携帯トイレを携帯している男
幸い公園には誰もいない。草木が生い茂る、砂場とすべり台、ブランコしかない公園だ。公園に遊びに来たとは思えない顔をしている星和と流星は、たった一つの仮設トイレを見つけてぱあっと顔を輝かせた。
が、二人は同時にはっと気が付く。どちらが先に入るべきだ? 当然どちらにも余裕がない。なんなら今すぐ二人とも漏れそうなくらいひっ迫した状況だ。二人はトイレに向かいながら顔をあわせる。
「譲ってくれ」
流星が先に言った。
「無理だ。大丈夫、私は30秒で済ませられる。間に合うだろ、譲れ」
星和が拒否し、時間を提示して譲ってもらうように交渉する。流星は、一瞬揺らぐが、しかし予感する。30秒も持たない。もう、今すぐ出そうだというのにトイレの前で20秒も待たされたら絶望だ。
「頼む星和……! これから命かけて君を守るって約束する……」
「ありがとう……じゃあ今は私の社会的な尊厳を守ってくれ」
「僕は……僕は……!」
トイレの前までたどり着いた。流星は、扉に手をかけた星和の手首を掴んだ。
「君がおしっこを漏らすのは許せるけど! 自分が脱糞するのは許せない!!」
「他人事だからだろふざけんな!!」
「絶対引かないから! 譲ってくれ……頼む……僕は報告書を書かなきゃならないんだ……自分の脱糞の報告書なんて書きたくない……」
「っ……」
星和だってわかっていた。自分が同じ立場でもそう言うだろうって。だって便と尿なら尿の方がまだ耐えられる気がするだろう。
「トイレも半分こ出来たらよかったのにな……!」
「星和……」
「チッ、さっさと行け! 手遅れになる前に……」
「……ごめん……ごめん……! すぐに、戻るから」
言い切る前にトイレに入って行った流星を見て、星和は辺りを見渡す。少し歩けば木々が生い茂る林がある。もうそこしかない。やるしかない。出すしかない。
「ああクソっ……いやクソじゃない……もう!」
「困ってる?」
「あ!?」
半ギレで振り向くと、目の前に掲げられる、携帯トイレ。
「これ」
星和はハッとしてしっかりとその男の顔を見た。
眼鏡をかけた真面目そうな男。見たことがある。そう、昨日AIシュウちゃんが見せてくれた男だ。名前は確か……
「明戸幸羽……」
名前を呼ばれた幸羽は、少しだけ驚いたように瞬きを繰り返して、それから少しだけ表情を和らげたような気がした。
「じゃ、俺行くから」
「は、ちょっ、おいっ」
「頑張って」
星和の手に携帯トイレを置いて、幸羽は去っていった。何が何だかわからないし準備よく携帯トイレを持っている幸羽についてツッコみたい星和だったが、限界はもう、すぐそばまで来ていた。星和は手元に残った携帯トイレを、躊躇せず開けた。ビニールをびりびり破りながら茂みに逃げ込んでいく。説明書を読む余裕などなかった。
「拭くものねえじゃん!」
星和の怒号に、一休みしていた烏が一斉に飛び立った。




