彼の夢と、一つの惨劇
――その男性には、一つの夢があった。
いつかそれを実現するために、勉強し続けた。やがて努力は実を結び、彼はゲーム業界で絶対的な地位を築き上げる。
「現状に満足はしていません。ただ精進あるのみです」
雑誌のインタビューなどでそう話す彼を、誰もが謙遜だと考えていた。しかし彼自身は、そうに違いないと思っていた。自分の夢には到達していない。まだ先がある。だからこそ、もっと学び続けなければならない。
その勤勉なせいもあってか、彼の作ったゲームは発展し続けた。最早並ぶものがない頂点にまで立った時――それでも、彼は満足しなかった。まだ、夢を達成していない。
傍から見れば、それは異様に映ったかもしれない。最早現場に従事する必要がない身分なのに、彼はひたすらプログラムを作っていた。暇があれば自分の夢を叶えるために時間を費やす。それもまた多くの人から勤勉な印象を与えながらも、憑りつかれるようにやり続けた。
歩み続け、次第に彼は焦燥感を覚えるようになる。どれだけ努力をしても叶わないのだろうか――あきらめの心情が支配する日もあった。けれど、立ち止まってしまえば終わりとなる。だからこそ、彼はまたパソコンに向かい続ける。
そんな生活を繰り返し、ある日彼はゲーム上でテストプレイを行っていた。仮想現実の世界で、目の前にいるのは漆黒の騎士。加えて両隣に漆黒の色合いをした堕天使。
その時実践していたのはダメージの値を確かめることだった。目の前の漆黒の騎士がカウンターによって発動する能力――開発担当から試して欲しいと言われ、彼はプレイしていた。
「ふっ!」
彼が剣を振り、一撃を浴びせる。すると漆黒の騎士から闇が噴き出し、その体を取り巻き始めた。
「効果範囲が、大きいかもしれないな」
彼が呟いた直後、攻撃が発動する。闇が津波のように押し寄せ、彼自身が使うキャラが攻撃を受ける。
「減少値は、思ったよりも少ないな」
横に見えるHPバーを見て、彼は呟く。さらにデバック用のシステムを操作し、視点を変える。次の瞬間、正面には彼のプレイヤーとして使っていた金髪の騎士。
その視点は、漆黒の騎士のもの。
「ふむ……」
彼は勇者をリモート操作し、攻撃を浴びる。その衝撃と共にカウンターが発動。闇が自分を包み、反撃しようとする。
その時、言いようもない深淵が思考を襲った。
(――っ!?)
声にならない呻きと、負の感情が頭の中に押し寄せる。攻撃エフェクトによるものなのか、それともこれがカウンターによる効果なのかわからなかったが、人の感情を大きく揺さぶるような変化――断じ、慌てて攻撃を停止しようとした。
だが体がいうことを効かない。なぜか騎士が意志を持っているかのように、カウンターが起動する。
待て――彼が制しようとした時、さらなる負の感情が押し寄せる。壊せ――そう頭の中で響く。全てを、壊せ。
それが騎士の願望であると理解した彼は、瞬間的に体が動くのを悟る。すぐさまデバックモードの中にある、天使を出現させるコマンドを実行した。
途端に、視界が白で埋め尽くされる。天使が華やかに舞い、猛然と騎士に襲い掛かる。その一撃を受けた時、またも黒い闇が生じた。カウンターだ。
しかし天使が敗北するはずがない――彼が思った次の瞬間、天使もまた闇に飲まれていく。
(なぜ――)
思いながら、彼の意識も闇の中に飲み込まれていった。
――やがて、彼は起き上がる。顔を上げると、そこにはパソコンのモニター画面。どうやら、腕枕をして眠ってしまったらしい。
ふいに頭を動かすと、ガシャンと何かが腕に落ちる。見ると、頭の上半分を覆うようなヘッドギアだった。
彼は呆然とヘッドギアと画面を見た後――周囲をぐるりと見回す。社長室。
「……私は」
声に出す。そこでふいに、自身の左手を見た。その中指にはゲームのプレイヤーへ記念品として贈呈予定の、青い石がはめられた指輪が一つ。
ふと、彼は腕をかざす。すると何の変哲もない指輪から光が溢れ、ゲームのメニュー画面が飛び出した。
「……ふ」
そこで、彼は笑う。さらに自分がどのような存在であるのかを、しかと思い出す。
「滅びと……破壊を」
やがて呟く。同時に浮き出た笑みは、本来の彼が発したものでは決してなかった。