崩壊した街の中で
そこからどのような経路を取るか相談した結果、優七と桜は自分達が転移した場所に戻ることにした。
「逐一報告を入れるから」
麻子が掲示板に目をやりながら言う。桜が「お願いします」と受け答えした後、優七は彼女と共に転移ゲートをくぐった。
優七は最大限の警戒を込め、繁華街を視界に捉える。そこは街灯一本すらついていない、星と月以外光源の無い退廃した街。
周囲は風が流れ、荒涼としていた。ルームの中の穏やかな空気は一切ない。この世の終わりであると確信さえできる虚無の空間が、ここにはあった。
「明かりはどうする?」
横に立つ桜が問う。光源がないため、隣にいる彼女の顔すら見えにくい。
「……索敵アイテムを使用して、敵がいるかどうかを確認して判断しよう」
優七は言うとメニューを呼び出し、該当のアイテムを使用する。索敵範囲は半径二百メートルなのだが――
「ひとまず敵はいない。それに、人の姿もない」
「わかった……なら使おう」
桜は答え明かりを生み出す。そして、二人は進み始めた。
「このまま何事もなくいけばいいけど……」
桜は呟きながら、剣を強く握った。それを見た優七は、なんとなく思う。
見た目は女子高生であるのに物騒な武器を持ち闇夜を歩く。アニメなら色々なシーンを思い返せるが、現実に起こるとは思わなかった。
「ここのいた人達はどうしたんだろう」
心細いのか、桜は呟きながら歩く。対する優七は、ふいに疑問が湧いて彼女に尋ねた。
「ねえ桜さん。真っ暗ってことは、この辺りも電気が止まっているんだよね?」
「え? うん、そのはずだけど」
「もしどこもかしこも電気がないとしたら、情報を得られる機会もないよね」
「そうね……現在も、多くの人が犠牲となっているかもしれない」
桜は悔いるように奥歯を噛み締める。
「正直、掲示板の文面を見て私は怒りを感じた……私は、製作者のことが傲慢だと思う」
「そうかもしれないけど……」
優七は答えながら空を見上げる。月がやけに明るい。満月ではないがかなりの部分を覗かせており、光を降り注いでいる。
「優七君は、怒らないの?」
低い声で、桜が尋ねた。
それ以上言葉を発しないが、優七は何が言いたいのか理解した。ロスト・フロンティアの製作者が両親を――そう訊きたいのだ。
「……今は、そういう感覚もないよ」
優七は漏らすように答えた。立て続けに起こった出来事によって、喜怒哀楽が摩滅し、上の空になっている自分自身がいる。
「けどこれだけは言える。俺を突き動かしているのは、この騒動をすぐに解決したい願いからだ。俺みたいな悲劇を……少なくするために」
「そう……」
桜は応じ、無言となった。
以降両者は一言を発さず繁華街を歩く。風により木の葉が舞う音と、空き缶の転がる音が聞こえる。冬のせいか、それとも魔物にやられたか、動物や昆虫など生物の発する音は聞こえない。
やがて風も止まり――静寂が支配し始めると、優七は恐怖を感じた。目の前の道は限りない漆黒であり、ゴールがあるのかさえ不安になる。
「……ねえ」
だからなのか、優七は誤魔化すように、半ば無意識に声を出した。
「桜さんは……ゲーム以外ではどんな風に過ごしているの?」
口をついて出たのは、世間話めいたもの。
桜は一度優七を見た。真意を図ろうとしているのがありありとわかったが――彼女は、疑問を出さず素直に答えた。
「部活は家庭部だって話したよね? 料理が趣味だから結構やったりするんだ。ロスト・フロンティア内で人が料理をするところを見て、私もやってみたいなと考え始めたのがきっかけなんだけど」
「どんな料理が得意?」
「んー、そうだね……シチューが得意かな。元々鍋でコトコト煮込まれていたシチューを見て作りたいと思ったわけで、色々研究してる」
「へえ。ちなみにゲーム内でそれは反映されている?」
「あんまり。作り方が全然違うから」
「今度、ごちそうしてよ」
と言って、優七はしまったと思った。いくらなんでも迷惑だろう――例えゲーム上の仲間であっても、現実世界で通用するとは限らない。
しかし、桜は満面の笑みを見せ答えた。
「いいよ。戦いが終わったらごちそうしてあげる」
屈託のない表情に、優七は少しばかり鼓動が跳ね――同時に、胸に染み入った。さらには、ここにいてもいいんだという強い確信を胸に抱く。
(……そうか)
ここに至り優七は気付く。
今自分は、居場所を求めている。両親が消え、ロクに友人もいないため、現実世界で深く接せる人がいなくなってしまった。もし世界と自分を繋ぎとめているものがあるとしたら、それは間違いなくロスト・フロンティアというゲームだ。
(もし、それらも途切れてしまったら、俺はどこに行けばいいんだろう……)
暗闇を映しての恐怖とは別の、絶望が襲い掛かる。
孤独となってしまった――隣にいる人や、ルームの中にいる人にまで見捨てられたら、自分の存在は跡形もなく砕け散るかもしれない。
「……優七君?」
そこで声がした。見ると桜が顔を覗き込んでいる。
「怖い顔しているよ?」
「あ、ああ……考え事だよ。ごめん」
優七は即座に思考を振り払い、メニュー画面を呼び出す。索敵アイテム上、敵がいないのを確認する。
「ひとまずまだ敵の姿は無い。パソコンなんかから抜け出てきた魔物が少ないはずがないけど……どこに行ったんだろう」
口に出した時――突如桜の指輪から電子音が響いた。
「通信だ」
彼女は即座に手を振りメニュー画面を呼び出す。通信の相手は麻子で、いくつか操作をすると、メニュー画面がテレビ電話のように大きな画面に変化し、麻子の顔が見えた。
『二人とも、まだ繁華街?』
「そうだよ」
桜が答えると、麻子は深刻な表情を示し告げる。
『悪い知らせが。データセンターに突き進んでいたパーティーの一組が、全滅したそうよ』
「……え?」
『掲示板からの確かな報告。しかもそのパーティーは魔王との戦いで私達と同様、足止め役をしていた人達……そのレベルの人も、やられてしまった』
語られた内容はかなり重いものだった。
優七は魔王の城で戦っていた時の、他の面々の顔を思い浮かべる。あの中にいた人が死んだ――衝撃は、かなり大きい。
『で、現在編成を立て直しているらしいわ。その中には魔王を倒したジェイル達も含まれている』
「ジェイルが?」
桜が聞き返す。ここに来て、最初の魔王を倒した人が立ち上がった。
『近くにいる仲間に呼び掛けている。彼らは既にデータセンター近くまで来ているらしいけど、仲間が集まるまでは待つことにしているみたい』
「私達のことは?」
『連絡した。魔物の出現具合とかもあるし、何より時間も時間だから彼らも攻略は明日以降になると思うけど……それまでに間に合うかは、わからないわ』
「わかった。私達はできるだけ近づいて、戻るようにするよ」
『頼んだわね』
麻子は言い残し通信を切った。
桜は一呼吸置いた後、さらにメニュー画面を操作する。その所作を見て、優七は問う。
「ジェイルと話すの?」
「うん」
答えた桜は、ジェイルとの通信を行う。コール音が小さく鳴り――画面が出現した。
『オウカか?』
見えたのは、一人の男性。見た目大学生くらいで、黒髪が多少ボサボサであったが、優七も見覚えがあった。顔がほとんど一緒。あのジェイルで間違いない。
「ええ、どうも。そっちも顔立ちは変えていないみたいね」
『まあな……と、ちょっと待った。華蘭学園の制服か、それ? なんだ、お嬢様だったんだな。もし戦いが終わったらメール交換でも……』
「ナンパは後にしてくれない?」
言うと、ジェイルは苦笑した。
『ああ、すまない……えっと隣にいるのがユウか?』
「はい」
優七は答え、剣を掲げる。ジェイルは剣を見てはっきりと頷き、二人へ話し始めた。
『通信したってことは、マナから連絡受けたな? 俺達は現在データセンター近くの市民体育館にいる。ルーム所持者もいるため、ここを拠点にして他の仲間を待っているところだ。そして俺のパーティーメンバーはここに来る人をまとめていたり、外に出て敵と戦ったりしている』
「市民体育館に行けばいいんだね?」
『ああ、だけど距離があるだろ?』
疑問に対し、桜は現在地を説明する。ジェイルは聞くと口元に手を当て、思案し始めた。
『ふむ……その距離だと到着までまだあるな。魔物がいることを考えると、通常の倍時間が掛かると見ていいし、攻撃する前に来るのは難しそうだな』
「私達を待たないの?」
『オウカのパーティーは確かに惜しいが……できるだけ早急に攻略するのを優先だ。犠牲者を少しでも生まないために』
毅然とジェイルは言った。彼もまた優七と同じような見解を抱いている。
『だがこちらも休息の必要がある。それに夜は強くなる魔物もいる。個人的な希望としては、早朝仕掛けたいところだ』
「仲間は集まっているの?」
『ああ。先行した一部メンバーが全滅したのは聞いているな? だから一気に戦力を集中させて戦うことにしている……で、現在市民体育館の中にはかなりの人数集まっている。現役のプレイヤーだけでなく、引退した人間もいるが……十分な数だ』
言うとジェイルは画面を動かした。彼の後方には、話し合いをしている人々がたむろしている。その一角を見ても十人以上。さらに画面端には別の一団もいた。
『あの魔王の城に攻めた時以上の戦力だ。さらに別のメンバーからの連絡もあった。早朝までには、さらに増えるだろう』
「私達がいなくても大丈夫ということか……けど」
桜はそこで、眉をひそめ問う。
「大丈夫なの? その人達……?」
『大丈夫、とは?』
「死ぬかもしれない戦いに……平気なの?」
桜の言葉に、ジェイルは難しい顔をした。
『……実を言うと、その辺りは不明瞭なこともあるから、楽観的な見方が強い』
「楽観的?」
『NPCキャラ扱いの人々がロストして……別所で見かけたという証言があるなど、情報が錯綜している。噂が色々と広がり、ロストしてもどこかに強制送還されるだけ……そういう見解が広がっていて、俺もそう皆に伝えている』
「死ぬ可能性があるのは、伏せているってこと?」
桜が声を発する。ジェイルはそれに頷きながらも、無念そうに口を開いた。
『けれど死ぬかもしれない事を克明に語れば、ここにいる人達は瓦解する。先攻したパーティーは俺達と同等のレベル……それがやられた以上、この場にいる全戦力で当たらなければ、勝てない』
苦肉の策だと優七は感じた。死ぬわけではない――混乱しているが、あくまでこれはゲーム世界の延長線上だと、彼らは認識して戦おうとしている。
ありてい言えば、そういう形でしか魔物と戦えないのが現状。
『聡明な君なら、異論を口にするのはわかる。だがここで死を話せば、魔王を倒せる機会が失われる……それは、余計に犠牲者が出ると思わないか?』
「そう、だけど……」
桜は不服なのか呟いたが、言葉を止めた。
「……そうね、そういう風に周知させるしか、方法はないよね。わかった、気を付けて」
『ああ。そっちも無理はするなよ』
「うん」
桜の言葉の後、通信が切られた。残ったのは冬の風。
「……進もう」
やがて桜が呟く。優七は無言で頷き、移動を再開した。




