転校生
柊の身体は、国が研究で使うから持っていってしまうらしい。AIの柊がそう言っていた。だから葬式もないし、亡くなったことも誰にも話してはいけない。話したいなら俺に話しなよとAIの柊が言う。けれども星和は大丈夫と答えて、制服に袖を通した。
本当に自分を狙う物好きがいるとして、こんなに堂々と歩いたら危ないのではないだろうか。でもこの田舎は相変わらず平和ボケした空気が流れているし、道路には轢かれた狸が転がっている。そんな光景を見ると、昨日の出来事が夢だったような気がしてならない。
そんなことを考えながら星和はコンクリートの道を歩く。5月のにおいは爽やかで、道端に生える草花や、桜が散って緑へと変わっていくのが気持ちいい。木の枝からぷらーんとぶら下がる毛虫を避けて歩いていると、同級生の女子がおはようと声をかけてきた。
「なんか今日転校生来るらしいよ」
「今の時期に? 謎じゃん」
「謎だよねえ」
よっぽど前の学校に馴染めなかったのだろうか。それにしても、高校一年生の5月だ。転校するにしても判断が早すぎるだろうと星和は苦笑する。その女子は声をひそめて、もしかして……とぽそり呟いた。
「いじめられたのかな」
「さあ……まあ、ほら、家庭の事情とかあるかもしれないし」
「男の子らしいけど……イケメンかな?」
期待に満ちた笑顔を浮かべる彼女に、星和は肩を竦めて答えた。
「ハードル上げてやるなよ可哀想に」
教室にいっても話題はそれで持ちきりだった。一クラスしかないこの小規模校にやってくる転校生なんて、本当に珍しくて、クラスメートはワクワクしているようだ。ただ星和だけは昨日のことがあり、どうにも気分が乗らない。周りに合わせて笑うのすら躊躇してしまう。
そんな時だった。チャイムの音が鳴り、担任の先生である雪渡が入ってきた。彼は40代くらいの中肉中背の男性だ。くたびれた表情で低いテンションのままクラス全体に朝の挨拶をして、それからクラスがざわめいているのも無視して本題に入った。
「今日は転校生が来ています」
シン……と教室が一瞬にして静まり返った後、おお! と感嘆の声があちこちから上がった。星和は相変わらず苦労してそうな雪渡の顔のしわを眺めながら、さっさと紹介してくれねえかなと内心呟く。
「入って来てください」
ガラガラ、扉が開いた。落ち着いた足取りで、その男子は教室に入ってきた。少し明るいの髪の毛に、刈り上げられたサイド。都会風のイケメンだな、と星和はぼんやり彼を眺めていた。クラスの女子から喜びの声がひっそり上がっている。
「自己紹介をお願いします」
「中野流星です。東京から来ました」
名前までかっこいい。確信した、今からこのクラスの女子の間でこいつを巡った激しい戦いが勃発する。このクラスはほとんど中学の面子と変わらず、代わり映えしない男女のメンバーに飽き飽きしていたところだろう。はてさて、一体どんな修羅場が見られることやらと星和が他人事のように考えていると、パッと、流星と目が合った。
ちりっと、星が散ったような感覚がした。一瞬、流星の目で何かが光ったような気がしたのだ。その時ハッと思い浮かんだ。このタイミングで遠くからの転校生、妙だ。
こいつも天星会の人間か。そして私に変な場所でソーラン節躍らせて神様召喚の儀式をさせるつもりか。まったく根拠もないのにそう確信した星和は、むっと流星を睨みつけた。
大変だ、聡一郎とAIシュウちゃんに報告しないと。ああでも、学校でスマホを使うのは禁止だから、放課後になってからにしよう。そう考えていると、ふと、自分に影が落ちていることに気づいた。
えっ? と思い、上を見る。いる。流星が感情の読めない瞳でこちらを見下ろしている。星和は驚いてがたっと椅子ごと後ろに下がった。が、勢い良すぎて椅子ごとひっくり返りそうになる。
「あっ」
ぶっ倒れる、と心臓がヒヤッと冷えた時。流星の手がぬっと伸びてきて、星和の椅子を支えた。その力強さは、一見華奢に見える流星の身体からは想像がつかない。こいつすげえ力あるぞ! と目を見開き、星和はポカンとして流星の顔を眺めた。
「大丈夫?」
「え……あ……ああ、ありがとう」
「ごめん、びっくりさせて。僕、君の隣の席になったから」
ああ、そう言えば朝から謎の机と椅子が隣に配置されてたな、と星和は今になってやっと気が付いた。クラス中がクスクスと星和の方を見て笑っている。星和は急に恥ずかしくなり、赤面しながら俯く。隣に、流星が座った気配がした。
担任が朝の連絡事項を軽く伝えた後で、誰か後で中野さんに学校を案内してあげてくださいと言って、雪渡はホームルームを終わろうとする。そりゃこの面だし女子たちが案内するだろう。そうでなくても男子も目新しい人間に興味津々だから案内してくれるはずだ。
「林郷さん」
小声で、流星が声をかけてくる。え? と耳を寄せれば、流星は愛想よく笑った。
「改めましてよろしくお願いします。申し訳ないんですけど、僕に学校を案内してくれませんか?」
星和はえっ、と思わず拒否に近い声を出しそうになったが、どうにか耐えた。そりゃこんなに面のいい男子に話しかけられるのは大歓迎だが、まだこいつの疑いが晴れたわけじゃないし、何より今日は気分が乗らない。しかし本当にこいつがただの転校生で、隣の席の自分に声をかけてきたとしたなら可哀想だ。
女子たちがこそこそとこちらを見て何か言っている。男子たちは目配せして、じっとこちらの様子を窺っている。居心地の悪さに苛立ちそうになる。誰だよこいつの席を私の隣に配置しやがったやつは。雪渡か? あの野郎……
「わ……」
「ん……?」
星和は冷や汗をかきながら、流星から目をそらし、必死に言い訳を考える。
「私も……入学して一か月なんで……全然、学校のこと知らないんすよね……」
そりゃ全員そうだろと、聞いていたクラスメート全員が思っただろう。そういやそうか、と言ってから気が付いた星和は、やらかしたと顔を引きつらせる。流星は何を考えているかわからない顔して、じっと星和を見つめている。その視線がどういう意図を持つかわからず、星和は助け舟を求めるように他のクラスメートを見た。
「あ、俺らが案内するよ」
バスケ部の男子がそう流星に声をかけた。すると流星はぱっと顔を上げて、ありがとうと爽やかにお礼を言った。
様子のおかしい星和に、前に座っていた、朝一緒に登校してきた女子が話しかけてきた。
「どしたの?」
「いや……怖くて……」
「相変わらず人見知りなんだね……もったいない、せっかくチャンスだったのに!」
星和は、はは、と苦笑してから、ほっと胸を撫でおろした。とにかく、怪しいか怪しくないかを聡一郎とAIシュウちゃんでダブルチェックしてから判断しよう。そう思い至って星和は一人うんうんと頷いた。
流星は安堵の表情を浮かべる星和を、鋭い目でじっと見つめていた。




