魔法の現出
「もう一つの選択肢は?」
江口が尋ねる。それに蒼月は笑みを浮かべ、
「……この世界と現実世界を完全に分離させる。切り離すこと自体は、私の知識でも可能だ。ここでそれを選択すれば、すぐにできる」
優七は思う。これではまるで――
「君達がダクスというプレイヤーから聞いた内容、そのままだね。彼らは敗北してもこの選択肢から選ばせたかったんだろう……いや、君達の顔から察するに、選ぶべきなのは一つかな」
「……分離、させるしかないでしょうね」
雪菜が口を開いた。優七も内心同意する。
「NPCである普通の人々の犠牲をゼロにするなら、それしかない」
「分離できれば、現実世界は元通りになるのか?」
江口の問いに、蒼月は肩をすくめた。
「正直なところ、わからない。果たして私達の思い通りにいくのか……試せればいいけれど、それは不可能だしね」
結局、全てが手探りのまま――だが、今やらなければならない。
「……どういう選択にしろ、三つから選ぶのであれば一つしかないな」
江口が言う。優七もそれに深く頷いた。
「もし何かあったら……魔物が出たら、全力で戦うよ」
「優七君の言葉は頼もしいな」
「そうだね、私としてもやりきりたいし」
桜が賛同。雪菜も同じ意見なのか優七へ顔を向け、
「私も迷惑掛けたから、手伝うわよ」
「……迷惑って、そんな」
「優七はそう思っていなくとも、私はそう思ってるってだけ」
肩をすくめる彼女に、優七は「そっか」と返事をする。
「決まった、ということでいいんだね?」
蒼月が確認の問い。江口は頷き、彼は動き出す。
「わかった。ならば実行しよう……この世界の分離を」
呟き、蒼月は球体を向き合い、両手をかざした。
直後、球体が一際強く輝く。優七達はそれをただ見守ることしかできないが――
次の瞬間、目を見張った。突如蒼月の体が、薄くなり始めた。
「おい……!?」
声を荒げる江口。それに蒼月は笑った。
「システム干渉をする場合、どうしても自分もその影響を受けなければならない……肉体を持っているのならば話は別だろうけど、私は魔王にのみ込まれ肉体そのものは消えてしまっているからね。どうしてもこうなってしまうんだよ」
「そのまま、あんたは消えてしまうんじゃないの?」
雪菜の質問。蒼月は笑って返答した。
「そうだろうね。けど、これが私の最後の仕事だ」
「……あんたは」
「元々、真下蒼月って人間は最初の戦いの前に死んでいるんだよ。今ここにいるのは、ゲーム世界が現実になってしまったことによるバグ……幽霊みたいなものだ。私自身、役目を終えたら消えるつもりでいた」
どこまでも穏やかに語る蒼月。声にも悲壮感はない。
「だから、君達は何も気にしなくていい……まあ、私が蒔いた種である以上、それを拭うのは私の責任でもあるけどね」
自嘲的な笑み。さらに彼の体は薄くなり、周囲に溶け込んでいく。
「……このロスト・フロンティアの世界を、再び消すことはできないかとこの城にいる間、ずっと考えていた」
そして彼は語り出す。
「けれど、システムに干渉はできても、消すことはできないとわかった」
「もう、この世界は現実に根付いてしまったということ?」
雪菜の問いに、蒼月は深く頷いた。
「新世界……などと言えば聞こえはいいけれど、私が無理矢理具現化したもの。これは私の仮説だが、述べさせてもらう」
そう前置きをして、蒼月は語り出す。
「プログラムによって形作られたものが、現実世界に影響を及ぼす……事件前には到底信じられない現象だ。しかし今、これは一つの現実となった……私達は、プログラムによって引き起こされる事象を現実に生成できるようになったんだ」
蒼月の体がいよいよ消えそうになる。しかし、声だけはしっかりとしており、優七達に全てを伝える意志なのはわかる。
「人はこれをどう呼ぶかはわからないが……本来現実では起こりえなかった現象……奇跡とでも言うべきこの出来事を、私は魔法の現出だと解釈した」
「魔法、だと?」
江口の言葉。それに蒼月は、
「そう、魔法。私はロスト・フロンティアの世界を通して、魔法を作り出すに至った。無論、これは多くの悲劇と共に生まれてしまった以上決して喜ぶべきではないかもしれないが……物理的にもあり得なかった出来事が私達はできるようになった。科学的見地から言えば、途轍もない出来事だろう」
優七は自分達の戦いを思い起こす。現実世界に影響を及ぼす技や、道具――確かに、魔法とでも言うべき存在かもしれない。
「私が調べた限り、この世界は完全に現実と結びついている……ここからは政府がどうするか、だ。根付いてしまったこの新世界は、引きはがすことは難しい。おそらくこのシステム介入によって、それは強固なものになるだろう」
蒼月がそこまで語った直後、極彩色の球体がさらに光り輝く。
「いずれ、君達もこの世界とどう向き合うか選択することになるはずだ……その時にはきっと、この世界の成り立ちなども理解できているはず。その際に下す決断が、良いものであることを祈っているよ」
蒼月はそう告げ――球体の光が天へと伸びた。
優七達はそれを黙って見上げる。光は少しすると消え、優七は蒼月を見る。
既にそこに彼がいた痕跡はどこにもなかった。
「……消えた、のか」
呟きと同時、江口に通信が入る。麻子かららしい。
『江口さん、お疲れ様です』
「状況は?」
『システムは安定しました。こっちから干渉はできませんが、今までの状況が嘘のように……』
「ならばよかった。屋敷上空の光は?」
『消えました……が、新たに別の場所に光が。政府庁舎の近くです』
その時、優七の方にメールが一件届いた。腕を振って内容を確認すると――蒼月からだった。
『君にまず、管理権限を与える。世界を救った英雄が最初に権限を持つならば、きっと誰も文句は出ないだろう』
そうした文言と共に記されたメールの内容は――驚くべきものだった。
優七達はその後、竜を使い現実世界へと戻ってきた。その場所は麻子が告げた政府庁舎周辺。転送位置の変更――蒼月が最後に残した置き土産だった。
「つまり、こういうことか」
江口は優七から話を聞き、話を始める。
「バグなどによって生じていた光などは全て消え、こちらの管理下に置いた……そして現在、光の出し入れについては、優七君だけが権限を持っている」
「はい」
「そして光の先は……ロスト・フロンティアの世界、か」
江口と話す間に麻子と合流。そこから解析が始まる。
――光を作る権限は自由に付与することが可能で、逆を言えば権限さえ開放すればプレイヤーは自由にゲームの世界へ行くことが可能。
だが、さすがに優七としても開放することが正解だとは思えない。
「……この件については私達が責任を持ってやろう」
江口はそう言うと、麻子へ連絡を行った。
「首尾はどうだ?」
『外部から観測できる範囲で、システムは安定しています』
「そうか……ルームと同様、ゲーム本来の世界もまたこちらの自由にできるようになった。ゲームの世界がどういう理論で現実世界に存在しているのか疑問に残るが……」
『そこはこれから調べないといけないですね……ただ』
「ただ?」
『真下さんはどうも、さらなる置き土産を残したようですよ』
と、彼女は苦笑した。
『システムに干渉することができなくなっています……プロテクトが掛けられていますね』
「彼の仕業か?」
『修正したのが彼本人だという証拠が残っていますからね』
「何が目的で?」
その言葉に、麻子は肩をすくめた。
『おそらく今後、外部からシステムを書き換えるような輩が出ないように、ってところでしょうね』
「そうか……ただそれは諸刃の剣だな。現状問題が発生しても対処が――」
『ひとまず、現実世界で今後問題は起きないと思います』
何を根拠に――優七が疑問に思った矢先、彼女から言葉が。
『調べたところ、現実世界で魔物が出現しなくなっているようですから』
「それは本当か?」
『精査する必要はありますが……どうやら現実とゲーム世界は分離し、共存しているようですね』
麻子の言葉に優七は安堵したような気持ちになる。これで、普通の人々が犠牲になるようなことは、もうない。
『まだまだ調べなければならないことはありますが……これまでのように警戒する必要は少なくなるかもしれませんね』
「わかった。詳細については後で聞こう」
そう述べ、江口は優七達へ言った。
「今度こそ、作戦完了だ……本当に、ご苦労だった」




