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フュージョン・フロンティア  作者: 陽山純樹
第一話

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13/137

崩壊した街の中で

 そこからどのような経路を取るか相談した結果、優七と桜は自分達が転移した場所に戻ることにした。


「逐一報告を入れるから」


 麻子が掲示板に目をやりながら言う。桜が「お願いします」と受け答えした後、優七は彼女と共に転移ゲートをくぐった。


 優七は最大限の警戒を込め、繁華街を視界に捉える。そこは街灯一本すらついていない、星と月以外光源の無い退廃した街。

 周囲は風が流れ、荒涼としていた。ルームの中の穏やかな空気は一切ない。この世の終わりであると確信さえできる虚無の空間が、ここにはあった。


「明かりはどうする?」


 横に立つ桜が問う。光源がないため、隣にいる彼女の顔すら見えにくい。


「……索敵アイテムを使用して、敵がいるかどうかを確認して判断しよう」


 優七は言うとメニューを呼び出し、該当のアイテムを使用する。索敵範囲は半径二百メートルなのだが――


「ひとまず敵はいない。それに、人の姿もない」

「わかった……なら使おう」


 桜は答え明かりを生み出す。そして、二人は進み始めた。


「このまま何事もなくいけばいいけど……」


 桜は呟きながら、剣を強く握った。それを見た優七は、なんとなく思う。

 見た目は女子高生であるのに物騒な武器を持ち闇夜を歩く。アニメなら色々なシーンを思い返せるが、現実に起こるとは思わなかった。


「ここのいた人達はどうしたんだろう」


 心細いのか、桜は呟きながら歩く。対する優七は、ふいに疑問が湧いて彼女に尋ねた。


「ねえ桜さん。真っ暗ってことは、この辺りも電気が止まっているんだよね?」

「え? うん、そのはずだけど」

「もしどこもかしこも電気がないとしたら、情報を得られる機会もないよね」

「そうね……現在も、多くの人が犠牲となっているかもしれない」


 桜は悔いるように奥歯を噛み締める。


「正直、掲示板の文面を見て私は怒りを感じた……私は、製作者のことが傲慢だと思う」

「そうかもしれないけど……」


 優七は答えながら空を見上げる。月がやけに明るい。満月ではないがかなりの部分を覗かせており、光を降り注いでいる。


「優七君は、怒らないの?」


 低い声で、桜が尋ねた。

 それ以上言葉を発しないが、優七は何が言いたいのか理解した。ロスト・フロンティアの製作者が両親を――そう訊きたいのだ。


「……今は、そういう感覚もないよ」


 優七は漏らすように答えた。立て続けに起こった出来事によって、喜怒哀楽が摩滅し、上の空になっている自分自身がいる。


「けどこれだけは言える。俺を突き動かしているのは、この騒動をすぐに解決したい願いからだ。俺みたいな悲劇を……少なくするために」

「そう……」


 桜は応じ、無言となった。


 以降両者は一言を発さず繁華街を歩く。風により木の葉が舞う音と、空き缶の転がる音が聞こえる。冬のせいか、それとも魔物にやられたか、動物や昆虫など生物の発する音は聞こえない。

 やがて風も止まり――静寂が支配し始めると、優七は恐怖を感じた。目の前の道は限りない漆黒であり、ゴールがあるのかさえ不安になる。


「……ねえ」


 だからなのか、優七は誤魔化すように、半ば無意識に声を出した。


「桜さんは……ゲーム以外ではどんな風に過ごしているの?」


 口をついて出たのは、世間話めいたもの。

 桜は一度優七を見た。真意を図ろうとしているのがありありとわかったが――彼女は、疑問を出さず素直に答えた。


「部活は家庭部だって話したよね? 料理が趣味だから結構やったりするんだ。ロスト・フロンティア内で人が料理をするところを見て、私もやってみたいなと考え始めたのがきっかけなんだけど」

「どんな料理が得意?」

「んー、そうだね……シチューが得意かな。元々鍋でコトコト煮込まれていたシチューを見て作りたいと思ったわけで、色々研究してる」

「へえ。ちなみにゲーム内でそれは反映されている?」

「あんまり。作り方が全然違うから」

「今度、ごちそうしてよ」


 と言って、優七はしまったと思った。いくらなんでも迷惑だろう――例えゲーム上の仲間であっても、現実世界で通用するとは限らない。

 しかし、桜は満面の笑みを見せ答えた。


「いいよ。戦いが終わったらごちそうしてあげる」


 屈託のない表情に、優七は少しばかり鼓動が跳ね――同時に、胸に染み入った。さらには、ここにいてもいいんだという強い確信を胸に抱く。


(……そうか)


 ここに至り優七は気付く。


 今自分は、居場所を求めている。両親が消え、ロクに友人もいないため、現実世界で深く接せる人がいなくなってしまった。もし世界と自分を繋ぎとめているものがあるとしたら、それは間違いなくロスト・フロンティアというゲームだ。


(もし、それらも途切れてしまったら、俺はどこに行けばいいんだろう……)


 暗闇を映しての恐怖とは別の、絶望が襲い掛かる。

 孤独となってしまった――隣にいる人や、ルームの中にいる人にまで見捨てられたら、自分の存在は跡形もなく砕け散るかもしれない。


「……優七君?」


 そこで声がした。見ると桜が顔を覗き込んでいる。


「怖い顔しているよ?」

「あ、ああ……考え事だよ。ごめん」


 優七は即座に思考を振り払い、メニュー画面を呼び出す。索敵アイテム上、敵がいないのを確認する。


「ひとまずまだ敵の姿は無い。パソコンなんかから抜け出てきた魔物が少ないはずがないけど……どこに行ったんだろう」


 口に出した時――突如桜の指輪から電子音が響いた。


「通信だ」


 彼女は即座に手を振りメニュー画面を呼び出す。通信の相手は麻子で、いくつか操作をすると、メニュー画面がテレビ電話のように大きな画面に変化し、麻子の顔が見えた。


『二人とも、まだ繁華街?』

「そうだよ」


 桜が答えると、麻子は深刻な表情を示し告げる。


『悪い知らせが。データセンターに突き進んでいたパーティーの一組が、全滅したそうよ』

「……え?」

『掲示板からの確かな報告。しかもそのパーティーは魔王との戦いで私達と同様、足止め役をしていた人達……そのレベルの人も、やられてしまった』


 語られた内容はかなり重いものだった。

 優七は魔王の城で戦っていた時の、他の面々の顔を思い浮かべる。あの中にいた人が死んだ――衝撃は、かなり大きい。


『で、現在編成を立て直しているらしいわ。その中には魔王を倒したジェイル達も含まれている』

「ジェイルが?」


 桜が聞き返す。ここに来て、最初の魔王を倒した人が立ち上がった。


『近くにいる仲間に呼び掛けている。彼らは既にデータセンター近くまで来ているらしいけど、仲間が集まるまでは待つことにしているみたい』

「私達のことは?」

『連絡した。魔物の出現具合とかもあるし、何より時間も時間だから彼らも攻略は明日以降になると思うけど……それまでに間に合うかは、わからないわ』

「わかった。私達はできるだけ近づいて、戻るようにするよ」

『頼んだわね』


 麻子は言い残し通信を切った。

 桜は一呼吸置いた後、さらにメニュー画面を操作する。その所作を見て、優七は問う。


「ジェイルと話すの?」

「うん」


 答えた桜は、ジェイルとの通信を行う。コール音が小さく鳴り――画面が出現した。


『オウカか?』


 見えたのは、一人の男性。見た目大学生くらいで、黒髪が多少ボサボサであったが、優七も見覚えがあった。顔がほとんど一緒。あのジェイルで間違いない。


「ええ、どうも。そっちも顔立ちは変えていないみたいね」

『まあな……と、ちょっと待った。華蘭(からん)学園の制服か、それ? なんだ、お嬢様だったんだな。もし戦いが終わったらメール交換でも……』

「ナンパは後にしてくれない?」


 言うと、ジェイルは苦笑した。


『ああ、すまない……えっと隣にいるのがユウか?』

「はい」


 優七は答え、剣を掲げる。ジェイルは剣を見てはっきりと頷き、二人へ話し始めた。


『通信したってことは、マナから連絡受けたな? 俺達は現在データセンター近くの市民体育館にいる。ルーム所持者もいるため、ここを拠点にして他の仲間を待っているところだ。そして俺のパーティーメンバーはここに来る人をまとめていたり、外に出て敵と戦ったりしている』

「市民体育館に行けばいいんだね?」

『ああ、だけど距離があるだろ?』


 疑問に対し、桜は現在地を説明する。ジェイルは聞くと口元に手を当て、思案し始めた。


『ふむ……その距離だと到着までまだあるな。魔物がいることを考えると、通常の倍時間が掛かると見ていいし、攻撃する前に来るのは難しそうだな』

「私達を待たないの?」

『オウカのパーティーは確かに惜しいが……できるだけ早急に攻略するのを優先だ。犠牲者を少しでも生まないために』


 毅然(きぜん)とジェイルは言った。彼もまた優七と同じような見解を抱いている。


『だがこちらも休息の必要がある。それに夜は強くなる魔物もいる。個人的な希望としては、早朝仕掛けたいところだ』

「仲間は集まっているの?」

『ああ。先行した一部メンバーが全滅したのは聞いているな? だから一気に戦力を集中させて戦うことにしている……で、現在市民体育館の中にはかなりの人数集まっている。現役のプレイヤーだけでなく、引退した人間もいるが……十分な数だ』


 言うとジェイルは画面を動かした。彼の後方には、話し合いをしている人々がたむろしている。その一角を見ても十人以上。さらに画面端には別の一団もいた。


『あの魔王の城に攻めた時以上の戦力だ。さらに別のメンバーからの連絡もあった。早朝までには、さらに増えるだろう』

「私達がいなくても大丈夫ということか……けど」


 桜はそこで、眉をひそめ問う。


「大丈夫なの? その人達……?」

『大丈夫、とは?』

「死ぬかもしれない戦いに……平気なの?」


 桜の言葉に、ジェイルは難しい顔をした。


『……実を言うと、その辺りは不明瞭なこともあるから、楽観的な見方が強い』

「楽観的?」

『NPCキャラ扱いの人々がロストして……別所で見かけたという証言があるなど、情報が錯綜している。噂が色々と広がり、ロストしてもどこかに強制送還されるだけ……そういう見解が広がっていて、俺もそう皆に伝えている』

「死ぬ可能性があるのは、伏せているってこと?」


 桜が声を発する。ジェイルはそれに頷きながらも、無念そうに口を開いた。


『けれど死ぬかもしれない事を克明に語れば、ここにいる人達は瓦解する。先攻したパーティーは俺達と同等のレベル……それがやられた以上、この場にいる全戦力で当たらなければ、勝てない』


 苦肉の策だと優七は感じた。死ぬわけではない――混乱しているが、あくまでこれはゲーム世界の延長線上だと、彼らは認識して戦おうとしている。


 ありてい言えば、そういう形でしか魔物と戦えないのが現状。


聡明(そうめい)な君なら、異論を口にするのはわかる。だがここで死を話せば、魔王を倒せる機会が失われる……それは、余計に犠牲者が出ると思わないか?』

「そう、だけど……」


 桜は不服なのか呟いたが、言葉を止めた。


「……そうね、そういう風に周知させるしか、方法はないよね。わかった、気を付けて」

『ああ。そっちも無理はするなよ』

「うん」


 桜の言葉の後、通信が切られた。残ったのは冬の風。


「……進もう」


 やがて桜が呟く。優七は無言で頷き、移動を再開した。

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