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フュージョン・フロンティア  作者: 陽山純樹
第一話

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20/137

聖剣と、彼女が共にいる理由

 データセンターへの道のりは比較的楽だった。堕天使に遭遇もしたが、弱点がわかった以上、敵ではなかった。


「ふっ!」


 優七は何度目わからない『エアブレイド』で、上空にいる堕天使を打ち倒す。

 未然に倒せるのであればそれに越したことはない。堕天使に対し絶対的な武具を持っていたとしても、あちらの攻撃をこっちが防げるとは言い難いためだ。


「気休めに色々と身に着けているけど、心許ないわよね」


 麻子は身に着けている、赤い宝石が埋め込まれた首飾りを手で触れながら呟く。

 天使属性持ちの相手からもらうダメージを軽減するアクセサリ――これもまた、プレイヤーキラーが身に着けることの多い武具――なのだが、効果の程はわからない。ちなみにこのアイテムは死天の剣と異なりアイテム合成により量産が可能で、今は四人全員が装備している。


「食らわないのが一番だよ」


 麻子の言葉に、優七は肩をすくめ告げる。


「それもそうね」


 彼女は答え、さらに進み続け――やがて、左手に市民体育館が現れる。見た目は、学校にもあるような一般的なもの。


「到着だな」


 慶一郎は一瞥しながら呟くと、先んじて足を向ける。優七は周囲を一度見回し、敵がいないのを確かめてそちらへ向かった。

 体育館自体は損傷していなかった。どうやらここを魔物が直接狙ったことはない様子。


 そして体育館の中に入ると、無人だった。空っぽで、ひどく寂しい空間。

 そんな室内を見ながら、桜が呟く。


「人がいた形跡はあるけど……」


 彼女の言う通り、乱雑に置かれたパイプ机やパイプ椅子がある。さらにはアイテムから出したと思しき木のコップや、食料であるパンが無造作に置かれていた。

 それでいて中の気温は外と変わらない。朝出陣して、そのままなのがすぐにわかった。


「さて、ジェイルの装備は……あった」


 麻子は言いつつ、一点を見据えた。優七はそれに合わせ目を向けると、体育館に似つかわしくない金縁の宝箱が片隅に置かれていた。


「私が調べてくる」


 彼女は言うとそちらに足を動かす。優七はそこで視線を逸らし室内を見回す。

 閑散とした広い空間。朝まではここに大勢の人がいた。しかし――


「……どのくらい、生き残っているんだろう」


 桜がポツリと呟いた。優七もまた思う。ジェイルがいなくなってしまった後、どうなってしまったのか。

 彼が倒されてしまった後の状況は掲示板に記されていなかったが、想像することはできる。それこそ崩壊――潰走以外の何物でもなかっただろう。


 優七は奥歯を噛み締めた。経緯はどうあれ、彼らは現状を打破するべく戦ったはず。しかし、堕天使や魔王はそれをあざ笑うように叩き潰した。無性に怒りが込み上げてくる。


「持ってきた」


 そこで麻子の声。見ると、一本の剣を抱えた彼女。


「いつもジェイルが使っていた剣はこれだと記憶しているから、間違いない」


 言うと、床に剣を置いた。長剣の部類であるが、柄などにやや控えめな金縁の細工が成されている。


「これを一振りすれば範囲攻撃が使える。しかも、味方に被害が及ばずに」

「集団戦においては、最強の武器と呼ばれている奴だな」


 慶一郎が言う。優七も理解していた。目の前にある剣こそ、以前優七が欲しがっていた『霊王の剣』という名の聖剣。しかし、それとは間違えて死天の剣を握った自分が生き残っている。何の皮肉だろうか。


(これを使えば、どうにかなる……か?)


 優七は考えを巡らせる。迫ってくる魔物をこれで倒しつつ、死天の剣で堕天使を仕留める。このコンボならば十分戦えるだろう。おそらく、他の仲間も同じことを考えているはず。


(……けれど)


 一つ、懸念事項があった。それはジェイルが死んでから思いついたこと。


「……麻子さん」


 優七は霊王の剣から目を離し名を呼んだ。彼女が首を向けた時、静かに声を発する。


「仮に、俺がやられたとしたら、武器はルーム内の所持品置き場に行くよね?」

「縁起でもないこと……まあいいわ。確かに優七君の言う通りゲームの制約上、ルームを持っているか、ルームに倉庫を所持している人がロストした場合、持っていた物が倉庫に転送されるわ」

「わかった。なら――」


 優七は霊王の剣を見据えながら、言った。


「データセンターには、俺一人で行くよ」

「……え?」


 麻子が聞き返す。優七はそれを無視し、話を続ける。


「霊王の剣で範囲攻撃ができる以上、援護は必要ない。俺一人でもできる。あまり使わないけど、二刀流のスキルもあるし」

「ちょ、ちょっと待って!」


 止めに入ったのは桜。彼女は優七の前に立つと、慌てて口を開いた。


「確かにこれがあれば戦えるかもしれない。けど、一人って……」

「でも、四人で行くことのデメリットが大きい」

「デメリット?」

「もし四人全員が敗北したら、ルームの中はどうなるの?」


 尋ねると、桜を含め全員が口をつぐんだ。


「消滅するとは考えられない……けど、現在ルームの中に指輪の所持者はいない。この状況で全員死んだら、中にいる人達は出られなくなる。今まではフィールド上ということで退却すればルームが使えた以上、全滅する危険性は少なかったから良かった。けど、魔王がいる以上データーセンターはダンジョン扱いのはず。その中でルームによる退避はできない。全員で行くのは、リスクが高すぎる」


 優七の主張に、全員が押し黙る。それらは顕然とした事実。


「だから、俺一人で仕掛ける。もし死んでもルームの中にアイテムが戻るし……三人に、後を託すことができる」

「駄目だよ! そんなの!」


 桜が叫ぶ。だが、優七は即座に首を振った。


「ここで全員共倒れする方がリスクは高い。だから――」

「違う!」


 その声に、優七は口を閉ざす。桜は悲痛な顔つきで視線を送っていた。


「確かに、そうかもしれないけど……一人なんて、無茶だよ」


 言うと、彼女は瞳を強い意志を秘めたものに変える。


「なら、私が援護する」

「……え?」

「私が霊王の剣で援護しつつ、優七君が堕天使を倒していく。それなら、一人よりも危険性は少なくなる」

「それは、そうだけど……」


 言って、優七は黙った。次の瞬間、桜の目が何かに気付いたかのように僅かに揺れる。


 優七も単独で戦うリスクは考慮していた。けれど、この場で霊王の剣を握れる能力を持つ者は自分と桜しかいない。当然、援護する役目は桜が担う。

 二人で進むと言わなかったのは、そこだった。優七はここに来て、ジェイル達が消えてしまったことから少しばかり怯えたのだ。仲間を失うこと――特に、桜がいなくなってしまうことが。


 戦い続けて、幾度の消滅を見たり聞いたりした。コンビニにいた人達から両親。クラスメイトに、プレイヤーである精鋭達――そして、ジェイル達。

 同じように桜が消えてしまうのを想像したら、途端に恐怖が訪れた。だから一人で行くと進言した。


 けれど、見透かされてしまったようだ。


「……悪いが、僕は桜の意見に賛成だ」


 次に声を発したのは、慶一郎だった。


「二本の剣を携え、突き進むこというのはスキルがあろうとも無謀だ。少なくとも一人、援護できる人が必要だろう」

「……そうね」


 麻子もまた、目を伏せつつ答えた。


「私達は剣のスキルを不所持だから、戦えない……おとなしく、待つしかなさそうね。堕天使だらけの空間じゃあ、足手まといにしかならないだろうし」

「……みんな」


 優七は何か言おうとしたが、駄目だった。わかっている。ここで反論しても自分の意見は採用されないだろう。何より、上手く説得する手段も見つからない。


「……優七君」


 そして、桜の言葉が優七の動きを完全に止める。


「言ったはずだよね? 私は優七君の傍にいる。大丈夫。私だってやられたりはしない」

「桜さん……」

「私だって死なないよう頑張るよ。だから、置いていくような真似はしないで。傍にいるっていうのは……こうして戦うときだって、一緒のはずだよ」


 ――言われ、優七もとうとう頷いた。それを見て桜は霊王の剣を手に取り、柄の部分を握りながら告げる。


「私が、魔物を食い止める。だから優七君……ぶちかましてやって」

「……ああ」


 承諾する。そして微笑む目の前の彼女を――桜を、絶対に救い出す。無事に、元の世界へ戻すと固く決意した。






 それから、施設内に人がいないか確認を開始した。

 体育館内は倉庫もあり、そこに荷物が置かれていたりしていた。だが結局、人の姿を見つけることはできなかった。


「優七君」


 そんな折、体育館中央で見回していた優七は麻子に呼び掛けられる。


「いくつかわかった情報を、伝えておくよ」

「情報?」

「天使属性ということを報告してしばらく……特性に関するデータが掲示板に投稿されるようになった。仲間の中には、立ち直った人もいるみたい」


 そこから話した内容は――簡潔に言えば堕天使はガーディアンである天使と似通ったモーションを行うということ。そして四本腕の堕天使は、通常の堕天使と比べ能力が五割増しくらいの強さであるということ。


「正直、死天の剣がなかったら勝ち目がなかったと思う……何せ、相手はガーディアンである天使と同等だから。直接攻撃しかできないけど、攻撃力と防御力は反則だと思うくらい高いからね」

「他に有効な武器は、ないよね?」

「一応、死天の槍というアイテムがあるけど、所持者はゼロね」


 所持者――きっと所持数をリスト化したアイテムでも使って確認したのだろう。


「ちなみに死天の剣の所持者は?」


 優七は尋ねた。もし同じ剣を持ってる人間がいれば、その数によって戦況を変えることができるかもしれない。

 しかし、麻子は首を左右に振った。


「数は一つ……つまり、優七君の持つ一本だけ」

「そっか……」

「レアアイテムのくせに需要が全然なかったからね……けどこんな悲劇が始まる前だったら、もうちょっと所持者はいたはずよ。けれど、それが一本になっている」

「やられたって、ことだよね……」

「そうね。もっともこれは所持している人間を調べるだけだから、どっかのルームに眠っているかもしれないけど……確かめる術はない」


 麻子が答えると、両者の間に嫌な沈黙が流れる。


「で、優七君。大丈夫なの?」


 そこで麻子は質問する。優七は目を瞬かせて、問い返す。


「大丈夫、って?」

「緊張してないかってこと」


 訊かれ、優七は体を震わせた。言われてみると、ずいぶんと力が入っていることに気付く。

 態度を見て把握したのだろう。麻子は笑みを浮かべ続けた。


「そう緊張……するのは、仕方ないか。私も正直、どう助言しようか迷っているし」

「……まったくだよ」


 優七は、気分を紛らわせるように返答した。


「ずっと……ジェイルみたいになりたいと思っていた。ああして誰かの前に立って、皆に称えられたいと、ずっと思っていた」

「人間誰しもそう考えていると思うわよ。それができる人は限りなく少ないけどね……で、今は? 形はどうあれ、世界の趨勢を決めちゃう状況だけど」

「足が震えそう」

「それで済んでいるのだから、大したものと言うべきかしらね」


 麻子は苦笑しながら言った。優七もまた苦笑する。

 今の優七達は、現実で世界のために戦うなどという状況に陥っている。話がデカくなりすぎて、逆に現実味がない。


「まあ、そこまで気負うかどうかは、優七君の判断に任せるよ」

「うん」


 話していると、僅かだが緊張が和らいだ。優七は礼を告げようとして――所作に気付いたのか、麻子は手を振った。


「ああ、お礼とかはいいから。仲間だし。戦友だし」

「……そっか」

「それに、私としてはゲームを一緒にしていて楽しかった。そのきっかけを作ってくれたのは優七君だし、こちらがお礼を言わなくちゃいけないくらいなの」

「きっかけ?」

「そう」


 頷くと、彼女は語り始めた。


「私はロスト・フロンティアのシステム担当って言ったでしょ? やっていたのは実際にゲームに潜り込んで、調査をすること……正直、ゲームイコール仕事だったわけで、とても退屈だったわけ」

「退屈……か」

「そう。楽しいものも他人から強制されたらつまらなくなるでしょ? そんな感じだよ」


 麻子は舌を小さく出して、照れ笑いを浮かべる。


「その間に、優七君と知り合った。あなたと桜……二人とパーティーを組むようになって、少しばかり楽しくなった。ルームなんかで談笑する時は、仕事も忘れ、童心に帰った気分で夢中になっていた。ま、ちゃんと仕事しろと怒られたこともあるけどね」


 言うと、麻子は優七に満面の笑みを見せた。


「ま、だから優七君には恩がある。もし帰ってきたら、色々とお礼をしないとね」

「……例えば?」

「私から、桜へキスをするようお願いするとか――」

「麻子さん!」


 突然、近くにいた桜が声を上げた。


「何を急に言っているんですか!」

「え? いや、私がしても嬉しくないだろうし、ここは桜が思い切って……」


 そこで二人が何やら言い合いを始める。優七は再度苦笑しつつ二人から離れ、事の推移を見守ろうとする。


「騒々しいな」


 だが、今度は慶一郎が声を掛けてきた。


「最後の決戦を前にして、ずいぶん悠長だ」

「そういう慶一郎さんも、落ち着いているけど」

「こう見えて、かなり緊張しているよ。優七君の方が達観している風に見えるくらいだ」

「そう、かな」


 言いながら彼を見る。表情は、どことなく緊張を帯びたものであったが、出会い当初の硬質な空気は感じられない。


「それと、すまないな。最後の最後で君や桜に押し付ける形となってしまった」

「大丈夫……もし、俺が死んだら後のこと、よろしく」

「縁起でもないが……承った。後顧の憂いはない。存分に暴れるといい」


 彼の返答に、優七はしっかりと頷く。


「頑張るよ」

「ああ……と、そうだ」


 その時、慶一郎は思い出したかのように、優七へ告げた――

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