未知の敵
繁華街を抜けた時、魔物と交戦した。だがフィールド上に出る強くないものであったため、難なく倒すことはできた。
しかしそれをきっかけにして度々出現するようになる。夜であるせいかスケルトンやゾンビなど、夜間専用の魔物まで現れる始末。
「何で夜間モンスターが? もう出現していないはずなのに」
倒す間に優七は誰にいう訳でもなく呟く。すると、
「推測の域は出ないけど、ダンジョンとかにいる魔物が夜になって徘徊し始めたとか、かもしれない」
桜が律儀に返答し、優七は一応の納得をした。
その間も出現する魔物を倒していく。とはいえいくらレベルが高く楽に倒せるとはいえ、連戦すれば生身である以上疲弊してくる。
「ルームに戻る?」
優七が提案する。桜は倒したナイトスケルトンを見やりながら、口元に手を当てる。
「……もう少し進もう」
どこか遠い目をして答えた。ジェイルとの会話で思う所があったのか――優七は「わかった」と答えつつ、足を動かす。
道中、無言の桜を見て頭を巡らせる。ジェイルとの会話以後口数が少なくなり、敵も淡々と倒している。連携自体に一切問題はないが、不安は大きくなっていく。
呼び掛けようにも、口を挟める様子ではなかった。そのため、優七の心には別の感情が膨れ始める。
(ジェイルと、何かあったのか?)
思った瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。優七は即座にかぶりを振る。彼女はただの仲間であって、決して深い仲ではない。
むしろ、自分の方が繋がりの薄い人間だ。なのに、
(繋がりがなくなるかもしれないというのが、これほど怖いものとは思わなかった……)
自分が消えていく感覚――優七は見咎められない程度の身震いをした。同時に考えるのは、もし桜や他の仲間達が戦いによって消えてしまったらという縁起でもない想像――途端に、恐怖が訪れる。
(……守らないと)
だから優七は改めて決心する。自分のことを知っている人間がいなくなれば、この世界にいても意味は無い。ならば、自分がいられる世界を維持するために、守る他ない。
考えていると、桜の指輪に通信が入る。彼女は手早く操作し、画面を出した。
「ジェイル……どうしたの?」
相手はまたもジェイル。優七の心が少しだけ軋む。
『緊急事態だ。君達に近い場所だから、連絡をした』
だが次に聞いた言葉によって、即座に気を引き締めた。
『仲間の一人であるゼオが、君達の周辺で苦戦しているらしい』
ゼオ――その名を聞いて、優七はドキリとした。それはクラスメイトである木ノ瀬藤一のゲーム名である。
『悪いがそちらに急行してくれないか? 援軍が至急欲しいらしい』
「了解」
桜は承諾するとすぐさま通信を切り、優七に向き直る。
「索敵はどう?」
言われ、優七は確認に入る。
「……近くにはいないけど」
と、言った所で爆発音。優七は即座に見回すが、周囲に響いたため方角はわからない。
「どの方向だ……?」
何か手掛かりになるものはないか探していると――桜が一点を指差した。
「あそこだ!」
彼女の示した先には、月明かりに照らされたビルが一棟。ぱっと見五階程度の建物に、不自然な黒い筋が流れている。
それが煙だと認識した時、優七は駆け出した。同時に桜も走り始める。
だがここに来て疲労が一気に押し寄せ始めた。優七としてはスキルを使ってでも距離を縮めたいが、戦闘を考えると少しでも温存しておきたい。
(間に合え……!)
祈りながら進み――五分程経過した後、目的の建物に着いた。そこに至り、建物内から金属音が聞こえてくる、
「よし、優七君――」
桜が発言を終える前に、優七は建物に侵入する。明かりを頼りにフロアの案内板を見つけ、階段へと走り上り始めた。
上階に進むことで、さらに疲労が濃くなる。優七は体に鞭を打ちながら、なお進む。金属音が近づき始め、音の源が発せられる階に辿り着いた時、優七の体に寒気が走った。
「っ――!?」
驚きながら、桜を見る。彼女も同様の感覚を抱いたのか、目を合わせると小さく頷いた。
(これは……ボス戦前の感覚だ)
――ロスト・フロンティアでは、各ダンジョンの最奥でボスが待ち構えている。その手前で、ボスがいることを教える警告のような演出として、悪寒がある。
「どこのボスだと思う……?」
桜が問う。優七は首を横に振った後、周囲を見回した。階段前には横に続く廊下と、正面には閉め切られた一枚の扉。その奥から、音はする。
「……行くよ」
優七は短く告げ、扉を抜けた。
中はワンフロアをぶち抜いているらしく、かなり広い。さらに空き物件だったのか机一つない。
そして室内では、一人の人物が戦っていた。天井の一部分が崩壊し空が見えており、煙はそこから上がったのだとわかる。
その人物は戦斧を握り、敵を薙ぐ。ジャンパー姿の男性で――木ノ瀬であるのを、優七は即座に理解した。
「木ノ瀬――!」
声を発すと同時に、相対している敵を確かめる。
「え……!?」
途端に優七は呻き、固まる。数は三体。その全てが見たことのない魔物だった。
外見は三体全てが漆黒かつ、全身が光沢を帯びた像のようなフォルムで、鎧を身に纏い漆黒の翼を生やした堕天使そのもの。そして左右の魔物は腕が二本だが、中央の魔物だけは四本あった。
優七は中央の魔物――堕天使がボスであるのを認識しながら、剣を握り走る。木ノ瀬は一人で戦い、防戦一方。そこへ割って入り、左手にいる堕天使に剣を薙いだ。
堕天使は即座に反応したが、優七の剣が一歩早かった。綺麗な弧を描いた斬撃は堕天使の胸部を一閃すると、光となって消滅した。
「大丈夫か!?」
そして優七が言うと、相手――木ノ瀬は頷く。
「一度退くぞ!」
「あ、ああ……」
木ノ瀬は躊躇いつつも承諾し、後方に跳ぶ。だが、右手の堕天使が追撃を仕掛けてくる。
「来たれ――光神よ!」
そこへ桜の援護が入った。一瞬で無数の刃が生じ、猛然と敵へ向かって射出され――魔法は直撃し、堕天使は動けず立ち尽くす。
怯んでいる隙に部屋を脱しても良かったが、優七は追撃を掛けた。剣を握り直し、刃が放出し終えるタイミングを見計らい、接近して剣を薙ぐと――堕天使は斬撃を受け、消失した。
(桜の魔法に加え、とどめの一撃となったみたいだ)
「一度距離を取って!」
考えていると、後方から桜の声が響いた。優七は声と共に木ノ瀬とさらに後方に下がる。そして、残る中央の堕天使を見据えた。
敵は超然と立ち、能面な顔を優七達へ向けていた。四本の腕には剣が握られ、それらがゆっくりと蠢いている。
「お前……高崎か?」
そこで気付いたのか、木ノ瀬が声を上げる。優七は即座に「ああ」と答え、彼に問う。
「戦闘始めてどのくらいになる?」
「……大体三十分くらいだ。合計四体いたんだが、かなり固くて一体しか倒せなかった。そっちの攻撃で倒せたのだから、追いこんではいたみたいだが」
「他の仲間は?」
「五人いたんだが……」
木ノ瀬は身をすくませる。今ここには彼一人しかいない。それが全てを物語っている。
「どうする?」
優七は桜と木ノ瀬に尋ねる。ボスらしき堕天使はにじりよってはいるが、距離はある。動作が遅ければスキルをフル活用して逃げることができるかもしれない。
「いや……倒すしかない」
発言は、木ノ瀬からのものだった。
「こいつは無茶苦茶強い……こんなクラスの相手がどの程度いるかわからないが、数を減らしておくべきだ……決戦に向けて」
「……わかった」
優七は了承。桜も戦闘態勢に入り、三人は堕天使に対し武器を構えた。
「どうする? 一気に攻める?」
再度優七が問う。木ノ瀬は逡巡しているのか、口を結び堕天使を観察する。
「なあ、お前の剣が通用すると思うか?」
彼が疑問を寄せた。優七の持つ死天の剣の効果を訊いているようだが――
「いや、見た所堕天使だろ?」
その言葉に、木ノ瀬は「そうだな」と応じた。
――ロスト・フロンティア内で堕天使は悪魔属性となっている。そのため死天の剣が有効活用されたためしはない。もし目の前の堕天使が天使属性ならば大いに活躍できるのだが、ゲーム上のデータを勘案すれば、期待して斬りかかるのは自殺行為だ。
「よし、なら俺が先行する」
木ノ瀬が言う。優七は大丈夫かと声を掛けようとした直前、さらに彼の口が開く。
「相手は専守防衛の構えだ。攻撃を仕掛ければ向かってくる。だが一定の距離を置いた場合も襲い掛かってくる。さらにしばらく静観していても、突っ込んで来る」
戦ってきた堕天使の情報だった。それで優七はある程度思考ルーチンを把握し、剣を握り直した。その間に、木ノ瀬がさらに続ける。
「高崎、まずは魔法で攻撃し、敵が来たら攻撃を捌きつつ後退。魔法メインで戦おう」
「わかった」
了承すると同時に、桜が腕をかざす。
「来たれ――光神よ!」
再度光の刃が生み出され、それらがボスへ照射され――直撃した瞬間、甲高い機械音声が聞こえてくる。堕天使の叫びのようだ。
「来るぞ!」
木ノ瀬が発した直後、堕天使が魔法にも構わず跳躍した。剣を握る四本の腕が、優七達に迫る。
「精霊の――盾よ!」
桜がサポートに入る。堕天使の目の前に結界が生じ、突撃を防ぐ――はずだった。
しかし堕天使は二本の剣をクロスさせるように振ると、あっけなく結界が破壊される。
「っ!?」
桜は即座に破壊されるとは思っていなかったらしく、たじろいだ。
「くそっ、一旦退くぞ!」
木ノ瀬は叫び、堕天使に注意しながら後退する。優七と桜も同時に動き、部屋のドアへ近寄ろうとする。
その時、攻撃は来た。四つの剣戟が、暴風のように襲来する。
「ぐっ……!」
優七は呻きながら、防ぎにかかる。その右隣では木ノ瀬も戦斧を構え、防御――二人に左右の剣二本ずつ、両断しようと迫る。
優七は初撃を剣で弾くと、後ろに下がりもう一本の剣を避けた。木ノ瀬も戦斧で二筋の斬撃を防ぎ、無傷で耐える。
だが堕天使の猛攻は続く。刺突と斬撃をランダムに繰り返し、少しずつ追い詰めていく。
けれど後方には扉。優七はこのまま部屋を脱し――そう考えた時、堕天使の体が前傾姿勢となった。
何をするのか――疑問を抱いた瞬間、背筋が凍った。先ほど生じたボス寸前の悪寒、ではない。それはもっと根源的な、死に対する本能的なもの。
直後、堕天使が剣を掲げ飛び込むように迫った。
刹那、木ノ瀬は横に跳んだ。優七は左に避け、側面の壁に手をつけながら回避に移る。
残ったのは後方にいた桜。彼女は結界を生み出しながら、必死に後退し――堕天使が誰もいない場所で剣を四本同時に振り下ろし、轟音が鳴り響いた。
ビル全体を振動させる音と共に、振り下ろした剣は床に直撃。見事に破壊した。コンクリートが砕かれたことによる粉塵が周囲を舞い、優七はたまらず逃げた。扉正面にいる堕天使を避けるように、反対側の窓まで移動する。
一方の木ノ瀬は部屋の中央辺りまで退いて、戦斧を堕天使へ向けていた。そして、
「優七君!」
桜の声。彼女だけは部屋を脱していた。
その間に堕天使がゆっくりと振り向く。標的は二人に絞ったらしい。
「桜さん! 仲間を!」
優七は叫んだ。他の仲間である麻子と慶一郎を呼ぶしかない――桜もそれを理解したらしく、
「二人を呼び出すから、少し待っていて!」
言うと、彼女の階段を下りて音が聞こえた――ルームへ行くためには、ボスと距離を取らなければならない。その距離は半径百メートル程。時間が掛かるだろうと優七は判断し、木ノ瀬に告げる。
「二人だけど……」
「大丈夫だ」
木ノ瀬は答え、敵の動向を窺う。優七もまた、観察に入る。
堕天使は桜の足音に目もくれず、優七と木ノ瀬を交互に見ていた。どちらに仕掛けるか迷っている様子だったが――やがて、跳んだ。目標は木ノ瀬。
「っ!」
彼は振り下ろされた斬撃を、戦斧で受け流し距離を取ろうとした。優七はすかさずフォローに回る。剣を振り『エアブレイド』を堕天使に見舞うが、紙一重で避けられてしまう。
(遠距離技じゃ弾かれるか……!)
胸中でそう悟る――おそらく、木ノ瀬達との交戦で学習している。
「なら接近戦しか……ないか!」
木ノ瀬へ執拗に攻撃する堕天使に対し、優七は走った。ゲームの要領で剣に力を収束させ、一閃する。それは技ではなく通常攻撃だが、威力だけを見れば『セイントエッジ』に引けを取らない斬撃であった。
堕天使は左腕の一本をかざし、防ぎにかかる。対する優七の斬撃は剣と衝突し、堕天使の動きを僅かに鈍らせる。
優七はさらに攻撃を加え――攻撃速度に堕天使は対応できず、優七は肩口を縦に一閃した。
一撃は、見事に腕を両断する。途端に、堕天使の甲高い悲鳴が迸った。優七は声に顔をしかめつつ追撃はせず退いた。ダメージを与えたことで思考ルーチンが変わるかもしれない――そういう判断だった。
だが一方で、木ノ瀬は攻勢に出た。優七がそれに気付いた時、彼は戦斧を振り絞り堕天使を吹き飛ばしている所だった。
「木ノ瀬――!」
慌てて叫んだ。攻めるなと言いたかった。しかし優七の声が聞こえていないのか、ここぞとばかりに戦斧を繰り出す。堕天使は腕が断たれたことと木ノ瀬の連続攻撃によりよろけたが、やがて体勢を立て直し距離を取った。
木ノ瀬はチラと優七を見た。追撃しろ――目で訴えていた。優七は待てと言いたかったが、なおも攻めようとする彼の顔に、全てを飲み込み特攻した。
狙うは残る左腕の一本。堕天使は迎撃しようと腕を構えるが、優七はそれを捌くとすかさず腕の根元へ斬りかかった――生じたのはまたも悲鳴。腕を断ち、隙が生じる。
「――オオオッ!」
直後、獣のような咆哮と共に木ノ瀬が火を噴くように攻め立て始めた。戦斧が堕天使の胴を薙ぐと、爆発エフェクトまで生じ――優七はそれが戦斧系連続技の中で最強に位置する『フレアクラウン』だと気付き――後退するよう叫ぼうとした。
だが、それよりも一時早く、堕天使の右腕が動いた。剣が明かりによって煌めき、二本の腕が木ノ瀬に繰り出される。
「木ノ瀬――!」
優七が叫んだ次の瞬間、攻撃していた木ノ瀬の体に一撃入った。それによりやられることはなかったが――彼は攻撃を中断した。
「くっ!」
だがなおも果敢に攻める堕天使に、体勢を崩す。攻撃モーションが完全に消えておらず、防御の遅い木ノ瀬に堕天使が刺突を放つ。彼はそれを掠めながらも避けた時――優七は走った。
「おおおっ!」
声と共に堕天使へ迫る。すると、相手の動きが一瞬だけ遅くなる。
優七の行動を見て防御するか躊躇した――それに木ノ瀬も気付いたらしく、すぐさま体勢を立て直し、反撃に転じた。
しかし堕天使は硬直を解くと素早く剣を振った。目標は、やはり木ノ瀬。対する彼は回避しようと――しなかった。攻撃体勢に入っており、よける暇が無かったのかもしれない。
優七はその光景を見ながら、堕天使の体に剣を入れた。直後、とどめと言わんばかりに木ノ瀬の戦斧が堕天使の胴に食い込む。
しかし、次の瞬間――堕天使の斬撃が彼の身に届いてしまった。
「っ……!」
木ノ瀬の呻き。直後、堕天使の体が崩れ始める。
「倒した……」
優七は呟き、木ノ瀬の顔を窺おうとして――固まった。彼の体が、淡く発光していた。
「木ノ――」
呼ぼうとして、彼の表情に気付く。恐怖や困惑のないまぜとなった、不思議な顔。死にゆくことを半ば察しながらも、どこか信じられない心境を抱えた面持ち。
後が続かず優七は押し黙った――直後、木ノ瀬の体が塵となって消える。いなくなる寸前に見せた彼の最期の顔は、困惑だけが広がっていた。
「……あ」
声が漏れる。ゲーム上の――決然とした死。優七は膝から崩れ落ちるように座り込んだ。一人取り残され、呆然と木ノ瀬が立っていた場所を見つめる。
「優七君!」
そこへ声が飛んだ。ぎこちなく首を向けると、入口に桜他、仲間達がいた。
「大丈夫!?」
桜が声を掛けつつ部屋を見回し、
「……ゼオと、あの堕天使は?」
問いに、優七は首を左右に振った。口が上手く動かず、声が出ない。
「……わかった」
桜は何が起こったのか理解し、他の仲間に指示を飛ばす。
「話した通り私達と交代で先に進んで、見晴らしのいい場所でルームのゲートを作って」
「わかった、気を付けろ」
慶一郎が言う。そして彼と麻子はその場を後にする。
二人が視界からいなくなった時、桜は優七に駆け寄り、気遣う声を掛けた。
「大丈夫?」
問われるが答えられない。先ほどクラスメイトが消えた瞬間が頭にこびりつき、さらにはあの困惑した顔を思い出し――加えて、両親がいなくなった記憶が呼び起こされる。
「……俺、は」
体が震え始める。そんな優七を桜は抱き寄せた。
「一度戻ろう。見張りと進む役を交代したから」
桜の言葉に、優七はただ頷く。けれど体はなおも震え、決して止まりそうになかった。




