決戦開始
「先ほどの麻子の話、聞いていたよ。誰にも話さなかったが、僕は彼女と似たような理由で君といた」
「え、似たような理由?」
優七が聞き返すと、慶一郎は深く頷いた。
「ああ。銀行員というのは、かなりの重労働でね。正直、何度も辞めそうになったくらい、辛いことの連続だった」
「そう、なんだ……」
「まあ、入った直後から自分に合わないとも思っていたからね。とはいえ、泣きごとを言っても仕方ないと思い、仕事に打ち込んだ。そして、唯一のストレス解消がロスト・フロンティアだった」
「ゲームだけ、か」
優七は話を聞きながら慶一郎に視線をやった。彼は顔に憧憬にも似た感情を含ませ、なおも話す。
「出会った時、君よりもずっとレベルが高かっただろう? 大学時代……特に卒業間際に相当やりこんだからね。まさしくあの時はネトゲ廃人だったよ。けどその時の貯金が効いて、ずっと前線で戦うことができた。そして、敵を撃破することだけがストレス解消になっていて……君のパーティーと出会った」
慶一郎は表情を変え、優しげな笑みを浮かべた。
「出会って、君の出す空気が気に入った。それから少しばかり話をして、なんだか必死にゲームをやっている君の姿を見て、微笑ましく思ったんだ。そこから僕の知識によって少しずつ強くなっていく君を見て……なんだか、弟みたいに思えてきた」
「話しぶりを聞く限り、父親と息子みたいな感じだけど……」
「そうかもしれないな」
慶一郎は笑う。それは、心の底から生じた笑みのようだった。
「そこから、ロスト・フロンティア内でも目的が変わった。会う度に笑顔を向ける君や桜と、ゲームをクリアしたいと思うようになった。結局、魔王を直接倒すことはできなかったが、楽しかったことだけは胸に刻まれている。その思いがあったから、どうにか仕事も続けられた」
「……そっちも、大分苦労しているみたいね」
突如麻子が横槍を入れた。慶一郎は深く頷き、応じる。
「お互い様だ」
「まったくよ……ま、慶一郎の苦労も少しばかり知ったから、金を貸せとは無理強いしないでおこうかな」
「麻子、そっちが弱い立場なのは、理解しているか?」
「何よ、やるの?」
と、険悪になりつつあるところに、桜の制止がかかった。
「はい、待った。麻子も慶一郎も落ち着いて」
「……ん?」
そこで優七は違和感を覚える。声に反応したか三人が注目し、最初に慶一郎が声を上げた。
「どうした?」
「いや……そういえば、何で俺だけ君付け?」
「ん? 僕は敬意を払ったつもりだが」
「私も同感」
慶一郎の言葉に麻子も同調。優七が眉をひそめると、桜から答えが来た。
「いや、ほら。このパーティーで優七君がリーダーだから、敬意を払っているってこと」
――そう言われ、優七は目をまん丸に開いた。
「へ? え? 俺が?」
素っ頓狂な声を上げる。それに反応したのは慶一郎で、訝しげに訊いた。
「ちょっと待ってくれ。他に誰がいるんだ?」
「え、俺? 俺が、リーダー?」
「なぜそんなに疑うの?」
麻子は困った顔をしつつ、優七を見据え言った。
「パーティー組まないかって緊張しながら言われて、メンバーの最前線で戦って、ついでに指示をしている姿は、どこをどう見てもリーダーでしょうが」
「え、え……」
確かに言われてみればそうだった。けれど知名度とか、顔の広さとかで、優七は自分以外の誰かがリーダーだと思っていた。
「そういえば、具体的に誰がどうとか決めていなかったな」
今更という様子で、慶一郎が言う。
「ただ、この場にいる優七君以外の三人は、君をリーダーだと思って行動しているぞ。それは意思疎通していなくともわかる」
「そりゃそうよ」
当たり前だと言わんばかりに、麻子が続ける。
「というか、なぜ今までリーダーと思っていなかったのか疑問なんだけど」
「それは……」
口ごもる。優七がどう返答しようか悩んでいると、麻子はため息混じりに告げた。
「ま……今更感満載だし、その辺はいいよ。で、リーダーとして何か言っておきたいこととかある?」
「……俺は」
急に話を振られても、どう言っていいかわからなかった。
しかしやがて――一つの想いに到達した。仲間達は、自分のことを見ていてくれていた。自分のことを信用し、リーダーとして共にいてくれた。
「……ありがとう、みんな」
出たのは、お礼だった。三人が驚き、優七に注目する。
「俺、ずっと現実でも、ゲームでも、一人だと思ってた。さらにこの事件によって両親がいなくなって……もうこのパーティーしか、俺のことを知ってくれている人がいないって思った。そして、ずっと悩んでいたんだ。俺は、皆とは違う。自分は、いちゃいけない人間なんじゃないかって」
「……優七君」
桜が名を呼ぶ。だが優七はわかっている、ということを説明するため首を左右に振った。
「でも、そうじゃないって感じられるようになった。桜さんとも相談したし、今も三人が俺を必要としてくれている……だから、お礼が言いたかった」
「そんな堅苦しくなる必要はないのに」
苦笑で、麻子は応じた。慶一郎も同意するようにうんうんと頷いている。桜もまた二人に合わせるように笑みを向け、優七に視線を送っている。
そうした中、優七は一度息をつき、
「……そろそろ、行くとしようか」
少しだけ生じた照れくささを隠しつつ、言及した。
「これからはさっきの指示通り動く。麻子さん、慶一郎さん、もし何かあったら頼んだ」
「任せろ」
「もし最悪の事態になったら、絶対敵はとるからね」
二人の言葉に優七は頷き、桜に目をやった。彼女は静かに頷くと、優七はいよいよと号令を掛けた。
「これが最後の戦い……必ず、勝つ!」
優七と桜の二人は市民体育館を出発した。武器としては優七が死天の剣。そして桜が霊王の剣を握っている。
「戦法は、わかっていると思うけど」
「ええ。それとこればっかりに頼らず戦うから心配しないで」
優七の声に桜はすかさず応じる。彼女もまた百戦錬磨――アドバイスは必要ないだろうと心の中で断じ、歩を進める。
距離的には徒歩で十五分程度だった。ジェイル達の攻撃による成果なのか、魔物は散発的にしか遭遇しなかった。
「優七君、一つだけいいかな?」
その中の一体、グリフォンを倒した後、桜は声を上げた。
「一番の問題は、ラスボスである魔王。どのような属性なのか今の所不明だけど……」
「そっちも天使属性であることを祈りたいな。魔王と天使が衝突し融合した、というわけだから可能性はあると思う。もし、難しいと判断したら……逃げるしかないな。他の堕天使は一撃で倒せるんだ。脱出可能であればどうにかなる」
「わかった。それでいこう」
桜も了承する。会話が途切れ、データセンターを目指す。
会話の後、一度だけ魔物と遭遇したが、桜の握る剣で事なきを得る。そこからさらに足を動かし――とうとう正面に、白い大きな建物が見えた。
「あれか――」
言うと、優七は正門付近にいる堕天使の一団を見つける。数は十前後。
「早速お出ましか」
「やるしかないね……と、優七君、待った」
桜が聖剣を握りしめながら呼び止める。優七に声に応じ目を凝らすと、堕天使に混じり通常の魔物も少数だがいるのに気付く。
「普通の魔物にも気を払う必要があるみたい……優七君、あっちは私に任せて」
「大丈夫?」
「堕天使を頑張ってくれるなら、どうにかするよ」
笑みを伴った言葉。優七はそこで考えるのをやめた。彼女を信頼し堕天使を倒す――それこそ、彼女を守る一番の方法だと確信したためだ。
「じゃあ、行こう!」
優七が告げると、二人は同時に駆け出した。瞬間、堕天使が反応し襲い掛かってくる。
(確か、麻子さんの情報によると――)
優七は思案を始める。体育館を出る前に天使に関する情報を収集していた。その中で重要なこととしては、堕天使からの攻撃でどれほどダメージを受けるのか。
計算によると、堕天使の攻撃自体は何回も耐えられるくらいにレベルは上がっている。連撃は怖いが、一撃死ではない――それだけわかれば十分だと思いつつ、優七は剣を構えた。
「――ふっ!」
直後桜が行動する。途端に光の刃が地面から円状に生じ、花びらが四散するように放射された。その攻撃によって堕天使の動きが抑えられ、確実な隙を生み出す。
そこへ、優七の『セイントエッジ』が入る。堕天使に一閃すると、一瞬にして塵となった。
「よし……!」
優七は確かな手応えを感じつつ、迫る悪魔系の魔物を見据えた。
「優七君!」
桜の言葉が飛ぶ。同時にまたも聖剣の刃が生じ、その魔物に攻撃がヒットした。加えて、彼女から放たれたさらなる刃――見事、魔物は消滅する。
「優七君は堕天使に集中!」
「わかった!」
優七は承諾し、狙いを堕天使だけに絞る。
向かってくるそれらに対し、まずは桜が聖剣によって進撃を押し留める。そこへ優七が『エアブレイド』もしくは『セイントエッジ』によって撃破する。正面付近にいる敵はこのコンボによってものの数分で殲滅できた。
立て続けにデータセンターの敷地に入る。建物入口方向を見ると、またも堕天使がたむろしていた。敵はこちらに気付くとすかさず剣を振り向かってくる。だが、またも先ほどの連携によって打ち崩す。
ある程度数を減らした後、優七は索敵アイテムを使用し建物内を調べた。魔物の数はかなり多い。目算、三十前後といったところ。
「問題は、堕天使が数を増やすのかどうか、だな」
呟きながら、優七は迫ろうとしていた堕天使を『エアブレイド』で迎撃する。初撃であれば敵は思考パターンを身に着けていないので、この攻撃も通用する。
「ひとまず城外の敵を倒す?」
桜が問う。優七はレーダーと周囲を交互に見回し、考える。
「……そうだな。敵は新たに出現していないみたいだし、倒せば打ち止めだろうな。退却のことを考えると、やっておくべきか」
多少疲労するが、仕方ない。安全を確保するためにまずは外から掃討を始める。
とはいえ敵の大半は基本堕天使。奇襲にだけ気を付けていれば遠距離で倒すことができるためそれほど難しくない――だが、ここは敵の本拠地でもある。何かしらイベントがあってもおかしくない。注意してしかるべきだと優七は思った。
「ふっ!」
優七は掛け声と共に堕天使を倒す。紛れもなく順調――こうなるとむしろ、一撃で倒せない通常の敵の方が厄介だったが、霊王の剣を握る桜によって事なきを得る。優七も欲しかった剣の力が、改めて実感できた。
一方的な戦いはそれから少し続き――やがて、データセンター周囲の敵がいなくなる。レーダーを確認すると、建物外側にはいなかった。
「こんなところかな」
「そうね」
桜は答えると、いよいよと言わんばかりに入口を指差した。
「進もう」
「……ああ」
一呼吸置いて、優七は頷く。体が少しだけ震える――間違いなく、武者震い。
建物正面に回り、外から室内を窺うように眺める。入口はガラス張りの壁と自動ドアによって区切られており、玄関ホールが見えた。凝った造りなのか、ショールームのようにピカピカの床面と、受付カウンターがあるのが外から見える。
そこには堕天使が十体以上、ホール内をうろつくように行ったり来たりしていた。
「思考ルーチンが働いているようね」
桜が呟く。優七も意を介し、じっと堕天使を見据えた。
(推測だけど、魔王の本拠をああして守っていたのだろうな)
おそらく――堕天使は新種の魔物として、アップデート以後日の目を見る存在となる予定だったのだろう。そして魔王のガーディアンとして立ちはだかるはずだった。
通常の能力ならば、ジェイルも十分戦えただろう。だが相手は天使属性――その一事によって、彼は敗れてしまった。
「自動ドアが開くかどうかわからないけど、近づいて迫ってきたら迎撃しよう」
「ああ」
桜の言葉に応じつつ、優七はしっかりとした足取りで入口に近づく。すると二人の存在に気付いた堕天使が、首をやった。
さらに近づき――自動ドアが開く。瞬間、堕天使が一斉に二人へ仕掛けた。
「はっ!」
即座に優七は『セイントエッジ』を発動。横なぎに一閃することで、玄関ホール近くにある窓を叩き割りながら堕天使を一気に打ち倒す。だがそれが全てではなく、難を逃れた堕天使が突き進んでくる。しかし――
「やあっ!」
桜が叫んだ。直後聖剣の力により堕天使達の動きが停止する。
そこへ、優七の追撃が入った。
「はああっ!」
声と同時に一閃。リーチの伸びた一撃はしかと堕天使に命中し滅びる。さらに残った堕天使に剣戟を加え、あっという間に玄関ホールを制圧した。
このままいければ――そう思いつつ優七は先行する。攻防により、床にはガラスの破片が散らばり、それを踏みしだきながらホールへ入った。
「敵は……いないな」
索敵レーダーで周囲を確認する。ホール内にはいない。
優七は気を取り直して周囲をぐるりと見回す。正面にはサーバールームに続くと思われる扉。だが階段もあり、どこに魔王がいるのかわからない。
「優七君」
そこへ桜の声。視線を送ると、彼女は受付付近にいた。
「案内表みたいなのがあるけど……」
言われ、近寄ると確かに受付のデスクに簡略化されたマップのようなものが置かれている。四階建てだが、それほど複雑ではない。けれど、全階にサーバーが置かれているらしい。
「どこが怪しいか、なんてわからないわけか……」
優七は堕天使のいなくなった玄関ホールで、注意を払いながら呟く。
(相場としては一番上にいるとかだけど……ゲームのように甘くいかないのか?)
できれば戦闘を繰り返さず倒したい――思った時、優七は気付く。
「桜さん、魔王を倒せば、敵がいなくなると思う?」
「……え?」
「ゲーム上で魔王を倒したら、魔物は逃げていった。けど、消えたわけじゃない。だから魔王を倒しても、堕天使は存在し続ける可能性がある」
「確かにそうかも……けど魔王を倒せばゲームの敵が全ていなくなる可能性だって――」
言ってから、桜は口をつぐんだ。
「……確証は、ないか」
「うん。もしアクティブ化を解除しても、堕天使が存在し続けるのだとしたら、危険だと思う」
「そうだね。倒せる武器が優七君の持つ剣一本だからね……やるしかないか」
決断する。優七は小さく頷くと、一階のサーバールームの方向を指で示す。
「進もう」
「ええ」
二人は歩き出す。双方剣を握りしめ、慎重に――




