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フュージョン・フロンティア  作者: 陽山純樹
第一話

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10/137

避難空間と仲間

 ルーム内は、ゲームと同一の機能を果たしていた。


 ログハウスはきちんとベッドが整えられ、中にあるアイテム倉庫もきちんとある。ルームの中では時間も現実と同じであり、太陽が沈み少しずつ暗くなり始めている。


「とりあえず、安全みたいね」


 ログハウスにそちらに両親を入れたオウカが、草原を見回しながら呟いた。

 魔物の気配は微塵もない。優七も念の為索敵系のアイテムを用いて確かめてみたが、やはり出現していない。


「ねえ、ユウ。このルームがどういう原理で存在しているか、わかる?」


 彼女が優七も尋ねる。だが、それに答えられるはずもない。


「ごめん、わからない」

「……そうだよね。けど、安全な避難場所みたいだし、少し怖いけどここを拠点にするしかないか……」


 彼女は呟くと、改めて優七に視線を送った。双方目が合い言葉を失くし――やがて、見下ろす形の彼女が、吹き出すように笑う。


「……背格好だけ見ると、もしかして中学生?」

「……ああ、そうだよ」


 優七は歎息しつつ彼女に応じる。


「そっかそっか、中学生かぁ……」


 彼女はどこか嬉しそうに言う。優七は意図がわからず首を傾げるが、彼女はそこに言及しなかった。


「あ、そういえば……自己紹介がまだだったね」


 言うと、彼女はおもむろにポケットを探り何かを差し出す。

 それは生徒手帳であり、名前の欄に『小河石(こがいし)(さくら)』と書かれていた。


「私の名前は小河石桜。華蘭(からん)学園一年の高校生だけど……そっちは?」

「……高崎優七。名前は優しいに数字の七。中学二年」

「高崎、優七君か」


 にっこりとしながら、彼女は優七に話す。


「私のことは名前で良いよ。実を言うとオウカという名前も桜……そこから連想して、桜花という言葉からつけたんだけど、苗字だとなんだかくすぐったい」

「わかった……桜……さん」


 さすがに高校生を呼びつけで言う気になれず、優七はさん付けで名を呼んだ。すると彼女――桜はまたも笑うと、優七の体を上から下に一瞥し、なおも語る。


「ゲーム上で身長高いのは、ご愛嬌?」

「悪かったな。実を言うと伸び悩んでいてコンプレックスなんだ」


 答えると、気を悪くしたと思ったのか桜は両手を合わせ「ごめん」と謝る。


「別に咎めているわけじゃないよ? あ、そういえば顔はあんまり変えていないんだね」

「以前別人にして、鏡を見る度に驚いていたから」

「あ、私もそう。だったら他の仲間達も同じなのかも」


 言われ、優七は気付く――そういえば、この悲劇を前に他の面々はどうしているのか。


「シンとマナの二人……大丈夫かな?」

「わからない……無事だと信じるしかないね」


 桜は答えると、その場に座り込んだ。さらに夜を迎えようとしている空を見上げ、優七へ言う。


「指輪で通信取れるのか試してみたんだけど、応答しなかった。通信機能は働いていたから、魔物と交戦して受けられなかったのかもしれない」

「そうなのか……」


 そこで、優七は考え始める。

 理屈で説明できないが、ロスト・フロンティアのゲームや魔物が現実に発生している。さらにはアイテムを呼び出すような動きも、物理法則を無視するような、ゲームそのもののモーションで生み出されている。


「一体何なんだ……ここはゲームの世界じゃないよな?」

「わからない」


 呻きに近い優七の言葉に、桜は首を振って応じる。


「けど一つ……この地獄みたいな事象は現実で、なおかつ指輪をはめていない人は魔物から攻撃を受ければ死ぬ……ちなみに優七君と遭遇した経緯だけど……両親をどうにか助けて安全な場所を探していたら、発見したの」

「そっか……あ、そういえば、なんで制服なんだ? 休みなのに」

「魔王との戦いの前に言った、用事だよ。午前は部活……家庭部なんだけど、その用事で学校に行っていたの。で、着替えもせずロスト・フロンティアに接続して、魔王を倒し街に戻って……強制的にログアウトした」

「ログアウト?」


 聞き返す。優七は自主的にログアウトしたため、以降どうなったかを知らない。


「うん。街に戻って少ししたらいきなり通信が遮断された。何が起こったのかわからず部屋の中で驚いていた時、狼の咆哮が聞こえたの。慌てて見ると、家の外にデビルウルフがいた。近所の人が驚いて逃げようとしたんだけど……突進されてその人は……」


 そこまで語ると、桜は身震いした。


「……それで、こちらに目を向けられてどうしようか考えて……自分が指輪をはめているのに気付いて、反射的に振ったらメニュー画面が出てきた。防具の類がなかったけど、武器はあったからデビルウルフを倒して、そのまま逃げてきた」

「住んでいた付近は……」

「魔物だらけだと思う」


 深刻な顔つきで桜は言う。優七は背筋がぞっとしつつ、先ほどまでいた繁華街を思い出す。

 悲劇前まであの場所には人が大勢いたはずだ。だが、魔物が出現し逃げまどい、多くの人が犠牲に――思うと、優七の心にまたも怒りが生まれる。


「とりあえず、ゲーム上の機能は生きているから、情報を集めないといけないね」


 そんな優七を他所に桜は告げると、メニュー画面を呼び出し掲示板に繋ぐ。


「移動している間に見ていたんだけど、やっぱり混乱していた。阿鼻叫喚と言ってもいいかも。けど、生きている情報源はこれだけだから、ここから調べるしかない」

「これだけ……携帯は?」

「気付いてなかったの? 逐一確認していたら圏外になった。基地局が魔物に破壊されたんだと思う」


 絶望的だった。優七は状況を察しつつ、桜が操作する様を眺める。


「一番問題なのは魔物の行動……優七君、疑問に思わなかった? 普通魔物は、故意にNPCを襲うような真似はしなかった。近くにプレイヤーがいたら別だけど、そうでない人もやられている」

「言われてみれば、確かに」


 ゲーム上のNPCは基本街の中にいる。フィールド上で貨物の輸送などにより移動をしているケースもあるのだが、それに魔物が攻撃するケースはなかった。

 例外的に護衛依頼などミッションであれば別だが、基本NPC単独で魔物が襲われるようなことはない。


「魔物の行動パターンが変わっている。アクティブになっている状態を戻せば、現状よりかなりマシになると思うんだけど」

「確かに」


 桜の言葉に優七は同意しつつ――ある考えに至った。


「新たな魔王が出てきたため、アクティブ化した……と考えるのが自然かな」

「そうだね。けど、それを解除する方法が見当たらない。魔王を倒すのが条件だとしたら、かなり厄介だよね……」


 呟き、桜は一度メニューを閉じた。


「やっぱり情報は載ってない。こうなったらルームを出て情報を集める必要も……」

「いや、さすがにそれは――」


 否定しようとして、突如正面の空間が歪み始めた。

 優七は驚きつつ目をやる。それはルームと外を繋ぐゲートだった。


「仲間……!?」


 桜が驚き声を出す。歪みはやがて像を結び、向こう側の景色を映し――四人の人物が一斉に雪崩れ込んできた。


「っ……!」


 最初に飛び込んできたのは黒いコートを着た男性。見た目二十代半ばのスラリとした体格の人物で、苦しそうな表情で誰かを抱えながら入って来た。

 男性に連れられ入ってくるのは女性。こちらは二十前後といったところだろうか。茶髪に紅色のコートを着込んでいる。遅れて年配の男女が入り――優七は家族でここに避難してきたのだろうと察せられた。


 その中で、見覚えがあったのは最初に入って来た男性。間違いない、彼は――


「……シン」


 呼び掛けると、男性が反応し優七を見る。


「ユウ……と、隣は……オウカか?」

「うん」


 男性が聞き返すと優七は神妙に頷いた。

 彼の顔もやはりゲーム上と変わっていない。しかし神官として活動していたゲームと比べ、温和な雰囲気はどこにもなく、代わりに張りつめた空気を帯びていた。


「そうか……どうやら、助かったらしいな」


 彼は言いながら振り返る。同時に転移ゲートが消え、外界からルームが閉ざされた。

 直後彼は安堵したように息を漏らし、傍らにいた女性をその場に座らせる。


「その人達は?」


 優七は確認のために問う。彼は無事だった人達に目をやりながら答えた。


「この子は僕の妹。そして、後方にいるのは両親だ」


 硬質な声。優七は雰囲気に圧され、それ以上訊けなくなる。

 すると、態度でわかったのか彼は微笑みながら告げた。


「すまない。仕事柄事務的な口調で話すことが多いんだ」


 答えた時、少しばかり緊張が和らいだ気がした。優七はコクコクと頷きつつ、手でログハウスを示す。


「ひとまずご家族をログハウスに……あ、桜……じゃなくて、オウカの両親もいるけど」

「わかった。話は落ち着いてからだな」


 再び淡々とした口調で応じると、家族に目線でログハウスへ行くよう促す。彼の妹が立ち上がると四人はゆっくりと歩み始め、優七達の横を通り過ぎる。


 やがて一行が建物に入った時、優七は小さく息をついた。


「家族を助けて……ルームの存在を知り来たということかな」

「私と同じだね」


 桜もまたログハウスを眺めながら、優七に返答する。


「そういえば、優七君。あなたの、ご両親は?」


 訊かれ、優七はドキリとなる。ほんの数時間前に起こった消失の悲劇が頭をよぎり、どう返答しようか迷う。


(どうしようか……)


 話しても問題ないとは思う。けれど、ここで不幸な話題を出したくないという思いもあった。

 沈黙していると、桜はなおも口を開こうとする――だがその時、ログハウスの扉が開きシンが姿を現した。


 優七達が同時に振り向くと、彼はしっかりとした足取りで近寄って来る。


「ひとまず怪我はしていないため、あそこで休ませることにした……ルームが使えると知った時は、幸運だと思ったよ」

「俺達も」


 優七が応じる。彼は頷いた後、懐から何かを取り出す。名刺だった。


「仕事上名刺は持ち歩くようにしているんだ。これが僕の名だ」


 そう言って二人へ渡す。見ると『真田(さなだ)慶一郎(けいいちろう)』と名前が記されていた。


「長い名前だから、苗字でも、名前でも、ゲーム上の名前で呼んでも構わないよ。それと、ゲーム上で話していた口調で構わない。気を遣われるのは違和感がある」


 彼の言葉を聞きながら優七はなおも名刺を凝視する。社名の欄には国内屈指の都銀の名前が記され、その法人営業部という肩書があった。銀行員らしい。


「……銀行の方、なんですね」


 桜が同じように思ったのか名刺を見ながらポツリと呟く。彼――慶一郎は小さく「ああ」と答え、二人へ訊いた。


「ゲーム上ではそんな硬い職業には見えなかった?」


 優七と桜は同時に首を縦に振る。慶一郎は苦笑し、肩をすくめつつ語る。


「ゲームは大学時代からやっていて、暇があればやり続けていたんだよ。まあ、唯一の趣味みたいなものだ」


 語る慶一郎の目は、和やかな色が生まれていた。どうやらこれが普段の口上らしく、ゲーム上と酷似している。最初出会った時のような雰囲気は、銀行員として活動している時のものなのだろうと優七は推測した。

 けれど、彼はすぐさま顔を引き締め説明を始める。


「僕がここに来た状況くらいは話しておこう。魔王を倒した後強制ログアウトになり、いきなり家の周りが慌ただしくなった。少し調べ魔物が出現しているのがわかり、逃げようとして指輪の効果に気付いた」

「それで、戦いながら逃げていたと?」


 桜が尋ねる。慶一郎は「そうだ」と答えた後、続ける。


「車で移動していた時、置き去りの車に阻まれ乗り捨てて徒歩で移動をした。その後とあるビルに逃げ込んだんだが、魔物ばかりで万事休すとなった。そこでルームの存在に気付き、今に至るわけだ」


 桜と同じような流れ。優七は理解すると同時に、一つ質問をした。


「何かこの騒動について、情報はある?」

「いや、申し訳ないが僕もわからないまま行動していた。正直こちらが訊きたいくらいなのだが」

「わかった」


 優七は言葉を切り、三人の間に嫌な沈黙が生じる。安全な場所を見つけたとはいえ、事態は一切好転していない。


(手は、ないのか……?)


 優七は藁をもすがる思いでメニュー画面を呼び出し、掲示板を開こうとした。その時、


「――またっ!?」


 桜の驚愕。優七が目をやると、またも草原に歪んだ空間が生じていた。

 三人が注視した途端、像が結びルームの向こう側である現実世界が見え――女性が一人飛び込んできた。


「――くはっ!」


 地面に体を打ち、女性は苦悶の声を上げる。だが彼女はそのまま草原の上に寝転がると、大きく息を吐き、言葉を漏らした。


「あー、どうやら生きている、みたいね……」


 心底安堵したように言った時。彼女は優七達の存在に気付いた。すぐさま起き上がり三人を眺め、察した様子。


「どうやら、全員お仲間みたいね?」


 ハキハキした声音に対し、優七が代表して頷く。そこでゲートの入口が閉じた。


 女性を観察する。顔はやはり見覚えがあった。だが容姿としてはゲーム状のショートカットではなく、黒髪を無造作に後ろで束ねている。それにパーマでもかかっているのか、毛先が多少波打っていた。

 さらに姿はジャンパーにジーンズと、カジュアルな格好をしている。


「助かった。いやー、敵に囲まれて死にそうだったんだけど……どうにか脱したよ。神様っているもんだね」


 彼女は陽気に告げる。優七はその言動に対し、笑みが浮かんだ。

 さらに桜も笑う。緊張を解きほぐすような声であったため、場が空気が一気に和らいだ。


「……どうやら、仲間は全員無事みたいね」


 桜がまとめると、全員の頬が緩む。再会できたことを、喜ぶ。


「……でも、やらなきゃいけないことがたくさんある」


 そして優七が告げる。三人はその言葉に対し顔を引き締め、やがて同時に頷いた。

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