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フュージョン・フロンティア  作者: 陽山純樹
第一話

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12/137

メッセージ

 食事を始めると、途端に和やかな雰囲気となる。


「ねえ桜。その制服ってあのお嬢様学校の奴だよね? 名前までは、忘れたけど」


 スープをすすりながら、麻子が桜に問い掛ける。


「え、あ、はい……想像されている通りだと思う」

「そっか。いいなぁ……私もそんな学校に行ってみたかった。私工業高校出身でなおかつ高卒で就職したから、大学も経験していないんだよね……あ、大学進学はするの?」

「そのつもり」


 優七は会話を耳にして、羨望に近い感情を抱きつつパンをかじる。


 桜は自分がどれだけ手を伸ばしても届かない場所に立っている。なおかつ麻子は末端であれ、あのロスト・フロンティアのシステム設計をしている。単純にすごいと感じた。


「僕としては、ロスト・フロンティアの開発をしている君に驚きだな」


 今度は慶一郎が口を開いた。既に椀の中にあったスープはなくなり、残ったサラダに口をつけている。

 彼の言葉に、麻子は首を向けて反応した。


「そんなに驚くこと?」

「大学時代からゲームをやっていた身としては、少しばかり羨ましい」

「へえ、そうなの。けど、私としては慶一郎みたいにお堅い場所で働くのも、結構憧れているんだけど」


 と、そこまで言うと麻子はあっと声を上げた。


「そういえば、名刺……思い出した。取引先の銀行じゃない」

「ん? そうなのか?」

「羨ましいならもう少し審査基準緩くしてよ。こっちはかなりヒーヒーなんだから」

「その辺の文句は上司に言ってくれ」

「そうやってすぐ逃げる……」


 麻子は不服そうに口を尖らせる。それを見て慶一郎は笑った。


「そうだな、この戦いが終わった後、上司と掛け合ってみよう」

「お、ホント?」

「ああ。ただ逆にこんなイベントを生み出してしまって、貸している金を全額返済要求するかもしれないぞ」

「ぐ……それは勘弁願いたいなぁ」


 零す麻子に、優七は笑い――声が途絶えた。全員が沈黙し、パチパチとたき火の弾ける音だけが耳につく。

 優七もわかっていた。こんな事態となって、解決したとしても以前のように戻れるのか――視線を巡らせると、桜は俯き、麻子は頬をかきながら何事か考えている。


 そして慶一郎は、何かに気付いたように麻子へ声を掛けた。


「そういえば、一つ……ご家族は大丈夫か?」

「家族? ああ、確かに心配ね」


 麻子は空を見上げつつ、慶一郎の問いに答える。


「けど私は地方出身だし、確認しようにも携帯すら途絶しているから無理ね。まあ、ド田舎だしつい最近帰った時だってインターネットすら繋がっていなかった。大丈夫だと、思いたいわね」


 そこで、麻子は首を三人に向ける。


「で、皆は大丈夫なの?」

「私はどうにか」


 答えたのは桜。次に慶一郎が声を発する。


「こちらも家族全員は救い出せたからな」

「そう。あ、優七君は?」


 さらに問われ――優七は、言葉を失くした。


「優七君?」


 麻子が聞き返す。だが応じられない。ひたすら――消えた両親の姿がフラッシュバックする。

 けれど同時に沈黙はまずいと感じ――大丈夫だと言おうとして、一歩遅かった。全員の顔が、優七を注視し固まっている。


(誤魔化すのは、無理だな)


 判断し、正直に話した。


「……俺が武器を出せるのに気付いたのは、両親が消えた直後だった」


 できるだけ平坦に語った、つもりだった。だが桜は心配そうに近寄り、麻子も苦い顔をして申し訳なさそうな表情を見せている。

 さらには、慶一郎がそれ以上話すなと言わんばかりに首を左右に振った。


「大丈夫?」


 横から桜の問い。優七はどうにか頷き小さいながら声を出す。感情を無理矢理押し殺して。


「今は事件解決を優先する以上、弱音は吐いてられない」


 告げたのだが――逆効果だった。桜が心配そうに見つめ、他の二人は黙って視線を送り続ける。

 そんな様子の仲間達に対し、優七は絞り出すように続けた。


「……確かにショックもあるけど、立ち止まると余計辛いだけだから」


 ――その口上に根負けしたか、桜は追及せず呟いた。


「わかった……けど、辛くなったら言って」

「ありがとう」


 桜の言葉に優七は礼を告げ、今度は麻子に尋ねる。


「麻子さん、ロスト・フロンティアの機能は全て動いているようだけど、何かわかる?」

「それは全くの不明。どういう原理で動いているのか私が聞きたいくらいよ。何せ、電気すらない状態で掲示板なんかも稼働しているし」


 言うと、彼女は左腕を振りメニュー画面を呼び出した。


「指輪に電池が入っていて……というのも無理があるけど、メニューについてはそういう理屈をつけることは可能。けど、掲示板とかはサーバー管理のはずだから、電気がなくなれば断絶するはず」

「電気はもう使えなかったの?」


 優七が問うと、麻子は深く頷いた。


「私がルームに入る直前、電気が全て消えた。電力施設もやられたんだと思う」


 絶望的な状況だった。優七達もルームという逃げ場がなければ、この世から消えていたかもしれない。


「ねえ優七君、ここのルームの定員って何人?」


 麻子は掲示板を見ながら問う。優七は一度周囲をぐるりと見回してから、答えた。


「確か十名程度だよ。定員数を増やすようなことはしてこなかったから、初期値のままだ」

「それ以上入ろうとすると、どうなるの?」

「ブザーが鳴って入れなくなる。ルームやシステムに変更はないから、この仕様も同じだと思う」

「そう……ここが避難場所になればと一瞬考えたんだけど……待った」


 麻子が言葉を止める。優七が視線で顔を窺うと、彼女は掲示板を見ながら唸り始めた。


「考えることは、皆一緒みたいね」


 言った直後優七と桜は立ち上がり、麻子の裏手に回り込んで掲示板を覗き見る。

 画面にはルーム避難を呼び掛けるプレイヤーの伝言があった。


「あ、この人って数千人規模で入れるルーム所持している人じゃ……」


 桜が言う。優七も記憶のある名だったため、声を上げた。


「そうか、ルームの中が安全だと気付いて避難させるようにしたんだ。けど、定員数はプレイヤーとNPCの合計人数だから、当然ながらキャパは足りない。だから人数の入るルームに掲示板で呼びかけているということかな」

「定員を増やすアイテムとかは、手に入らないの?」


 桜が尋ねる。優七はその質問に対し首を左右に振った。


「俺の手元にアイテムは一つもない……後考えられるのはアイテムの合成。ただ、その内の一つは敵からドロップするアイテムが必要なんだけど……」


 そこまで言った時、優七はあることに気付いた。


「そういえば戦っていた魔物、アイテムをドロップしていなかったな」

「あ、それは切られてる」


 答えたのは麻子。彼女は掲示板を操作しながら話す。


「魔王の造りだした魔物という設定で、期間内はドロップしない」

「なるほど……」


 優七は呻くように答えた。窮地に追いやる設定は、至る所に存在しているようだ。


「となると、これ以上ルームの定員を増やすのも難しいな」

「そう……と、ん?」


 麻子は相槌を打つと、ふいに操作を止めた。とある項目を凝視し、読み始めている。


「これは……」

「どうしたの?」


 優七は気に掛かり画面に目をやる。そこには――


『この掲示板を閲覧するプレイヤー達へ。今ある悲劇の全貌と、解決策を明かそう』


 前書きにそう書かれていた。書き込んでいる人物を見ると――運営のアカウント。なおかつ名前が『真下蒼月』となっていた。


「製作者……?」


 麻子は言うと、掲示板の文面を拡大する。


『この悲劇を生み出したのは私であり、この文章は悲劇直後に記されたものである』


 次にそう書かれていたため、優七は確信する。これは製作者である真下蒼月がこの事態に際し、書き記したメッセージであると。


『私はいつかゲームを、現実に出したいと夢想していた。現実と融合すれば、ゲームが日常となり私が支配者になれるかもしれない……そのような子供じみた想像と共に、ゲームを作り上げ、世に出した。


 そのような願望によって、この悲劇が生まれたと確信している。私は新たな魔王のテストプレイをしている最中、プログラムで動く魔王に、プレイヤーとして融合、洗脳されてしまった。防衛プログラムによって対処しようとしたが、それらも全て飲み込まれ、体を乗っ取られた。


 それだけならば私という個人が消えただけの話……しかし、私とプログラムが融合したことによるものなのか……現実にロスト・フロンティアの世界を具現化できる力を得てしまった』


 書かれた内容は、にわかに信じられないもの。だが優七は今起こっている状況――何よりルームの中にいることを自覚し、記されたことが全て真実だと理解する。


『そして私は今、魔王に全てを乗っ取られようとしている。抵抗を何度も試みたが、データの破壊や、人にこの事実を伝えようとすれば、別の意志が働き動けなくなってしまう。しかしようやく……いや、悲劇が起こったことにより、どうにかこれを書くことができるようになった。


 奴は私のプログラミング能力を生かし、現実でイベントを発動させた。私はできる限りそれに抵抗しようと、逆にロスト・フロンティアの具現化機能を利用し、プレイヤー達に指輪を送った。この掲示板を見ている方々は、その機能を活用しているはずだ』


 優七は自分の左中指に着けられた指輪に目を落とす。これもまた、ゲーム内の物が現実化した産物らしい。


『新たな魔王が出現した後、リアルタイムで一週間はNPCに対し魔物がアクティブ化する。この設定は当初の予定通り行われる。


 私が一番危惧しているのは、指輪をはめていない人間が全て街や村人のNPC扱いとなる点だ。魔物の一撃によって瞬殺される状況となるため、アクティブ化が収まる一週間の間に、未曾有の被害が生じるのは予想できる


 これを止めるためには、新たな魔王を倒すしかない。時限イベント中の魔王の能力は、一人目の魔王とほとんど変わらない。だからこそ、今ならば倒せる』


「……麻子さんの言う通りだね」


 桜が呟く。優七は黙って頷きつつ、さらに文面を読み進める。


『場所はロスト・フロンティアのデータがあるデータセンターだ。この場所に魔王がいる。


 私は願望によりロスト・フロンティアを作り上げた。しかし、このような結末を望んではいなかった。私も魔王の意志によって直に人格が消えるだろう……真に不本意だが、プレイヤー達に全てを託す。魔王を、倒してくれ』


 そう最後が締めくくられ、末尾にデータデンターの住所が記載されていた。


「距離的には、私と桜の転移先が等距離くらいかな」


 麻子は言うと、ため息をついた。


「ゲーム中の魔王に人格を乗っ取られ、現実世界に飛び出した……まるでアニメの世界だけど、現実に起こっている以上、信じるしかないわね」

「そう、だな……で、どうする?」


 慶一郎が問う。麻子は彼に視線をやりながら、答えを提示する。


「データセンターに行くのはそれほど難しくないと思うわ。出現している魔物はフィールド上にいるものばかりみたいだし、障害はそれほど多くない」

「クリムゾンベアまでいたけど……」


 優七が言うと、麻子は目をまん丸に見開いた。


「え、嘘……うーん、それだと少し大変かも」

「でも、データセンターには行かないと」

「そうね。ひとまずその場所に向かうことにしましょう。で、どういうルートで進む?」


 ――ルームから出る場合は、各々プレイヤーが入り込んだ場所か、ゲーム上のスタート地点のいずれかを選択することができる。

 今回の場合スタート地点というのはどこを指すかわからないため問題外として、残るは四人が入り込んだ各場所ということになるが――


 麻子の問いに、桜が小さく手を挙げた。


「麻子さん、一ついい? 魔王討伐である以上、私達だけでは戦力が足りないと思う」

「それもそうか。なら、掲示板で情報を集約してみるよ」


 返答した彼女は掲示板に書き込みを始めた。


「この辺は私に任せて」

「……お願い」


 優七が代表して言う。彼女は顔の広いプレイヤーなので、呼び掛けに応じる人間も十二分にいるはず。


「ならば僕達三人で、今後の動きを決めよう」


 慶一郎が次に続く。優七は頷きつつ、ログハウス方面を見やって彼に告げた。


「一つ考えたんだけど……場合によっては、救援要請を受けて助けに行く必要があると思う。だから、全員が外に出て移動するのは、万が一を考えよした方がいいと思う」

「ん……確かに、一理あるな。となると、二手に分かれると?」


 慶一郎が問うと、優七は「うん」と応じた。


「ルームの中で情報をまとめるのも、人手がいるだろうし……同時にデータセンターに近づく必要もあるから……分かれた方がいい」

「私も賛成」


 桜が優七の言に同調する。


「私達以外にも掲示板を見て動こうとしている人がいるはず。そうした人達と連携するには、情報を集約する必要があると思うから」

「そうね、私も同意するわ」


 麻子が声を上げる。彼女はいくつか操作をした後、桜へ向き直った。


「私はここで情報を整理するわ。戦いに参加できないのは不本意だけど」

「いえ、麻子さんにやってもらうのが一番です」


 桜はそう返すと、自身の胸に手を当てながら続ける。


「データセンターへの移動は、私がやります。慶一郎さんは麻子さんの手伝いを」

「わかった……しかし、いいのか? 危険な役を背負うことになるが」

「大丈夫。それに私は前衛だし、一人になってもどうにか対応できるから」


 厳然と告げる。そこで彼も了承し、桜は優七に首を向けた。


「それで、優七君は……」

「俺も行くよ」


 先んじて答える。優七にはわかっていた。両親がいなくなってしまった事実から気を遣って、休ませるつもりだったのだろう。


「それに、俺が動くのには丁度良い理由もある」

「それは?」


 桜が聞き返すと、優七はメニュー画面を呼び出す。そして食事をする際しまいこんでいた愛用の剣を出して、掲げた。


「これだよ。死天の剣を持っていることを示せば、俺達がオウカやマナのいるパーティーであるとわかるはず」

「……確かにいい案だが」


 慶一郎は剣を見据えた後、優七の顔を窺った。


「大丈夫なのか?」

「逆に、動いていた方がいいよ」


 優七の言葉に、最初その場にいた全員が顔をしかめた。けれど――桜が意を決したように承諾する。


「わかった。一人でも危ないかもしれないし、頼むね」

「うん」


 ――心の中はまだ揺らいでいる。しかし、立ち止まることはできない。強い確信を抱きながら、優七はしっかりと頷いた。

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