続く世界
魔王討伐の情報は、優七達から伝え聞いた麻子の手によって行われた。そして魔物達が襲ってこなくなったという報告が多数掲示板に寄せられた。
けれど、真下蒼月の言葉通り魔物は消えなかった。さらに言えば、現実に生じたロスト・フロンティアの機能そのものも消えなかった。
「魔物なんかの討伐……それが今後の課題となってくるかな」
ルーム内、いつもの平原で麻子が言うと、優七は頷いた。やはり魔王を倒せば全てが元通りとは、いかないようだった。
「これから、どうなるんだろう……」
桜が呟く。すると麻子は満面の笑みを浮かべる。
「そう悲観的にならないの。魔王を倒し、世界は平和になった。ここからは、大人の仕事ね。お偉いさんたちが、色々と動き出すでしょ」
「他力本願だな」
慶一郎が横槍を入れる。彼女は「当たり前でしょ」と返す。
「政治的な要素の話になるからね」
「それもそうだな」
どことなく疲れた声で彼は応じ、麻子に代わって話を進める。
「さて、ひとまず大きな事件は解決した……が、ここからが大変だろう。ゲーム上ならば、ここでエンディングを迎えクリアのはずだが、現実である以上まだまだ続く」
「不安ばかりだけど……仕方ないか」
優七が苦笑混じりに呟く。その中で、桜は穏やかな顔つきとなって話す。
「けど、魔王を倒した私達が暗くなってたら、示しがつかないかな」
「そうだね」
優七は同意し、仲間の顔を確認した。麻子と慶一郎は魔王を倒した優七を見て、どこか誇らしげ。
「ま、後は私達大人に任せなさい……ただ、そうね。一つだけ質問が」
「何?」
麻子に問われ、優七は聞き返す。
「優七君は見事魔王を倒した英雄となったわけだけど……この事実、広める?」
そこで、優七は僅かにたじろいだ。
目の前にあるのは以前憧れていた立ち位置。もしここで首を縦に振れば、ジェイルが味わっていたような称賛が待っていることだろう。
「……ゲームをやっていた時、そういう風になりたかったとは思っていたよ」
「今は違う?」
麻子に問われ、優七は頷いた。
「いざ同じ場所に立ってみると……なんだか、自分には荷が重いと思う」
「そう……わかったわ」
麻子は深く頷き、
「その辺含めて、任せなさい」
優七に、彼女は胸を張って答えた。
* * *
――以降、しばらくは大きな混乱の下で世界は動いた。魔王を倒し魔物のアクティブ化がなくなったことで、人々が犠牲になるケースは激減した。しかしロスト・フロンティアがもたらした被害は甚大で、その回復には長期間かかると予想された。
その中で優七達は、混乱が続いたためルームの中での生活を余儀なくされた。時には魔物の討伐に向かい、その数を少しずつ少なくしていった。
そのような生活を繰り返し一ヶ月ほど――どうにか戦いに一区切りつき、優七もルームの生活を卒業することになった。
「いつでも、頼っていいからね」
見送りの日。ルームではなく現実世界の小さい駅で、桜は告げた。学校もどうにか復帰したため、彼女は制服姿。今日は見送りのため早引けしたらしい。
「うん、ありがとう……桜さん」
優七は答え、笑みを浮かべる。
両親がいなくなってしまったため、優七は親戚の家に引き取られることになった。今は電車が来るのを待っているところだ。
優七としては、別れると思うと少しばかり寂しくなる。
「なんだか少し……寂しいかな」
本音を漏らすと、桜は小さく笑う。
「ルームに入れば、いつでも会えるでしょ?」
「わかっているよ。けど……」
現実世界で物理的な距離があると、疎遠になってしまうのでは――そんな風に思ってしまう。
「優七君」
そうした感情を機敏に察したのか、桜は優しげな声を上げた。
「私は、優七君の傍にいる……この約束は、ずっと守るから」
「桜さん……ありがとう」
「お礼はいいよ。理由は、優七君のことが好きだからだし、むしろ私が傍にいたいくらいだから」
言われ、優七は少し気恥ずかしさを覚えつつ頷いた。桜はそこで笑みを見せ、一度深呼吸をする。
「どうしたの?」
所作に、優七は問う。けれど彼女は答えないまま、なぜか眼鏡を外した。
「え……?」
驚いた優七に対し、桜は微笑んだ。双眸が優七を射抜きながら、静かに近づく。
そして唐突に顔を寄せ、キスをした。優七はただ驚き、合わさった唇の感触に戸惑っていると、唇が離れ、彼女は眼鏡を掛けた。
「……この世界の中で、ずっと一緒にいようね」
そして、満面の笑みを伴い彼女は告げる。優七は呆然となりながらも、一度だけ深く頷いた。
その時、遠くから踏切の音が聞こえた。優七は時間だと判断し、傍らに置いてあった旅行鞄を手に取った。
「それじゃあ」
「うん、またね」
桜が言う。満面の笑みを伴った彼女を見て、優七も笑い返した。
改札を抜け、一度だけ振り返る。そこには手を振る彼女の姿。
優七は振り返しながらホームに入る。彼女の姿が見えなくなり、先ほどの唇の感触を思い返しながら、心の中で呟いた。
(一緒にいるよ……絶対に)
戦いの中で支えてくれた彼女を思い出し、優七は固く決意した。
そして空を見上げる。雲がほとんどない快晴。耳を澄ませると踏切の音と、近づく電車の音。
「……ありがとう、桜さん」
自然と言葉が漏れる。迫る電車の音を耳にしながら、優七の表情には笑みが零れていた。




