政府の意志
質問に対する反応が沈黙であったため、優七は不安を覚え相手の名を口にする。
「あの……江口さん?」
『正直、私達が考えていることは優七君にとっては望んだ形ではないだろう』
そう前置きをした。優七はそれに沈黙し、言葉を待つ構えを取る。
『まず、私達の意見を言おう……政府としては今回のことを重く受け止め、訓練などを勝手に行うようなことを原則禁止するような方向で調整している。経験値稼ぎは基本政府の管理下……とはいえ、現状勝手に行動することを止めるような真似はできていない。ルールだけ作って無実化しそうな気配ではあるが』
「……そうですね」
『そして、今回の二宮君の件だ……これはあくまで政府の見解だと思って聞いてくれ』
そう語る以上、江口自身もしかして望んでいないのかもしれないが――
『私達政府は……今回起きた不祥事の対応をするわけだが……一番やらなければいけないのは、何はともあれ治安の維持だ』
「治安……」
『二宮君は、優七君のいる町ではステータスも高く、リーダーとして統率役を担っていた……その統率役に穴ができただけでなく、犠牲者を生み出すという事件を起こしてしまった。どう足掻いても、彼の立場は非常に難しいものとなってしまった』
「だから……どうするんですか?」
『政府の見解としては、治安を維持する必要がある……それには、町にいる面々の意思をある程度まとめなければならない』
「そのために、何をするんですか?」
『……これは案の一つだが、二宮君を悪役にする』
優七は押し黙った。内容は、訊かなくともある程度予想できた。
『彼が全ての元凶とすれば、意思を統一することも容易い……が、これは当然倫理的な問題がある。それで解決する可能性が高いのは事実だが……果たしてそれでいいのか』
「俺は、納得できません」
『私もだ』
江口はそこで深いため息をついた。
『これはあくまで一例ではあるのだが……もしどうしようもなくなった場合行われる可能性があることだけは認識しておいてくれ』
「……実際は、どうするんですか?」
『政府の対策が不十分という形に持っていくことになるだろう。政府としてはまずプレイヤーの命と尊厳を守る義務がある。プレイヤーが矢面に立つのは、できるだけ避けなければならない』
「となると、これから……」
『批判されるのは慣れている。心配いらない』
江口は笑いながら告げる。最終的には政府の責任――プレイヤーを管理しているのは基本政府である以上仕方がないとはいえ、事情を知る優七からすると納得がいかないのも事実。
しかし、ならば対案はと言われると何も答えることができない――だから優七は小さく頷き、
「……お願いします」
『ああ。優七君は町の混乱を収束させることを優先してくれ。大丈夫そうか?』
「二宮がいなくなった時点で動き出している同級生がいるので、彼らと連携して対応したいと思います」
『そうか、ならば頼む。それと二宮君については今後も定期的には連絡するつもりでいる』
「はい……あの、ご両親とかに連絡は?」
『今はまだ……しかし、近い内に事情を話す必要はあるだろう』
優七は肩を落とす。仕方がないとはいえ、後悔だけがただただ胸の中に満ちる。
それから江口と多少会話を重ね、通信を切った。そこで優七は空を見上げる。赤くなり始めた綺麗な空を眺めながら、優七は泣きたくなった。
「……二宮」
結局、彼を救うことはできなかった――無念さがこみあげ、それでも優七は押し殺すように両の拳を握りしめる。
明日以降も、自分は政府のプレイヤーとして任務を全うしなければならない――優七は大きく息をつき、やるせない気持ちの中家に帰るべく歩き出す。
グラウンドを出ると、周囲に人はほとんどいなかった。一見すると穏やかな様相だったが、犠牲者のこともあるので今後しばらくはバタバタするのは確実だった。
「……どうなるんだろうな」
その中で優七は明日以降プレイヤー達がどう反応するのか疑問に思った。例え優七や遠藤が混乱を抑えるべく事情を説明したとしてもある事ない事様々な噂が広がるだろう。それを止めることは非常に難しく――けれど、やらなければならない。
「結局は政府を悪者にして、どうにかするしかないのかな」
悪役がいれば人はまとまることが多い。その役目を政府は自ら買って出たわけだが、優七としては――
「……今は考えても仕方がないか。どういう状況になるのかを観察して、都度対応するしかないな」
呟き、優七は無言で歩を進める。家は桜なども駆けつけたため綺麗に片付いているはず。利奈は大丈夫かなどと優七は思いながら――家路についた。
* * *
バグによる騒動があった――この事件は牛谷が『祭り』の時に引き起こした事件が遠因となっているのだが、経緯を知らない牛谷は部屋でコーヒーを飲みながら感想を述べた。
「ふむ、こういう事例も政府はまだ慣れていないようだな」
「――何の話?」
背後から影名の声。振り返ると扉を閉めようとする彼女の姿。
「ノックくらいしたらどうだ」
「したわよ。反応がなかったから勝手に入っただけ」
「そうか……それほど集中していたわけではないのだが」
「それより、何の話?」
牛谷はノートPCの画面を見せる。それは、優七達の事件の詳細が書かれていた。
「うん……? ああ、なるほどね。けど、ずいぶんと情報が早いわねえ」
「これは俺が情報収集したわけじゃない……屋敷の主からの情報だ」
「へえ、なるほど……前から訊きたかったんだけど、こうした情報って明らかに政府関係者と繋がりがあるってことよね?」
「でなければこんな情報取得は無理だろう」
「なるほどなるほど。やっぱりこの屋敷の主さんは相当な人物ということか」
「まあ、あの人の情報ルートがどのレベルなのか俺にも見当がつかないのだが……ともかく、この一事でバグに関する挙動も確実だとわかった」
「動くの?」
「いや、まだだ。今の所『祭り』に関する情報を精査している段階であり、そう動く必要はない……とはいえ、次動くとしたらいよいよ、ということだろうな」
「アップデートは近いってわけね」
「そういうことだ……さて、それまでにきちんと準備をしておかなければならないが、ここに不安要素がある。できればそれを払拭したいところだが――」
ふいに、ノックの音。牛谷が返答すると、扉が開き屋敷の主のSPである鍵長が姿を現した。
「アップデートに関して、以前仰っていた品々、用意できました」
「ありがとう……さて、残るはあと一つか」
「一つ?」
聞き返した影名に、牛谷は頷き、
「アップデートに際し、いくつか実験したいことがある……なくても構わないが、確実にアップデートを成功させるためには、実験対象となるプレイヤーが必要だ」
「つまり、最初の犠牲者というわけですね」
鍵長の言葉。すると牛谷は苦笑した。
「その人物が死ぬことが確定しているという言い方はやめてほしい……ともかく、そういった人物が必要だ。もっとも、現在私達は実験を行っても居所が知られていない。もし存在がバレるようであればやらなくても――」
「ではそのように主に伝えておきましょう」
鍵長は退出する。牛谷はそこで嘆息し、肩をすくめた。
「こんなところだな……影名、お前は何かやりたいことはあるか? もしアップデートに関して思う所があるなら、要望を多少なら聞き入れるが」
「別にいいわ……ところで、その実験は私じゃ駄目なの?」
「技やアイテムの挙動を確かめる必要があるんだが、直接攻撃系の能力を持つ人物でなければ検証できない。この屋敷にいるのは戦士系以外だからな」
「ああ、そっか。ま、もし何かあったら私も協力するわ」
「ああ、頼む」
返答し、牛谷は思う――思えば奇妙なことになってしまった。だが、止まることは決してできない。
牛谷はそこで笑みを浮かべ、ノートPCに向き直る。目的を果たすには最終段階――いよいよだと思い多少の高揚感を抱きつつ、作業を再開することにした。




