とある事実と最後の希望
技を発動させた刹那、堕天使が一斉に襲い掛かってくる。優七は耐えきれるかどうかという不安と共に、光輝く剣を構える。もしこの猛攻を食い止められなければ――そんな思いを必死に振り払い、敵を見据える。
目前に迫るは四体の堕天使。桜も援護に入ろうと半歩後方で魔法を放とうとしている。
(頼む……!)
どこか祈るような気持ちの中、優七は一閃し刃が堕天使に触れた――
次の瞬間、剣に衝突した最初の堕天使が、突如砕け散った。
「えっ――!?」
驚愕の言葉が桜の口から漏れた――その時優七は剣を振り抜く。残りの三体に斬撃が入り、やはりこちらも消滅する。
「なん、だ……!?」
さしもの優七も瞠目する。だが堕天使の攻勢は続く。
優七は考えるのを止め、迎撃に集中する。『セイントエッジ』を維持し、迫りくる堕天使を片っ端から薙ぎ払い始める。それによりどの堕天使も一撃で、余すところなく滅んでいく。
優七はわけがわからないまま死から逃れるため必死に剣を動かし倒し続け――やがて、ボスの四本腕が襲ってきた。
「くっ!」
接近するボス。優七はまずは牽制とばかりに『セイントエッジ』を解除し『エアブレイド』を放った。
(これで怯んだ隙に、近づいて斬る!)
分の悪い賭けだったが、それしかない。剣先から風の刃が放たれ、堕天使へ迫る。
そして――次に起こったのは『エアブレイド』が直撃し、消滅していくボスの姿。
「な――」
呻くような声が、周囲に響いた。それが慶一郎の声であると優七は気付きつつ、残っている堕天使も一撃で倒した。
そうして、短い戦いは終わってしまった。
「……何だ、これ……?」
優七は呻き、周囲を見る。堕天使は全ていなくなり、ここで戦っていたはずのパーティーもいない。残ったのは優七達四人だけ。
しばし呆然とした後、振り返った。桜は目を丸くして視線を送っている。慶一郎も同じように凝視していたが、例外として麻子は口元に手をやり、何事か考えていた。
「……倒した、みたいだけど」
どこか疑わしげに、優七は呟く。
その時、麻子の表情が変化した。はっとなり、何かに気付いた様子で、
「……堕天使?」
そう呟く。直後、優七は驚愕しながら、ボスの立っていた地面に目を向ける。
「まさか……こいつら、天使属性なのか?」
にわかに信じがたい事実――本来、天使属性の魔物はプレイヤーキラーを倒すためのガーディアン役でしか出現しない。
「……天使だという根拠は、確かに存在するわね」
麻子は発言すると、素早くメニューを呼び出す。いくつか操作をした後掲示板を出現させ、急に手を止めて零すように皆に告げた。
「あった。ここが、鍵だったのよ」
麻子は優七に近寄り掲示板を見せる。それは開発者である真下蒼月からの伝言。
『――新たな魔王のテストプレイをしている最中、プログラムで動く魔王に、プレイヤーとして融合、洗脳されてしまった。すかさず防衛プログラムによって対処しようとしたが、それらも全て融合され、結局は体を乗っ取られた――』
文面に目を通していると、麻子が解説する。
「重要なのは、防衛プログラムによって対処し、融合されたこと。きっと彼は魔王に対し天使を送り込んで封じようとしたんだと思う。けれど、魔王はそれらを融合してしまった」
「その結果、天使属性になったと……?」
「そうとしか考えられない。何せ死天の剣で一発……その上堕天使は、絶対的な攻撃力を持っている。これはガーディアンとして出てくる天使であることを説明していると思わない?」
優七はなおも信じられない面持ちだったが――やがて、納得するように頷いた。
確かに天使は驚異的な攻撃力によりプレイヤーを倒す。ならば四十人の精鋭を倒すことも合点がいく。さらに天使は防御力も相当高い。最後に残った男性の言葉も、理解できる。
「そりゃあ、天使を相手にしていたらこういった結果になってもおかしくない……気付くのが、遅すぎたわね」
麻子は苦虫を潰すように顔をしかめながら、掲示板に書き込みを始める。判明した事実を報告するのだろう。
「でも、天使属性だとわかれば対策もできる……ひとまず、データセンターを攻撃している人達に知ってもらえれば――」
そこまで話したところで掲示板を注視し――彼女は硬直した。
「どうした?」
慶一郎が問う。麻子は掲示板を見つめ無言。ただならぬ様子に、優七も不安を覚える。
「……まさか」
予感と共に呟く。いや、まさかそんな――
「ジェイルの代理から報告」
麻子が言う。ジェイルの代理――その時点で、予感は的中したと悟ってしまう。
「攻撃途中で戦線が瓦解。先頭に立っていたジェイルも……やられたって」
「そん、な……」
麻子の言葉に、桜が俯く。優七は信じられずに文面を確認する。
『私は、ジェイルの代理として書き込みを行う者です。戦いのご報告を致します』
そう始められた書き込み。優七はそれを見て奥歯を静かに噛み締めた――
それから優七達は、一度休憩するためルームへ戻ることにした。
時刻はまだ朝を抜けていなかったが、空腹感を覚えて優七はたき火のやった場所に座り込んだ。そして桜が作ったサンドイッチを頬張りながら、メニュー画面を呼び出し掲示板を読み始める。
『まず、ジェイルの持つ武器により、堕天使を怯ませるという戦法で口火が切られました。彼の持つ剣はご存知の通り『霊王の剣』で、使用者の前方や中心に光の刃を放つ範囲攻撃型の武器。これまでの戦闘で堕天使は近距離攻撃のみなので、ある程度距離を置きつつ各個体を撃破していくという戦法を取ることが、何より効果的だと悟り実行に移しました』
優七は胸中で作戦に賛同した。方法としては間違っていないし、同じ立場であればそうしていただろうと思った。
『最初作戦が功を奏し、堕天使を何体か撃破しました。第一陣の攻勢では犠牲者ゼロ。奇跡的な戦果から、このままいけるとジェイルはさらなる進撃を指示しました』
優七はそこまで読んで思う。正体不明の敵に対する戦闘パターンは二種類ある。自分の持ち得る技をフル活用して短期決戦に持ち込む。もしくは、相手の行動パターンや、属性などを解析し弱点を探っていく。
ジェイルはその内前者を取ったのだろう。猛攻で堕天使を倒すことができたため、攻め立てることにしたに違いない。
『そこから、第二陣の攻撃が繰り出されました。ですがそこで戦況が一変します。ボスである四本腕の堕天使が登場したことが原因です。事前報告からかなりの強敵であると判断したジェイルは、攻勢を一度緩め守勢に回るよう指示。しかし、一部のパーティーメンバーが押し切れると指示を無視してしまいました』
「……ゲーム的な、解釈だな」
優七は確信する。きっと戦果を得たいと逸ってしまい、そのような行動をしたのだ。
本来死すらあり得る状況なのに、そのような動き――おそらく、消えてもどこかに転送されるだけという楽観的な解釈が原因だと想像がつく。
『その後、四本腕の攻撃によりそのパーティーが半壊。他のメンバーは体勢を立て直しジェイルの指示を仰ぎました。彼はやむなく戦える面々を集め、防御重視の布陣で四本腕と衝突。犠牲者を出しつつも、どうにか倒すことができました』
――ボスはおそらく、ガーディアンとして出てくる天使以上の力を持っているはず。それを撃破したとなると、やはりジェイルは最強の勇者だった。
『倒した後ジェイルは、疲弊している仲間を見て改めて退却しようとします。ですが、そこで気付きました。後方の部隊に異変が起こっていることを』
優七はその次の文面を確認し――無念そうに目を伏せた。
『おそらく、死んだら状況を確認するよう掲示板で了解し合っていたのでしょう。後方にいた面々が口々に騒ぎ始めました。やられた誰もが連絡を寄越さない――まだ死んだと確定したわけではないと誰かが言いましたが、戦況と空気が一つの解答をもたらしました。やりなおしは効かない。ここで倒れることは、死を意味すると』
その後の文面は推察がついた。しかし、優七は最後まで読み上げる。
『以後、最早戦闘になりませんでした。持ちこたえていた前線が恐慌により個々に退却を始めました。そこに堕天使は容赦なく襲い掛かり、多くの人達を犠牲にしていきました。
退却戦においても、ジェイルが先頭に立ち剣を振るいましたが……その最中敵の猛攻を受け、敗北しました』
「……もう、前線に残っている人はいないというわけか」
優七は深いため息をついた。現状味方はくもの子を散らして逃げているだろう。状況を鑑みれば仕方ない敗因。
戦力は喪失した――文章の続きは、それについてもしっかりと書かれていた。
『乾坤一擲の戦いは敗北に終わりました。残った面々も進んで戦いに行こうとはせず……いえ、全員が戦いに恐怖を抱き、安全な場所であるルームにいます。私も現在、ルームの中でこれを書き込んでいます。もう、この場に戦える人はいないでしょう。
そしてデータセンターには味方はいません。今向かっても堕天使が待ち構えているだけで、味方はいません。ひとまず状況を立て直すため、自重をお願いします。
それでも戦闘の意志がある方は、データセンター前にある市民体育館を訪れてください。そこにジェイルの武具があります。プレイヤーは消えても装備品は、ルームの中にあるジェイルの使用していた倉庫に戻っていました。これを体育館に保管しておきます。戦いに出る際の、僅かな餞別としてお受け取りください』
「……もう頼れる者は、誰もいないというわけね」
正面にいる麻子が、同じ文面を見ているのか呟いた。優七は沈鬱な顔で頷く他ない。
「……天使属性の件だけど、ひとまず連絡はしておいた。けど、あまり反応が無い所を見ると、もう絶望的だと思い、掲示板を見ることすらしていないのかも」
彼女はそこまで語ると、ぐるりと優七達仲間を見回す。
「さて、どうする? このまま私達も同じように引きこもっていても構わないと思う。もちろん多大な犠牲者が出る……けど、死にたくはないでしょ?」
「麻子さん」
彼女の言葉に、優七は口を開いた。
「一週間待っても状況が改善するかどうかわからない」
「……覚悟は、できているというわけね」
麻子はあきらめたように応じた。
「そうね。戦える人員――堕天使に相対できる勇気を持った面々は、ここの四人しかいないといったところかな……私達が、無茶苦茶な世界を止めるための、最後の希望」
語った時、全員の表情が硬くなる。麻子はそれを一瞥した後、空を見上げながら続けた。
「まずはジェイルの装備回収からかな」
「わかりました」
桜は了承し、ゆっくりと立ち上がる。優七も合わせて立ち上がると、皆に言った。
「行こう、データセンターに」
声の下、全員が用意を始める。魔王のいる、城へと向かって――




