仲間達との成果
――翌朝、たき火のやった場所で優七達四人は朝食を済ませる。
その段になって、ジェイル達が攻撃開始したのを掲示板で知る。戦場に出ているため詳細な情報は上がってないが、全員無事であるのを祈るしかない。
「麻子さん、転移先はどこ?」
準備をいち早くすませた桜が尋ねる。
「大型ショッピングセンターの駐車場。車もほとんどなかったし、見晴らしもいいから丁度良いかなと」
「敵に囲まれていないことを祈るしかないね」
「そうなったら距離はあるけど、あなた達が脱した場所から出ればいいだけだし」
麻子の言葉に桜は「そうだね」と応じた。
そして全員が準備を行なう――といってもアイテムの並べ替えや装備の調整という程度。防具の類が一切ないため、ゲームよりも簡素に済ませられた。
「ねえ麻子さん」
優七は喪失した防具欄を見ながら、麻子に尋ねる。
「防具の類がないのは、何が原因?」
「服装まではいじることができなかったんじゃない? 防具自体を消去した理由はわからないけど……まあ不便がないからいいじゃない」
「そうだけど……」
優七は相槌を打ちつつ、自分のステータスを確認する。
防具に関係するステータス全般がどのように計算されているかはわからない。しかし、優七の記憶の数値と比べ、多少高くなっている。
(レベル準拠とか、そういうのかな……)
どう設定したのかはわからないが――不利益ではないので、とりあえず放っておいてよいかもしれない。
結論付けると、優七は肩を軽く回しながら息をつく。そこに、ボヤくような麻子の声。
「でも防具と言えば……ゲーム内の肌着を着ることになるとは思わなかったわ」
桜は笑い、優七や慶一郎も同意するように頷いた。
服装は昨日と変わっていない。だが肌着や下着の類だけはアイテム欄に残っていたので、全員着替えていた。それらは防具ではなく装飾品であるため残っていたと考えるべきだろう。実際、ペンダントや腕輪の類は全て残っている。
「で、優七君。整理するけど堕天使と遭遇したらどうする?」
麻子が問う。優七は口元に手を当てつつ、言及した。
「四本腕の堕天使はボスのようだけど、専守防衛みたいだから無理に仕掛けないこと。堕天使の方は普通の敵でアクティブだけど、連携して当たれば倒せるはず。ただ……」
「ただ?」
「俺達の目的はあくまでデータセンターだから、いても無視するべきかも」
「まあ、一理あるわね」
麻子は答えながら、腕を軽く振った。ルームの空間が歪み、現実世界とのゲートが通じる。見えていたのは、駐車場らしき場所。
「覚悟はいい?」
確認する麻子に、三人は頷く。そして彼女を先頭にしてゲートを抜ける。
優七はゲートをくぐった瞬間僅かな浮遊感と覚え――現実世界へと降り立った。
周囲に魔物はいない。早朝のせいかスズメの鳴き声が聞こえ、一瞬昨夜までの出来事が夢だったのではないかと思う。
けれど――遠くからの爆発音によって現実に引き戻される。音が反響してわかりにくかったが、メンバーの中で慶一郎が方角を捉えた。
「音は北からだな。データセンターの方角でもある」
「よし、では行きましょう」
麻子が号令を掛け、進み始める。
全員武器を握り進む姿は、昨日までの現実世界には似つかわしくない姿。
だが、これが今ある現実。
「……飛んでいるな」
しばらく進むと、慶一郎が空を見上げながら呟いた。言われて優七も気付く。
距離はあるが、空の所々に黒い点があった。鳥もしくは鳥系の魔物だと解釈することもできるが、データセンターの方角に伴い多くなっていることから、あれが堕天使であることは容易に想像がつく。
「一挙に襲われればひとたまりもないだろうな」
冷静に分析するように、慶一郎は言う。
「もし危なくなれば退避してルームに逃げた方がいいだろう」
「そうね……急ぎたいけれど、死んだら元も子もないからね」
麻子が同調するように告げた。
そこでショッピングセンターの敷地を抜け、公道に出る。車は一台も走っていない。だが信号機のポールに追突した乗用車や、歩道に乗り上げ横倒しになっているバイクなどがあることから、相当な混乱があったのは推察できる。
「麻子さん、この道を?」
桜が問う。麻子は頷きつつ、全員に説明する。
「この道をずっと進めばデータセンターの看板が出てくる。そこを曲がって三十分程歩くと、到着」
「結構距離ありますね」
「そうね。戦闘なしでも一時間はかかるんじゃないかな?」
一時間。長いような気はしたが昨夜からの行軍の結果、一時間で辿り着く場所までは容易に来られたと、優七は好意的に解釈した。
そう考える中、麻子はじっと公道を見据えさらに続ける。
「けど近づくにつれ敵が出てくるだろうから、実際はもっとかかるはず――」
言葉を止めた。道路の脇から熊型の――クリムゾンベアが出現した。
「言ってる傍から――」
麻子は叫ぶと即座に弓を構えた。同時に優七や桜も剣を構え、戦闘態勢に入る。
――そこからは、連携攻撃の応酬が始まった。
最初に出現したクリムゾンベアは麻子と慶一郎の遠距離攻撃により半分ほどHPを減らし、優七の『セイントエッジ』と桜の魔法で思考ルーチンを変化させる前に倒す。続いて出てきた悪魔系の魔物も畳み掛けるように打ち倒した。
四人は息の合った連携で出現する敵を撃破し始める。優七は仲間達とゲーム上でこうした経験を幾度もしてきた。しかし、今日ほど上手く連携できている日はないのではと、心の中で確信する。
迫りくる髑髏の騎士に麻子がフォローを入れ、体勢を整えた優七が一閃する。さらに上空から飛来してきた高位ハーピーを優七が『エアブレイド』で墜落させ、慶一郎の魔法でトドメを刺す。はたまた巨大なオーガ一体を桜が魔法で足止めし、麻子の矢が頭部を吹っ飛ばす。
敵を倒すごとに優七の感覚は研ぎ澄まされ、目前に迫る敵を全て最小限の動きで迎撃する。なおかつ索敵アイテムで敵の状況を探り、HPに気を配り僅かな時間で回復に努める。
優七は安心して背中を任せることができた――これまで共に戦ってきた成果が、今まさに顕現していた。
「はっ!」
優七が大上段からの振り下ろしでデュラハンを倒した時、またも北側から爆発音が生じた。そちらに耳を向けつつも、近くに迫る暗黒騎士を捉える。
「優七君――」
そこへ桜の声。一瞬だけ目を向けると、人間型悪魔を吹き飛ばした彼女の姿。
「ここに出てくる敵、全部ダンジョン内の魔物じゃない?」
言われて気付いた。確かに髑髏の騎士もデュラハンもフィールド上には出現しない。しかし高位ハーピーなんかは出現するポイントがある。混在していると考えるのが自然だ。
優七は視線を戻す。暗黒騎士が剣を振りかぶっている所だった。それを最小限の動きで横にかわし、体勢と整えた桜と共に剣戟を浴びせ、倒す。
敵はなおも出現する。とはいえ出現条件が満たされていないこの状況では、数は有限なはず。優七は精神を擦り減らすような戦いの中、仲間達を信用し、剣を振るい続ける。
進軍自体は、あまり捗っていない。魔物の数が多いためであり、この点は焦燥感を募らせる要因となる。しかし慌ててはいけないのはわかっていた。いずれ終わりが来る――だからこそ冷静に、眼前の敵を倒し続ける。
やがて、終わりが見えたのは戦闘開始から二十分経過した時。動き続けたためさすがに疲労が生まれ、優七の首筋にも汗が浮き出ていた。
(もう一息――)
けれど心の中で断じ、正面にいた赤い闘牛型の魔物を『エアブレイド』で両断した。
さらに、間近に迫るサイクロプスを慶一郎が魔法で倒す――その時、ようやく視界に魔物がいなくなる。
「……一段落、か?」
警戒を込めながら、慶一郎が呟く。優七は索敵画面を確認する。少なくとも、半径二百メートル以内に敵はいない。
「とりあえず、周辺にはいなくなったみたいだ」
答えた時、桜と麻子は同時に息をついた。
「数が半端じゃないわね、これ」
構えを崩しながら麻子が言うと、桜もまた同意する。
「そうだね。気になるのはダンジョン系の魔物も含まれていた点。データセンターと何か関係があるのかな……?」
「考えられるとするならば、データセンターから出てきた魔物、という可能性。魔王がいる以上、あそこはきっとダンジョン扱いだと思うし」
「なるほど、それなら……ということは、この周辺だけは魔王を倒さない限り、危ないというわけだね」
「そういうこと」
嘆息混じりに麻子が答えた時、またも爆発音。方角もやはり同じ。データーセンターで戦っているとみて間違いないだろう。
くぐもった残響音が耳を打った時、麻子が優七に問う。
「優七君、敵はいないよね?」
「うん。いない」
答えると、彼女はメニュー画面を呼び出し何やら操作を始めた。
「優勢であればいいんだけど……」
情報がないか確認するらしい。その間休憩だなと優七は思い、今の内にアイテムの数くらい確認しておこうとメニューを呼び出した。その時、
「……ん?」
慶一郎が空を見上げ、呟いた。優七は彼の見る方向に視線を移す。
そこには黒い鳥――十中八九堕天使のそれが、塊となって移動している光景があった。
「あれは……?」
こちらに向かってこようとはしていない。優七達の前方を右から左に移動している。
しばし視線を送っていると――堕天使達はゆっくりと下降を始めた。データセンターに近づいたのかと優七が適当に推測した瞬間、麻子の声が響いた。
「救援要請?」
その言葉に、全員の目が彼女に集まる。
「堕天使の群れと交戦。さらに堕天使が迫ってきているから、急遽掲示板に書き込んだって……しかもこのパーティー……」
直後、優七は先ほど堕天使が横切った空に目をやった。まさか――
爆音が轟く。優七は弾かれたように駆け出した。
「っ……!」
慌てて桜も追う。それに従い他の二人も走り出す。
まだ距離があるため走っても間に合わないかもしれない――予感を抱きながらも、優七は足を必死に動かし続けた。




