うのだが、放課後は近道ということもありそちらのルートを通るようにしている。

 繁華街は当然ながら誘惑が多いが、今の優七にとってはさしたる興味も抱かなくなっていた。繁華街を見て回る時間さえ、ロスト・フロンティアに注ぎ込んでいるからだ。


 学校を離れしばらくすると、駅近くの通りに辿り着く。ショッピングセンターやチェーン系列の衣料品店など、様々な店が並ぶ。そうした中優七よりも年上、高校生と思しき女子学生がはしゃいぎながら歩いている姿が目に映る。


(あの制服は……華蘭(からん)学園か)


 青のブレザー姿の学生を見て、全国でも有名なお嬢様学校の名を思い出す。

 優七はふと、彼女達が通うような頭の良い学校に入学できたら、変われるのか想像し――どこかあきらめたように嘆息し、視線を戻し歩く。


 木ノ瀬や華蘭学園の生徒を見て――優七はどこか、自分とは立っている世界が違うと感じていた。仮想現実においても、そして現実においても自分は決して何かを成すことができない。

 ロスト・フロンティアの中であってもそれは一緒。自分の有名な理由は、所持している武具と仲間に由来している――だからこそ、自分はどこまでも脇役。


「いや、違うか」


 優七は繁華街を抜けた時、ふいに呟いた。脇役ではない。自分はきっとエキストラだ。誰かの活躍を際立たせるだけの存在。どれだけ努力をしても、そこが限界――


(やめよう)


 暗い気持ちになりそうだったので、思考を中断し足を動かすことだけに集中する。


 程なくしてマンションに辿り着き、入口からエレベーターに乗り、家の前に立つ。

 ポケットからいつものように鍵を取り出し開ける。空虚な鉄の音が響くと同時に、中から閑散とした寂しい空気が漂ってきた。いつものように、両親はいない。


 玄関を閉めて鍵を掛けると、優七は無言でリビングに入る。

 すぐに机に置き書きがあることに気付く。千円札三枚と『これで出前でも取って』というメモ書き。


「一人で三千円分は食えないって」


 ツッコみながら、優七はお金を手に取る。適当にピザでも食べようと思いつつ、自室に入った。

 そこもまた寒いだけの空虚な場所。すぐさまエアコンをつけ、鞄を勉強机の横に置いた。着替えるのは部屋が暖まってから。リビングへ戻るとすぐさまピザ屋に連絡し適当に注文。電話を切ると部屋に戻ろうとする。


「……ん?」


 そこで、メモ近くに段ボールの小包があるのを発見する。よくよく見ると、伝票には高崎優七の文字があった。


「母さんとかが一度帰ってきて、取ったのか?」


 呟きながら優七は小包の包装を破る。中を開けると、緩衝材代わりの新聞紙と共に、小箱が一つ入っていた。


「……何だ?」


 手に取ると、透明なプラスチックケース。その中に、指輪が入っていた。


「こんな物送られるようなことはしてないぞ」


 誰もいない部屋で言いながら、指輪をしげしげと眺め――少しして優七は思い出した。この指輪を、見たことがある。


「あれ? これって……」


 即座に差出人を確認する。そこには『株式会社レジェンドフロンティア』と書かれていた。この会社は聞き覚えがある――ロスト・フロンティアの、製作会社だ。


「ユーザーへの贈り物か?」


 優七は呟きつつ箱を少し調べてみると、一枚のメモが出てきた。文面を確認すると、そこには『ロスト・フロンティアの住人達へ 真下(ました)蒼月(そうげつ)』と書かれていた。


「……真下って、製作者の名前だよな」


 ロスト・フロンティアの製作総指揮者かつ会社社長――優七はどこか納得するとケースを開け、指輪を取り出した。


「へえ、よくできているな」


 眺めるとそれがゲーム上で出てくる、メニュー画面を呼び出す指輪に酷似しているのがわかった。再現度の高さに目を見張りつつ、嬉しくなって左中指に指輪をはめた。

 ピッタリのサイズ。ゲームを行う時体格のデータも記録されるので、それで製作したのだろう。


 優七は包みを捨てると、指輪を見ながら部屋に入る。中は暖かかったので、パソコンを立ち上げつつクローゼットからジャージを取り出し着替えを始める。その中でも、指輪へ逐一視線を送る。

 服を替えた後、試しに左手を振ってみる。当然ながら何も出ない。光る機能くらいはあって良さそうなものだが、それもない。


「まあ、光ったら光ったでチープに見えるかもしれないな」


 思いながら指輪から視線を外した。これは魔王討伐を行うプレイヤー達への餞別。そんな風に思いながら、優七はパソコンに向かい合い、掲示板から決戦の情報を収集し始めた。

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