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君の一番の味方

 ゆったりとした足取りで、音も立てずその男は近づいてきた。干波(ほしなみ)は、立ち上がった星和(せな)の姿を余裕そうに見ている。動かなくなった(しゅう)を見ながら、星和は背後にいる男に話しかけた。


「警察と救急車を呼んだ。あんた逮捕されるぜ」

「今すぐにあなたをボスの元へ連れて行きます」

「追いかけっこは得意じゃないんだ。ただ、制限時間があるなら、私にも勝ち目があるかな……」

「逃げるなら足を奪います」


 干波の声は機械のように、AI生成のように無機質だった。星和はゆっくり、ゆうっくりと息を吐き出して、干波に向き合う。


 星和の心臓は落ち着いていた。頭も妙にすっきりしていた。どうしてここまで冷静でいられているのか星和自身もわかっていない。ただ、足元で眠る親友のことを考えていた。




 初めて保育所へ行った時、緊張して輪に入って行けない星和に話しかけてくれたのが柊だった。何をするにも柊が一緒で、気が楽で、大好きな親友だったのだ。遠くの高校に進学するって聞いた時は寂しかったけれど、同時に安心した。この狭い田舎じゃ柊は恋愛だってままならないような気がしていたから。




 ぺろっと唇を撫でると鉄の味がした。一歩足を引いて干波を睨みつける。干波はまるで普通に知り合いに会うような足取りで近づいてきた。一歩、一歩と近づいてくるたびに星和の視線が上がる。そうして目の前にやって来た干波と、顎上げて睨みつける星和。


「行きましょう、星和さん」

「断る」

「拒否権はありませ……ぐっ!」


 星和は手に持っていたスマホを干波の顔に投げつけた。衝撃に顔をゆがめた干波に、星和はそのまま股間を蹴り上げる。しかし、そこにあったのは内臓の感覚ではない。機械のような、金属のような硬い感触。


「いってえ!? は? ロボット!?」

「対象の捕獲を開始します」

「あぐっ!」

「意識を消失させます」

「ぐっ……やっ……はな、せ……」


 がっと首を片手で掴まれた星和は、そのまま上に持ち上げられて足が地面から離れる。干波の腕を掴んでじたばた足が暴れる星和だが、宙を蹴るだけでまったくびくともしない。息苦しさから逃れようと必死に息を吸い込むが入ってこない。


 こいつ、やっぱりロボットなんじゃないか? だとしたら勝ち目なし! いや待て、そもそも人間でも勝ち目ねえじゃん! と、一人ツッコミしながら星和は考えた。

 生きろ、生きろ言われたってこのままじゃ窒息死だ。そもそもこいつらは何のために私を捕まえようとしているんだ。意味が分からん。このまま死んでたまるか。


 そんな脳内大騒ぎの中、星和の視界にふと入ったのは干波の首、ワイシャツに隠れて見えなかったが星形のスイッチがある。


「は、な……せっ」

「!」


 そこを狙ってこぶしを振ると、干波はそれを避けるようにして星和を投げ飛ばした。地面に転がる星和はうぎゃっとマヌケな声を出しながらも体勢を立て直した。


「星の主張が激しいんだよバーカ。弱点だな! そのスイッチ絶対押してや……うおっ」


 いつの間にか生成された槍が飛んできて星和の足元に突き刺さる。干波は槍をひゅんひゅんと投げてくるので、降り注ぐ槍を避けながら星和は走って逃げだす。ザクっと、逃げる星和のすぐ隣に槍が落ちて、地面に突き刺さる。星和は一本だけ折れて短くなった槍を引き抜き、槍の衝撃による砂埃に紛れて身を小さくした。


 木の影に隠れて、ドキドキする胸を押さえつける。当たったらただじゃ済まない槍だ。斬撃ですら腹を、内臓を引き裂き、柊を死に至らしめた。そう、あいつが柊を殺した。

 星和は槍をぎゅうっと握りしめながら、荒い息を整えようとした。怒りで奥歯を強く噛み、身体を震わせる。


「……でも、流石に勝てねえよな」

「……」

「早く来い警察、早く……」

「発見」

「っ……」


 いつの間にか背後にいた干波に、星和は持っていた槍を投げつけた。それは干波の右目を貫き、星形のサングラスが落ちる。それを見た瞬間星和は目を見開きかたまった。





「……悪い、ツラに当てるつもりはなかったんだけどよ」


 星和は口角を引きつらせてそう謝った。


干波の顔があらわになった。その空洞にあったのは瞳ではない、カメラだ。槍が貫いた皮膚から血は流れないが、代わりにバチバチと火花が散っている。

 干波の口から何か音が漏れている。あ、とか、う、とか言葉にはなっていない音だ。どこかノイズも走っている。ぎょろりとカメラが星和を捉えて、それからまた手をひらりと振って槍を生成し、星和の足に矛先を向けた。逃げようとした星和の腹を、干波の足が踏んで押さえつけた。


「あぐっ……」

「……」

「くそっ……はなせ……うっ……」


 吐きそうな声を出しながら、足をじたばた動かしてもがき、星和は無機質なロボットを睨みつける。星和は干波の足を引きはがそうと掴むがびくともしない。もがけばもがくほど強く腹を踏まれて、星和は痛みに喘いだ。暴れる足が土を削る。


「ああっ……っ……くそっ……」

「対象の捕獲を開始」

「てめえ、やっぱりロボットか? でもこんな精巧なロボットが、つか運転してたし……うっ……」

「足を切断します」

「……田舎のかわいー女子高生に随分な仕打ちじゃねえか」


 もはや逃げる術はない。だったら次の手だ。足がなくても生きることは出来る。とにかく、警察が来るまで耐えきればいいのだから。でも、足が落とされるってどんな感覚なのだろうか。痛いだろうけれど、後悔するだろうけれど。だったらもう少し抵抗すべきか? そうだ死ぬ気で抵抗しよう。と、思い至ったあたりで、槍が振り下ろされた。


「っ……」


 グサッと、嫌な音がした。星和は目を見開き、ひゅっと喉から音を鳴らす。








「おー、間に合った? セーフだねえ」


 貫かれたのは、干波の胸だった。誰かの腕が干波の胸を貫き、そして引き抜く。相変わらず血は出てこない。星和の方に倒れてくる干波を、誰かが掴み、乱暴に投げ捨てた。

 黒髪で黒いスウェットを着た胡散臭そうな男だった。歳は20後半くらいだろうか。口元にあるほくろが特徴的なその男は、驚き固まっている星和を見て、目を細めた。


 ずいっと、男がしゃがみ込み、顔を覗き込んでくる。こいつは敵か味方か、星和が警戒しながら後ずさりして、トン、と背中が木に当たった。


「……」

「星和だね?」

「ちがう……」

「嘘ついちゃってまあー……ぷっ……めっちゃ怖がってる。なんで? 俺だよ?」

「……だれだよ。お前も、天なんちゃら会の人間か……?」

「え? ……あ、あー、そう。そういう感じか……」


 男はキョトンとしてから、気まずそうに目をそらした。ガシガシと後頭部を掻いた後で、男は営業的なスマイルを張り付ける。足を揃えて、身を小さくして、可愛げある仕草で小首をかしげてから男は口を開いた。


「俺は佐々木聡一郎(ささきそういちろう)。君の一番の味方だ」


 星和は目をぱちぱち瞬かせて、それから急にふっと脱力する。周囲の音が鮮明に聞こえるようになった。遠くから、警察と救急車のサイレンの音が、響いていた。


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