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AIちゃん

「セナ、ご飯だよ」

「……ん」


 星和(せな)の部屋がノックされ、叔母の麻里子(まりこ)がドア越しに星和に声をかけた。


 帰って来てから、珍しくただいまも言わずに部屋に閉じこもってしまった星和に、何かあったんだろうと察していた。星和の祖母は腫れ物に触らない主義なので何も言わずにいる。が、心配性な所のある麻里子はそうもいかない。


「シュウちゃんとなんかあったの? ねえ」

「……」


 返って来るのは沈黙のみ。これは相当なことがあったのだろうと察するが、星和はいつも自分にあった大きな出来事を人に話さない。悪いことならなおさらだ。麻里子は諦めて、先食べてるからねとドアの前から立ち去った。





 麻里子がいなくなったのを確信してから、星和はごそごそと布団から顔を出した。濡れた顔や目をティッシュで拭いてから、机の上のペットボトルに手を伸ばす。掴もうとしたが、指先に当たって床に落ちた。落ちてしまったら飲む気も失い、諦めてベッドに再び転がった。


 日はとっくに沈み、お月様が顔を覗かせている。月明りしか光源のない部屋で、星和はスマホに電源を入れる。時刻を確認しようとした、その時。


「セナちゃん、あんまり目を擦ると赤くなっちゃうよ」


 ひょっこり、画面にあらわれたのは小さくなった柊だった。


「……」


 とりあえずスマホの電源を落とした星和は、一旦スマホをベッドに置き、身体を起こして床に落ちたペットボトルを拾った。結局キャップを開けて一口飲むが、何故か口から溢れて服を濡らした。


「ちょ、ちょっと酷いな! 切るなよ! 俺だよ? 柊だよ!」


 勝手にスマホの電源がつき、画面から聞きなじみしかない声が音量大き目で喚いている。星和は画面サイズの柊を無言でしばらく見つめてから、大きくため息をついてスマホを拾い上げた。


「どういうことだ?」

「俺はAIシュウちゃんだよ」

「シュウちゃんが作ったAIってことか?」

「そういうこと。流石話が早いね……あと、今まで黙っててごめん」

「何を?」

「俺が感染者、つまりは星憑きだってことを」

「……」


 申し訳なさそうに眉を下げる柊に、星和は驚きながらも、謝らなくていいと言った。柊が星憑きだとは微塵も予想していなかったが、確かに彼は昔から不思議なところがあったし、どこか自分と違う世界にいるような感じはしていたのだ。

 何故AIの柊が自分のスマホにいるのか、これを仕組んだのが柊だとしたなら、柊は自分がいなくなることを予期していたことになる。星和は黙ったまま、何を言ったらいいかわからずに、うつむく。


「俺はそう……こうやってお前のスマホの中に入って調べものしたりお喋りしたりできる、セナちゃん限定のAIだよ。何でも頼ってくれ」

「……言っちゃ悪いが、お前は柊じゃなくて、柊の思考をプログラム化した何かだろ。偽物のシュウちゃんと話すのは、すごく、惨めで、悲しくなるんだ」

「……そっか。ごめん」

「いや、こっちこそ……悪い。せっかくシュウちゃんが用意したのに……」


 星和は暗闇の中で眩しいくらいに光る画面の柊に、目を細めた。


「……ただ、お前には聞きたいことがある。何でシュウちゃんは私が狙われていることを知っていたんだ?」

「星憑きにはコミュニティがあるんだ。俺はそこで、天星会の噂を聞いた。今まで生きてきて、天星会なんて聞いたことがなかったから、どんな会なんだろうって気になって」

「……」

「俺は天星会の一人のスマホに潜り込んでやつらの話を、興味本位で聞いたんだ。そしたら奴らはお前を狙っているって話をしてて……」

「なんで?」

「それが、俺が聞いてることバレて追い出されちゃったんだ。あいつらすごいよ。俺がうっかり驚きの声を上げたらすぐに俺の事見つけるんだもん」

「お前スマホの中で音声ハッキングとかして聞いてたんじゃないのかよ」

「ミュートにするの忘れてて……へへ……」

「馬鹿!」


 だったらそのまま、知らないふりして、私のこと放っておけばよかっただろ。私が捕まっていたらそれでよかった。柊には関係なかったんだ。

そう言いたいのを堪えて、星和は唇を噛んだ。柊はそんな星和に気づきながらも、話を続ける。


「それで、探りに探っている時、メモ帳アプリに、天星会、星和、二つのワードを書いている人がいたんだ」

「それが干波か?」

「いいや。その人は……」


 パッと、顔写真が出てくる。眼鏡をかけた、真面目そうな男子の顔。そして着ている服は、星和と同じ高校の制服、ネクタイの色は1つ上の学年、2年生の青色である。


明戸 幸羽(あけど こう)。ひとつ上の先輩、知ってる?」

「いや……全然」

「このメモ帳の内容はすぐに消されたけれど、確かにあの人はセナちゃんの名前と、天星会をメモしてたの」

「天星会の仲間ってことか? じゃあコウ先輩も星憑きさん?」

「わからないけれど、星憑きではないと思う。だってこの人には両親がいる」

「?」


 どこからとってきたのやら、柊は幸羽の家族写真らしきものを表示した。おそらく中学生くらいの幸羽と、小学生くらいの弟、そして優しそうに微笑む母親らしき人、その方を抱く父親らしき人。


「星憑きはね、生まれたらすぐに親から引きはがされるんだ。新生児を仮死状態にする薬を打って、赤ちゃん亡くなったことにして、母親から取り上げる」

「え? ……なんで?」

「保護するためなんだと思う。星憑きって色々な力を持っててさ……俺は幸い、誰も傷つけない力だったけど、中には殺傷能力の高い力を持って、コントロールできずに親を……っていう事故があったみたいなんだ。よく知らないけど」

「だからって死んだことにする必要はないのに……」

「そうだよね……ただ、俺も詳しくは知らないから、何か別の理由もあるのかも。ほら佐々木聡一郎さんだっけ? あの人は詳しいかも。国に雇われてる星憑きだから」

「うーん……会ったばかりだし聞きにくい……」

「セナちゃんは相変わらず人見知りだね。えーと、俺もそうだけど、星憑きを育ててくれるのは星憑きについて知識のある国から派遣された人。基本一人だよ。だから両親がいる明戸さんは多分、感染者じゃない」


 なるほどな、と納得した星和だったが、だったら何故天星会のことを知っているのか疑問が残る。しかしこれ以上は考えてもわからないようで、とにかく気をつけろと柊は忠告した。


 大方話を終えた頃、時刻は21時。色々あって疲れたせいか、眠気が襲ってくる。しかし明日は学校だ。お風呂に入って準備をしなければならない。

 星和はスマホを机において、部屋の電気をつけてクローゼットを開けた。体育がない日であることを考慮して下着を取り出しながら、柊に話しかける。


「半分こってさ」

「ん?」

「シュウちゃんは、何を、半分こしてくれたの」


 優しく微笑みながら、しかし目の光を失い、力の抜けていくあの光景がフラッシュバックする。まだ、あの時の柊の暖かさが肌に残っているような感覚さえした。


「うーん、魂?」


 柊は首をかしげながら答えた。


「セナちゃんっていつも、半分こしてくれるじゃん」

「まあ、一人で食べるのもつまらないしな」

「俺もセナちゃんに何か、半分こしたいなって思ってたけど、そういう時に限って手元に何もないしさ」

「気にしなくていいのに」

「……ま、そりゃ死ぬつもりだったわけじゃないよ。ただあれはどうしようもなかったよね。どっちみち避けきれなかったし、セナちゃんに当たらなかったのが不幸中の幸いだったというか」

「……シュウちゃ」

「だからさ、俺の魂半分こね」


 画面の中で、柊は笑っている。これは柊が自分で作ったAIだ。だというのに、どうしてか、本当にそこに柊がいるような感覚がしてくる。星和は机の上にあるスマホを手に取り、柊と話す時の、いつもの顔の位置にスマホをかかげた。


「俺の分まで楽しんで生きてね」

「……美味しいとこだけか?」

「美味しくない所は俺が持っていくからさ」

「……優しいやつ」

「ありがとう。ほら、お風呂入ってきなよ」


 画面奥で屈託なく笑う柊に、星和は鼻を啜って笑い返したのだった。


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