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七星

「なんで付いてくるんだよ!」

「君こそどうして逃げるんですか?」

「お前が追いかけてくるから!」

「僕は話がしたいだけですよ」


 今日は、午前授業だった。この高校では給食が出るので、給食を食べて満足して、ちょっとトイレ行きたい気もあるけれどまあいいや先に家に帰ろうと思い、星和(せな)は学校を出たのだ。そしたら追いかけてくる男子が一名。流星(りゅうせい)だ。


 全力で走って逃げる星和だが、流星は息1つ切らさずに追いかけてきて、星和の腕を掴む。げっと顔をしかめて振り返った星和に、流星は相変わらず張り付けたような嘘臭い笑いを浮かべて見せた。


「はい、捕まえた」


 星和な掴まれた腕を嫌そうに見て、それから流星を睨みつけた。


「お前……やっぱり、敵か!」

「敵?」

「天星会の人間なんだろ! 私は踊らないぞ! ソーラン節!」

「はあ?」

「なんだよその……何言ってんのって顔は……」

「何言ってんの?」


 流星は少し考えるような仕草をして、それから掴んでいた手を離した。


「林郷星和、僕は依頼を受けて君の護衛に来た」

「え?」

「僕は星憑きだ。わかるだろ」

「だって聡一郎何も言ってなかったし……」

「あの人は仕事が雑なことで有名だ。信頼できないから僕にも回ってきたってことですよ」

「そうなのか……いや確かに、おっちょこちょいな人だとは思ったけど」


 頭が悪い人だとは思わなかったけれど、そう思いはしたが一度会っただけの仲なので口にはしなかった。

 流星は猫被りな表情をやめて、呆れたような顔して星和を見ている。


「僕は君を護衛しなければならない。これは仕事だ。嫌かもしれないが出歩くときは僕に声をかけてもらいたい」

「護衛護衛言うけどさ、そんな頻繁に狙われるわけじゃないだろ?」

「この規模の田舎は君がいなくなっても気づくのが遅くなる。車で攫われたらすぐ遠くまで行かれて手遅れです」

「た、確かに」

「こちらで天星会の尻尾を掴むまで、しばらくは窮屈な思いをするかもしれませんが、我慢してください」


 それっていつになるの? と聞きたいが聞いたところで明確な日にちがわかるわけでもないだろう。星和は大人しく頷いて、流星の隣に並んだ。


「流星くんはどこに住んでんの?」

「僕を育ててくれた方と一緒にアパートを借りて住んでいます。母親代わりの人です」

「ああ……」

「林郷さんの家は把握していますから言わなくて大丈夫です」

「何だ、教えてやろうと思ったのに」

「知らないわけないでしょう」


 ははは、と笑った星和に流星は不思議そうな顔をした。昨日の出来事については共有されているため、もっと気を落としているかと思ったのだ。思ったよりも彼女は落ち着き払っていて、現状を受け入れているように見えた。今日会ったばかりで、それが本心なのかどうかはまだつかめていないため、流星は慎重に星和を観察していた。


「……はー、でも仕事とはいえこんな田舎まで来るなんてご苦労なこった」

「仕事ですから」

「早く天星会の件が終わるといいな」

「ええ」

「……ん?」

「どうしました?」


 ふと星和が足を止めたので、流星も立ち止まって星和の視線の先を見た。

 ワゴン車が一台止まっている。どうやらレンタルカーのようだ。明らかに怪しいので、流星は警戒しながら逃走経路を探す。


「アイツらに聞いたら天星会の目的がわかるかもしれない。一緒にぶっとばそう」

「僕の仕事は君を守ることで、そういうのは聡一郎さんの仕事です。連絡は入れました。逃げることだけ考えましょう」


 やけに好戦的な星和を宥めて逃げようとした時、頭上からしゃがれた声が聞こえてきた。


「そうはいかないねえ」


 二人が同時に上を見上げると、もう誰もすんでいない瓦屋根の上に佇む、小さなおじいさんがいた。見たことがある星形のサングラスをかけているスーツ姿のおじいさんだ。

 流星が星和を庇う様に前に出る。星和は同じく警戒しつつも、そのおじいさんを見上げて口を開く。


「……随分ファンキーなじいさんだな。嫌いじゃないぜ」

「ありがとうお嬢ちゃん。セナちゃんで合っとるかい?」


 何故か好意的な言葉をかける星和に黙ってくれと言うように睨みつけた流星は、次におじいさんを睨んだ。


「お前は誰だ」

「ワシは天星会の幹部、七星(ななほし)!」

「おー、5つ星ホテルより上だ」


 すげーぜじいさん、星和が真面目な顔してそう言った。


「林郷さん黙って」


 こいつ調子狂うなと流星が顔をしかめていると、七星がピョンっと屋根の上から降りてきた。老人とは思えない軽い足取りで着地を決めると、星和が感心したように手を叩いた。すげー、と。


「あんまり無理したら危ないぜじいちゃん。腰いかれるぞ」

「長年感染者として生きてきて、そこらのジジババより元気だと思っとるけど、やっぱり歳じゃな」

「林郷さん、僕から離れないで」

「おー腰が痛い。走るのは到底無理じゃ。もっと近くに寄ってもらえるか?」

「だってよ流星くん」

「林郷さん、こちらに来て」


 星和は七星が何か企んでいそうなのを察してはいたが、どうしていいかわからない。流星も今すぐこの場から離脱したい気持ちが強いが、敵に背中を向けることは出来ない。ピリピリした空気が3人の中に流れる。

 と、その時だった。






 星和は、今までに感じたことのないくらいの切迫した尿意を感じた。


「っ!?」

「おっ、効いとる効いとる」

「は……へ……?」


 ぶわっとあふれ出る冷や汗。震える足。星和の脳内は近くにあるトイレに支配される。公園に、ひとつだけある仮設トイレ。走れば1分で着く。


「流星くん……おい……これは……おい! 流星! どうした!」


 星和が流星に助けを求めようとすると、流星は真っ青な顔で腹を抱えていた。


 まさかこいつも! いや待て、腹を抱えているってことは私とは違う方か? 星和はそう思い当たって口を両手で覆った。


「お、おい……流星くんまさか……」

「……林郷さん、どっちだ?」

「どっちって……」

「大きい方と小さい方……どっちだって聞いてんだよ……」


 余裕のない、鬼気迫る顔と声でそう聞かれて、星和は素直に小さい方だと答えた。流星は重苦しい表情でそうか、と頷く。額には脂汗が滲んでいた。

 そんな二人のやりとりを楽しそうに見ている七星を、星和は睨みつける。あまり動くと我慢がきかないので、最小限の動きで。


「ワシの能力は……半径3m以内の人間の尿意と便意を勝手に操作することじゃ!」


 七星は自信満々にそう言った。


「中々いい能力じゃろ。嫌いなやつに嫌がらせするのにも丁度良し! 敵から逃亡するときにも使えるし、ワシが夜中トイレに起きないように朝までコントロールすることだってできる! ちなみに一度ワシの術にかかったら、トイレを済ますかワシが解除するまでそれは続くぞ」

「健全な使い方が最後だけじゃねえか……う……若い、私らに、なんつう能力使ってやがる……っ」

「星和ちゃん、ワシらに大人しくついてくるなら今すぐ尿意をおさめてやろう。どうじゃ」

「お断りだね……しょんべん漏らしながらでもてめえをぶちのめしてやる……あ、やばっ……なあ流星くん! ……流星くん?」

「……」


 返事のない流星の方を見ると、彼はもう絶望的な表情をしていた。もう、本当に限界が近いようで、顔面蒼白で、何も考えられていないような顔で、星和を見た。


「流星くん……」

「く……仕事……仕事、だから……仕事……」

「おい……」

「う……くそっ……いやクソじゃない……いや、うう……」


 瞳を震わせ泣きそうになっている流星の姿を見て、星和は拳をぎゅっと握りしめた。ニヤニヤ笑っているふざけたサングラスの七星を見ながら、星和はポケットから何かを取り出す。


「お? なんじゃそれ」

「これはな、去年、私の親友と遊んだ花火の残りだ」

「ほお。おじいちゃん花火大好きじゃ。心臓止まるくらいに」

「おら煙幕!」

「なぬっ!?」


 それに火をつけると、辺りが煙に包まれた。ごほごほと七星がむせ返る音のする方に爆竹に火をつけて投げ込み、それから流星の手を引く。


「こっちだ!」

「林郷さ……」

「いいからついて来い!」


 二人は走って……いや走ってはいない。今出せる全力のスピードで駆け出していく。目指すは、一番近くの仮設トイレだ。


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