くすぶる思考
麻子達が色々と計画を巡らせた翌週――その日も、雪菜は訓練の後RINのルームを訪れた。とはいえその時彼女は不在。雪菜は帰ろうかと思ったが、少し散歩でもしようかと思い歩き始める。
気温は以前来た時と同様春先くらい。島の周囲の気候は穏やかで、遠くの海には夏っぽい積乱雲が見える。
さらに白い砂浜に透き通るような綺麗な海。どこか異国に来たような錯覚を覚えつつ、島の外周を沿うように散歩を行う。
RINがゲーム中で設定したのか、島の外周部には手すりつきかつ木製の遊歩道が設置されている。道が何もない場合島を一周するのは相当骨が折れるのだが、遊歩道があるために容易に歩くことができる。
歩いている途中で、色々なことが頭の中に浮かんでくる。訓練は順調とまではいかないが、それでも近い内に実戦で戦うことができるのではという目途は立っている。記憶自体がなくなっていても体は動きを覚えている――記憶を失った状態でも体に染みついた戦闘勘についてはゼロになっていなかったため、最近では槍の精度もずいぶんと上がった。
だからこそ、思う。もし戦うとなれば、自分はどういう人と組むのか。
仮に以前の所に戻るとなれば、優七の所へ戻ることになる。それを頭の中で認識した瞬間、微かに胸の奥に痛みが走る。
「……私は」
優七から聞かされた一切の事実。そして日記の内容。彼に対する感情は、記憶にはないけれど体は完全に憶えている。重要なことは思い出せていないけれど、胸の痛みなどからこの恋の結末はきっと良いものではない。そういう予感が頭の中にある。
とはいえ、それを深く詮索するのは――ここで雪菜はため息をついた。
「考えるだけ、無意味なのかな……」
そんなことすら思ってしまう。けれど、いつかは向き合わなければいけないことなのも確か。
記憶が戻れば、何かしらこういう心情に変化があるのだろうか――けれど、もしかすると、対外的には取り繕っていただけで記憶のあった自分自身は悲しかったのかもしれない。
思い出さない方がいいのだろうか――そんなことまで考えた時、気付けばルームの入口から見て反対側に到達していた。
そこにも白い砂浜ときれいな海が広がっている。よくよく注視すると少し先に小島らしき陸地も見える。あの場所に行ったら何かあるのだろうかと考えながらも、歩き出そうとした。
しかしその時通信が。相手を確認すると、RINだった。
慌てて通信に出る。目の前に見覚えのあるRINの顔が表示された。
『どうも、雪菜ちゃん……って、あれ?』
雪菜の背後にある景色を見て彼女は声を上げる。すぐさま雪菜はすまなそうな顔をして、
「すいません、ルームの中に遊びにきたんですけど……」
『そうなんだ。ああ、申し訳なさそうな顔をしないで。私は大歓迎だから』
笑い掛けるRIN。なんだか自分は色んな人に迷惑を――などと思ったりして、少しばかり反省する。
「あの、それで……何かありましたか?」
『いや、単に休みだから一緒に買い物でもどうかなと思うんだけど』
買い物――本来ルームの中に招き入れてもらえる時点で相当なものなのだが、買い物という言葉を聞いた瞬間雪菜は固まってしまった。
「え、えっと……」
『そんな堅苦しくならないでよ。大丈夫、色々と変装していくから。これでもバレたことは一度もないんだよ?』
RINが言う。それは正直どうでもよかった。ただ自分が目の前の画面に映る人と肩を並べて歩くのが忍びないと思った。
『あ、ルームの中にいるんだよね? 今からそっちに行くから合流しよう』
「あ、あの。でも……」
『もしかして、格好が気になる? 一度着替えに戻る?』
小首を傾げ問われた矢先、雪菜にさらなる緊張が訪れた。さすがに待ってもらうわけにもいかない。
財布も携帯している。買い物自体は大丈夫だ――そんなことを思いつつ慌てて返答。
「だ、大丈夫です」
『そっか。もう少ししたらルームに入るから、ルーム内にある家で待っていてもらえないかな?』
「は、はい」
通信が途切れる。雪菜は一度深呼吸をして、ダッシュで家へと走る。
島の反対側にいたのでずいぶんと大変――それと同時に先ほどの悩みも一度全てリセットされた。
――やがてRINがルーム内へとやってきて買い物をするべく移動を行う。雪菜は不思議な気分の中、彼女の連れられルームの外へ行くこととなった。
* * *
土曜、休みの日。優七は本来仕事だったのだが、今日はなぜかその仕事について浦津が変わってくれることになった。ただしそれには理由があり、
「直原さんが、少しばかりあなたに話したいことがあると」
何やら深刻な顔つきだったため、牛谷の情報を得たのかと思いその日準備を行った。とはいえ今日は戦う必要はないとのことで、麻子には外出用の服を着て来いと言い渡されている。
優七としては深刻な話だと思いつつも、指示された通り外出用の服を着て――家を出る。といってもルームの中で待ち合わせているので、優七は自室からゲートを作成し、見慣れたルームの中へと入った。
一瞥すると、周囲にはいない。ログハウスの方にいるのかと思いそちらへ歩み寄り確認するが、やはりいない。
「麻子さんはまだか」
少し待つ必要があるようだ――思いつつ優七は地面に座り込んだ。
ふと、空を見上げ考える。地元で事件が起こり、これまでがむしゃらに何も考えないように行動していた。二宮はまだ帰ってこない。何かあったのかと尋ねても誰からも返答は来ない。その辺り麻子にも訊いてみたいと思ったか――知っていてもきっとはぐらかされてしまうだろう。
結局、二宮は事件後完全に悪者となってしまった。それを止める手だてはまったくなかったし、それによって町が表面上は平穏であるため、優七自身何も言えない。
「本当に、これで良かったのか……?」
牛谷のことを含め様々な問題がある以上、平穏であった方がいいのは優七自身断言できる。けれど、もっと他にやりようがあったのでは――そんな風に、考えてしまう。
とはいえ、所詮それは全て「たられば」の話であり、他の手段を用いたとして優七が納得するような形になるのかどうかはわからない。よって、ため息をつく他ない。
こんな風に考えることを、事件後何度やっただろうか。結局どうしようもなかったという結論に至り、一人自己嫌悪する。誰もが「優七のせいではない」と告げるが、それでも後悔してしまう。
それは、亡骸のない消えてしまったクラスメイトの葬式に出て強く感じたことでもあった。ただただ悲しく、無念さだけが残る――そうした人達が出ないよう必死に頑張っていたはずなのに、結局最初の事件のように犠牲者が出てしまった――
「……やめよう」
優七は頭を振る。今はただ、来るべき決戦に向け備えるだけ。
そんなことを思っていた時、ふいにゲートが開いた。優七は来たと思い立ち上がり、そちらへと歩み出す。
同時、ゲートの奥から人が現れる。麻子だと思い声を掛けようとしたのだが、
それが私服姿の桜だと気付いて、硬直してしまった。
「え……?」
「……あれ?」
優七を見て、桜もまた驚く。彼女はブラウンとチェスターコートにジーンズとずいぶんとラフな格好。
その様相を見てとても似合っていると優七は心の中で思いつつ――声を掛けた。
「桜さん……どうしてここに?」
「どうしてって、優七君こそ。私は麻子さんに呼ばれたんだけど」
「俺も麻子さんに――」
と、そこまで言いかけてこの状況を飲み込むことができた。
「……麻子さん」
「なるほど、そういうことか」
肩を落とす桜。どうやら彼女も――麻子の言葉に引っ掛けられ、ここに辿り着いたということらしかった。




