表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

終章 「彼女がいない、この世界で」


 深夜、僕は、目を覚ました。

 目が覚めた理由は、分かっている。

 世界の救済が発動し、世界は、自身の書き換えで、大忙しなはずだ。

 何せ、二人分の人間の情報を、数多ある可能性の数だけ存在する一瞬先の世界と、今まで僕と彼女がいた世界から、僕たちに関する情報全てを、書き換えなければならないのだから。

 カーテンの隙間から、月明かりが漏れていた。

 満月だった。

 時計を見ると、二時をちょっと回っていた。

「丑三つ時か」

 月明かりが、まぶしい。

 カーテンを開け、外を見る。

 彼女がいた部屋には、カーテンすらかかっていない。

 そこに家具の類いが何もない事が、月明かりのおかげで、はっきり見えた。

 僕は、携帯電話を手に持ち、彼女からの着信を待った。

 僕は、ずっと、彼女がいた部屋を見つめていた。

 目から、自然と、涙が、こぼれた。

──僕と彼女が、今までと同じでいられる保障なんてないと思ったけど。

 一つの可能性ではあった。

 でも、やっぱり、世界は、それを許さなかったのか。

 彼女の存在は、消えてしまったのか。

 携帯電話には、彼女の情報は、一切、なかった。

──僕の中の僕も、消えたのか。

 『力』も消えていた。

 ぐっと、拳を握ってみる。

 『力』の感触は、もうない。

──皆、消えてしまった。

「僕だけが、生き残ったのか」

 世界は、僕だけを、残して。

 後は、皆消えてしまった。

「……死ぬより悲しい事、なんて言うけどさ」

 僕は、生きていて、この世界にいて。

「僕は、君が、皆がいた事の証。忘れない。だけど」

 だけど。

「忘れない。僕には、それが、一番悲しいよ」

 君たちのいない世界なんて、僕がいる世界じゃない。

 約束。

 生きる事。

 忘れない事。

 でも。

「死んでしまうより、悲しいよ……こんなの……」

 僕は、この世界で、一人になってしまった。

 『彼女たち』は、もういない。

 『僕』も、もういない。

 心の中の、大きな、大きな、穴。

 それを埋めてくれる存在は、もう、いない。

「でも、僕は、生きて行くよ──約束だから」

 朝日が、月に替わって、世界を照らす。

 世界は、書き換わった。

 世界は、多分、救済された。

 でも。

「僕と彼女は……救われなかった」


 だから。

 彼女からの電話は、かかって来なかった。


        ***


 世界は、僕だけを、僕の記憶と共に、存在を許した。

 僕の部屋には、作り付けの机とクローゼットとベッド、そして、ノートPC。それに、いくつかの参考書と漫画本。

 何も変わらない。

 変わっていない。

 僕が、僕である事も。

 何も、変わっていない。

 僕は、いつも通りの時間に、バスに乗り、学校へ行った。 

 

        ***


 学校に着くと、僕の席があった。

 教室も、そこにいるクラスメイトも、いつも通りだった。

 唯一違う事、それは、彼女の席。

 空席だった。そこには、誰も座っていなかった。

 それを誰も、気に留めない。

 きっと、そこに彼女が座っていた事を、誰も、知らない。

 ただ、空いている席が、寂しそうに、あるだけ。

 教室では、昨日の体育の授業での、僕の活躍が話題になっていた。

 サッカー部のレギュラーだったクラスメイトからは、今からでも遅くないからサッカー部に入らないか、と誘われたが、丁重に断った。

 そう。

 僕は、いつも通り。

 いつも通りにしなければならない。

 そして、忘れてはいけない。

 それが、彼女との約束。

 彼女が、決めた事。

 僕の出した、答え。

 僕は、自分の席に座り、彼女がいた、今は誰も座っていないその席を、ずっと眺めていた。

 予鈴が鳴った。

 教室の中が、にわかに騒々しく動き出し、クラスメイト達が、自席に戻り始める。

 僕は、その中に、彼女がいないか、目だけで追う。

 いるはずがない。

 世界は書き換わり、彼女は、もう、いない。

「なぁ、知ってるか?」

 突然、僕の前の席に座っているクラスメイトから、声を掛けられた。

「何?」

「今日、転校生が来るんだってさ」

「へぇ」

「何だよ、関心薄いな。気にならないか?」

「何を?」

「男子か女子か」

 ああ、そう言う意味か。

「どっちだと思う?」

 僕は、ちょっと考えて、

「女子だろう?」

「おお、何でそう思った?」

「わざわざ、お前が僕に聞くくらいだからな。そうなんだろ?」

「まぁ、そうなんだけどな」

──そんな事より、この世界は、昨日の世界と違うんだぜ?

 僕は、そう言う替わりに「当てたから、後で、ジュース一本おごりな?」と言ってやった。

 ちぇー、とそいつは、ちょっと悔しそうな顔をして、前を向いた。

 転校生か。

 もうすぐ、期末テストが始まるし、二年生のこの時期に転校してくるなんて、気の毒だな。

 ちょっとだけ、興味が出てきた。

 そして、期待してみた。

──彼女が、転校してくれば、良いのに。

 僕は前を向き、彼女がいない、その空いている席を、目だけで見つめた。

「ほらー席につけー」

 本令が鳴り、担任の先生が入ってきても、目は、ずっと、誰も座っていない、僕だけが覚えている、彼女が座っていた、その席を見つめていた。

 出欠が取られ、転校生が自己紹介している時も、僕は上の空で、その席を、ただただ、見つめていた。


 だから、気が付かなかった。

 

 その席に、彼女が座った。


 目が合った。

 

 それは。

 

 彼女は。


 僕は、知っている。

 彼女の顔。

 ちょっと茶色がかった髪。

 誕生日だって知っている。今日が誕生日なはずだ。

 今日で十四歳になった、学校では大人しく、控えめな、彼女。

 僕の前ではいつも強気で、たった三ヶ月、先に生まれたからと言って、お姉さん気取りな彼女。


『私たちは、何かを約束したら、絶対、それを守る。どちらかが約束をしたら、破らない』


 僕は、約束を守った。

 なら、彼女も、その約束を守る。

 それが、約束をする上での前提条件となる、約束。


 彼女は、目が合った僕を、見つめ返した。

 僕も、見つめ返した。


 そして。


 彼女は、柔らかく、微笑んだ。


 それは。

 

 僕が知っている、最高の笑顔だった。



 ~Fin~


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ