プロローグ 「世界は」
※本編を補完する意味で、以下の短編を公開しております。
「世界の終わりに」:彼女の場合
「世界の終わりに」:彼の場合
彼女は、この世界を救うためにいる。
そんな事は、僕には関係ない。
でも、大人達は、それを許さない。
許さない?
それこそ、僕には関係ない。
彼女は、彼女だ。
普通に、どこにでもいる女の子だ。
僕から見ても、それは普通で、当然で。
それでいて、どこか儚くて。
そして、守りたくて。
僕は、彼女が好きで。
彼女も、きっと僕を好いていて。
僕には、それで充分だと思っていた。
***
学校の屋上は、僕たち以外、誰もいなかった。
雲一つない、満月の夜空。
彼女は、深夜、学校の寮を抜け出した。
それに気付いた僕は、その後を追った。
そして、ここにいる。
誰もいない屋上で、僕は『彼女』と対峙していた。
***
「君は、戻れ」
彼女は、屋上に張り巡らされた柵から向こう側を見据えたまま、僕に冷たく言い放った。
いつもの彼女の口調ではなかった。
雰囲気も違う。まるで別人だった。
「ここにいれば、死んでしまうより悲しい事になる。だから……戻れ」
死ぬより悲しい事?
死んでしまえば、悲しいなんて思う事も出来ないじゃないか。
そんな事より、僕は、彼女が心配なのだ。
「どうしたんだよ、一体」
彼女は、視線を、ゆっくりと、僕に向けた。
焦点が合っていない。僕のはるか後方を見ているような視線だ。
「もうすぐ、私は、私でなくなる」
「?」
「理解して欲しい訳ではない。現実として、もうすぐ、『私』という存在は、この世界から消えてなくなる」
どういう事かさっぱり分からなかった。だが、僕の心の奥底というか、心の深いところで、ああそうか、今なんだ、という思考が、動き始めた。
僕は、何かの役割を持ち、ここに、いるべくしているのか。
「今なんだね?」
僕の中の誰かが、僕の口を使ってしゃべっている。なんだ、この感覚は。
「……そうか、君も……」
一瞬だけ、彼女の表情が変化した。目を見開き、そしてすぐ、無表情に戻る。
何かを諦めたような表情に見えた。
「そうだ『今』だ。これから起こる事には、本当は君が必要だ。……だが私ともう一人の『私』は、君を巻き込みたくない。だから、ここから、離れろ」
「そんな、勝手な事……」
これから起こる事を知っている『僕』と、それを知らない僕の両方が、それぞれの立場から、そう思った。
そんな事は出来ない、と。