感染者:星憑き
柊が、サイレンを鳴らさない救急車で運ばれていった。近所の人が玄関からこちらを見ている。星和は呆然として、遠ざかっていく救急車を見ていた。
干波は警察が連れて行った。聡一郎が駆けつけた警察に何か手帳のようなものを見せると、警察は困惑しながらも聡一郎の指示に従って干波を連行したようだった。彼はまるでロボットのように、目を見開いたままピクリとも動かなくなっていた。
「さて……あれ?」
聡一郎が振り向くと誰もいない。星和は少し離れたところに行って、投げたスマホを拾いに行っていた。幸いヒビも入っていないようだ。土埃を払い、電源が入るか確認してからポケットにしまう。
背後から近づいてくる聡一郎の足音に気づき、星和は慌てて振り返った。
「ありがとうございました」
「いや、悪かった。もう少し早く来たら君の友人も助けることが出来たはずだ」
「……」
「色々聞きたいことがあるだろうから、手短に説明するよ。車に乗って」
「……わかりました」
「俺が言うのもなんだけれど、もう少し疑ってもいいんじゃないか? そんなんじゃすぐ誘拐されちゃうなあ」
「え、あ、じゃあ、やめとく……」
「あーダメダメ。説明しなきゃならないことたくさんなのよ! 俺のことは信じてね」
連れて行かれた車内の中、助手席に座った星和は居心地悪そうに身を固めていた。まだ頭が混乱している。帰って、このおさまらない気持ちを整理したかった。ずっと一緒だった幼馴染で親友を失った事実を、星和は受け止めきれていない。
ごそごそと鞄からペットボトルのお茶を取り出した聡一郎は、キャップを緩めてからはい、と星和に差し出した。断る元気もない星和は、小さく会釈してそれを受け取る。飲む気分にはなれないが、一口だけ飲んで、それから両手でそれを握って眺めていた。
「天星会、あいつはそう名乗ったんだね?」
「……たぶん」
「……これから話すことは到底信じられないことだろうけれど、巻き込まれた以上知る権利がある」
「何を……」
「ただ、知りたくないなら、それでもいい。君はこれからああいう連中に狙われるかもしれないけど、俺がお仕事の範囲で守ろう」
「だから、何を?」
「選んでくれ。知らずに、普通に生きていくか。知った上で、巻き込まれる覚悟上等ですべてを知るか」
聡一郎は星和の目をしっかり見て、そらさない。車内に妙な緊張が走った。
「教えてください」
「本当にいいの?」
「どっちみち襲われんなら、知ってた方がいい。それに」
「?」
「シュウちゃんが、死ぬことになったのが、私のせいなら……知らなきゃダメだから」
「そうだね。彼は君に関わり命を落とした」
「……」
「けれど、彼はわかって君の元に来たんだ。彼の判断だ。君は自分を責めなくていい」
「……でも」
「まずは説明させてくれ」
そう言って聡一郎は、タブレット端末の電源を入れた。
この日本には遥か昔、おおよそ千年前に、宇宙から隕石のようなものが落ちてきた。その宇宙から持ち込まれた謎の因子、ウイルスのようなものは、特定の人間に大いなる力をもらたした。そのウイルスに感染したものは、異常な身体能力、あるいは超能力にも等しいような能力を持つ。感染者はほんのわずかしかいない希少な存在だ。
感染者はその力を表社会で見せることは許されず、様々な制限がかけられる。代わりに有用な能力だった場合は国から仕事をもらい、多額の報酬を得ることが出来る仕組みになっているのだ。
「この感染者を僕らは星憑きと呼んでいる」
「干し柿みたいなイントネーションだな……星憑きって……宇宙から来たからですか?」
「そう、星が落ちてきて、それにとりつかれたから、星憑きだ。ま、本当かは定かじゃないけれど。詳しいことはまだ全然わかってないんだ」
「それで、天星会って?」
天星会とは、はるか昔この日本に落ちてきた隕石のようなもの、あるいはウイルスを神と信仰する団体のことだ。国の方でも実態はよく把握できていないが、これまでは星憑き達で集まり、星の神様を崇めるだけの活動をしていただけのようだった。
「が、最近どうも、変なことしてるみたいでさあ……」
「変なこと?」
聡一郎はタブレットの画面をスイっとスライドさせる。出てきたのは、いつ撮ったかもわからない正面からの星和の写真だ。
「彼らはどうも、星神様を日本に呼び寄せる儀式をしたいらしくて」
「ああ、よくあるやつね」
「それで、まあ、星憑きの能力に、未来予知が出来るやつがいて、君が儀式に必要だってことを言ったらしい」
「私が? ソーラン節くらいしか踊れないのに?」
「君は躍るつもりしてるの? ……ソーラン節が好きな宇宙人なんじゃないの」
そんな適当を言って、聡一郎はため息をついた。
「その儀式自体は国としてもどうでもいいんだが、身を持って知った通り、奴らは過激だ。君の友人を傷つけることもいとわなかった。最低な連中さ」
「こんなことのためにシュウちゃんは死んだのか? ふざけてる。首謀者に会わせろ」
「会ってどうすんのよ……でも、それが中々尻尾のつかめない連中で。今回みたいに人間そっくりロボット使われてばっかりだ」
怒りでこぶしを震わせる星和だが、熱くなりすぎている自分の頭に気づくとふと冷静になろうとした。一口お茶を飲み、深呼吸をする。
「俺は国から雇われている星憑きだ。君の護衛を任じられた」
「……私、ずっと狙われ続けるんですか?」
「さあ、君が高校を卒業する前には片をつけたいところだけれど、向こうの動き次第だ。それまでは俺がこの地域に留まって、君の護衛をする」
「……あなたも危ない目に遭うかもしれないのに?」
「俺の心配をするんだ? 気にしなくていいよ。俺が死んでも悲しむやつはいない」
聡一郎はあっけらかんと笑って見せた。星和は咄嗟に言葉が出ず、結局返答しないで首を横に振る。そんな星和を気にすることなく、聡一郎は話を続けた。
「なるべく君の日常には関わらないようにするよ。そうだ、連絡先を交換しよう。何かあったらまずは俺に。警察じゃ対処できないことの方が多い」
「……」
「今日は疲れただろ。帰って休みな。家まで送ってあげるからさ」
車のエンジンをいれた聡一郎は、家どこ? と聞いてくる。あ、と星和が説明しようとした時、被せるように聡一郎が口を開いた。
「俺バック駐車苦手なんだよ~。駐車場広い?」
「この車社会の田舎じゃ致命的っすよそれ」
困ったどうしよう~、なんて気の抜けたことを言う聡一郎に、星和ははあ、と呆れたように返事をする。よし出発するぞ、とレバーを降ろした聡一郎だったが、ブオンとエンジンが吹くだけで動かない。Nだ。
「あれー動かないな」
「Dに入ってねえもん……」
「あ、ほんと? ごめんごめん、運転久しぶりでさ。ほいじゃ、行こうか……おおっ」
ぐわん、急発進で座席に背中が打ち付けられた。ヘラヘラ笑う聡一郎を見ながら、星和は決心した。自分一人でも自分を守れるように、強くなろうと。柊から言われた、生きての言葉を思い出しながら。
「左擦る! 擦るって聡一郎さん!」
「だいじょぶだいじょぶ~」




