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フュージョン・フロンティア  作者: 陽山純樹
第一話

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恐怖と不安

 ルームへ戻ると、平原でたき火を囲むようにして、優七と桜は休憩することとなった。


 体育座りをしながら火をじっと見つめる優七に対し、桜は連絡を取りあっていた。相手は、無論ジェイル。


『そうか……ゼオもやられたか』


 無念と言った声音で、ジェイルは声を発した。桜はたき火を挟んで会話をしており、通信機能のウィンドウにより彼女の顔やジェイルは見えず、優七には双方の声しか聞こえない。


『わかった。だが敵に関する情報はありがたい。堕天使系の魔物だな』

「ええ。ただゼオ他仲間が全員やられたことから、かなりのレベルのはず」

『そうだな。こちらも気を引き締めて戦う』

「……私達は、間に合わないよね?」


 桜が問う。優七はどこか憂うような彼女の声に、呆然としながらも心では痛みを覚えた。


『ああ。予定は変わらない』

「なら気を付けて……死なないでよ。寝覚めが悪くなる」

『もちろんだ』


 言って、通信が切れた。桜は歎息しつつメニュー画面を消した。


「……優七君?」


 そこで声が向く。気付けば優七は彼女を凝視していた。


「あ、ごめん」


 顔を背け、やり場のない視線を宙に漂わせる。


(なぜ、こうまで……)


 心がざわめくのか――疑問に思ったのは一瞬で、すぐに優七も理解する。


 両親に加え、親しくはなかったが見知った人物までいなくなってしまった。二つの出来事からこみ上げてきたのは、仲間を失うことの恐怖。守らなければならないという決意と共に、失いたくない恐怖が体にまとわりつく。


「優七君」


 そんな様子を見てか、桜が話し掛けた。優七は虚ろな視線を向けると、彼女は愁いを帯びた瞳を投げかけた。


「もし良かったら、休んでもいいけれど……」

「二人が、戻って来てからにしよう」


 即座に、優七は首を横に振り答えた。


「そう……」


 桜も態度に言葉を切り、沈黙した。次に訪れたのは重い空気。パチパチと火の弾ける音だけが、しばし優七の耳に入り続ける。


 やがてどのくらい時間が経ったのか――慶一郎と麻子が戻ってくる。優七が視線をやると、二人は沈鬱な面持ちで見返した。


「どうしたの?」


 不安を覚えたのか桜が声を上げる。答えは険しい顔をした慶一郎からやってきた。


「データセンターに近づくにつれ、敵の強さが少しずつ増している……そのため、多数のプレイヤーがやられているらしい」

「……多数の?」

「ええ」


 桜が問うと、今度は麻子が答えた。


「別のプレイヤーと話をしたんだけど、二人が遭遇した堕天使……あれが猛威を振るっているようね。倒せた人もいるらしいけど、攻撃力が高く一撃でやられてしまう人もいるみたいで……」


 声がやや尻すぼみとなる。優七は麻子の声を心の中で反芻させながら、先ほどの戦闘を思い起こす。


(特にあのボスモンスター……木ノ瀬を数回の攻撃で倒してしまった攻撃力。あれなら確かに、他のプレイヤーがやられてしまってもおかしくない)


 考えると、またも恐怖が心の隙間から顔を覗かせる。

 それを振り払うように小さく首を振った時、麻子がさらに続けた。


「けど、全部が全部やられているわけじゃない。ひとまずルームに逃げ込める人は避難して、態勢を整え戦っているみたい」

「ジェイルと連携する人達ですか?」


 桜の問いに、麻子は首を左右に振る。


「私達が話した相手はそれとは無関係だった。けど、市民体育館に進んではいるみたい」


 プレイヤー達に情報が行き渡り始め、一つになろうとしている様子――そこで優七は、口を開いた。


「彼らに援護は、必要?」

「大丈夫だとは、言っていたわ……ただ一つ気になるのが、彼らはそれほど深刻に考えず、戦っていたこと」


 麻子は返答しつつ、深いため息をついた。


「皆どこか、ゲーム感覚で戦っている。やられたとしてもどこかに転送させられるだけで、死ぬわけじゃない……そういう空気が、蔓延し始めている」

「……これから決戦を迎えるには、最適かもしれないが」


 今度は慶一郎が言う。


「こうした見解の違いは、プレイヤーの持っていた情報だろう。僕達は麻子の正確な情報を知り、心のどこかで消滅は死を意味すると理解している。だが、他の人達は噂により情報が入り、死ぬようなことはないと信じ切っている」

「是正した方が、いいのかな?」


 桜が零す。だがそれを、慶一郎は否定した。


「やめておいたほうがいいだろう。余計な情報を与え恐慌にでもなれば、決戦前にパーティーが瓦解するかもしれない」

「不本意だけどね……」


 次に麻子が言うと、たき火に近寄り座り込んだ。


「桜、他の人達は?」

「え、あ、はい。全員休んでいます」

「そう……私達も休むべきかな。データセンターまではかなり近づいたし、早朝動き出せば、決戦には遅れるけど途中参戦はできるはず」

「わかりました。見張りとかは、いりますか?」

「ここまでの経過を見て大丈夫だと思うわ。魔物は現実世界に出現しているけど、ゲーム上の法則に準拠しているから」


 言いながら、右手首を動かす。腕時計があるらしく、それを見ると驚きの声を上げた。


「まだ十時か……信じられないわね。こんな事態が発生して半日も経っていない」


 優七も内心驚いた。その程度の時間――


「まあいいわ。で、どうする? 私はもう少し掲示板を調べてみるけど」

「私は休むことにします……優七君は?」


 桜が話を向ける。優七は同調するように頷くと、麻子は「わかった」と言った。


「しっかり体を休めてね。あ、慶一郎はどうする?」

「僕も君に協力しよう」

「助かる」


 二人は言うと、掲示板を見始める。優七はやり取りを見た後、静かに立ち上がった。


「優七君」


 桜の声が聞こえたが、優七は彼女の顔も見ずに「平気」と答えると、ログハウスとは別の場所に足をやった。


「少し、落ち着くために散歩でもしてから休むよ」


 言いながら歩き出す。そこでふと、自分の両手を見つめた。偽物の星と月の光に照らされた両手は、小刻みに震えていた。






 ルームの世界は無限ではなく有限であり、地球などと同様球体上に世界が形成されている。そしてアイテムを使うと球体上の世界がどんどん膨らんでいく仕組みとなっている。


 優七の所持するルームは、ログハウスを中心に北側に山。西側に森。南側に草原。そして東側に湖がある。ルーム入手時にランダム生成される世界ではあるが、優七は景色が非常に気に入っており、この配置は変えたくないと思っている。


 優七は右手の湖へと足を向けていた。相変わらず手は震え、それを紛らわすように湖を見つめる。月明かりが反射し、湖面は風によってほんの少し揺らいでいる。

 視線を外さないままでいると――後方から足音が聞こえた。振り返ってみるとそこには桜の姿。散歩に追随していたようだが、今の今まで気付かなかった。


「……優七君」


 顔や態度を見て思う所があったのだろう――彼女は沈鬱な面持ちで名を呼んだ。優七はそれに答えず、首を戻し水面に視線を送る。


「……大丈夫だよ」


 そして答えた。だが空元気を生み出す力すらなく、発した言葉はひどく重い。


「優七君……」


 桜が再び名を告げる。優七はあえて無視して、湖へさらに近づいた。

 僅かな波紋を見せる湖は、星と月によってひどく幻想的な光景を見せていた。水際で足を止めた優七は、屈んで水に触ってみる。手は濡れ、冷たい感触を与えてくる。


「……ルームにある全てのことが、現実になっているんだな」


 改めて呟くと立ち上がる。この調子ならログハウスの傍らにある森も作り物ではなく、現実に根ざした木々に変化しているはず。昨日まで非現実であった景色全てがリアルに昇華されている事実に、本来は仰天してもよさそうなものだ。


 だが、今の優七はそうした事実が押し潰されてしまう程の、黒い何かが心にわだかまっている――それに目を背けたい一心で、湖面を見据えさらに呟く。


「もし魔王を倒したら、元通りになるのかな」


 後方にいる桜へ言ったつもりだった。しかし返答はなく、底なし沼のような深い沈黙が生じてしまう。

 景色は変わらず穏やかな姿。けれど両者の間だけ、空気が違う。どうすれば脱せられるのだろうかと優七は考え――


(きっと、伝えないと納得しないだろうな)


 やがて、正直に話すことでしか逃れられないという結論に至る。


「……桜さん、相談、いいですか?」


 振り返り、桜と目を合わせ尋ねた。彼女少し肩を強張らせつつも、しっかりと頷く。


「その……」


 優七は反応を見て語ろうとして、後が続かない。発したい言葉はとめどなく溢れているのに、喉の奥で詰まり言葉にならない。


「ねえ、優七君」


 態度に気付いたのか、今度は桜が声を上げた。


「私から見て、優七君はひどく無理をしているように思える……」

「……うん」


 そこははっきりと答えた。自覚している。両親が消えたことによる怒りと、仲間を失いたくないという恐怖。その二つが心で溶け合い、思考がまとまらない。


「無理に話そうとしなくてもいいよ。けど、もし泣きたくなったら……休みたかったら、言って欲しい。私達は、仲間でしょ?」


 彼女の言葉を聞いて、優七は嬉しさと同時に、ほんの少し悲しさを抱いた。

 なぜそう思うのかと考え、さらに思考が滞ってしまう。


(何か、喋らないと――)


 優七は必死に話題を探し、


「……あのさ」


 ふいに口が動く。桜は言葉を待つ構えで、視線を送り、


「ジェイル、と、よく話をしていたけど、何かあったの?」


 次に出た言葉は、これまでの流れとは異なる質問だった。

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