不穏なニュース
朝の時間帯、制服に着替え終わり、後は出発するだけの空き時間。まだ痛む右手には包帯がぐるぐる巻かれている。ペンを持つのは無理だろう。痛みでペンを落としてしまう。
と、シュウちゃんに伝えると、先生の音声からノートを作ってくれると言い出したので、その言葉に甘えることにした。今日はスマホの電源を落とさず、ポケットの中に入れて持ち運ぶことにした。
左手で髪を梳きながら、前髪をちょいちょいいじる。不意に動かした右手が痛くて顔をしかめる。
私の頭からは、この間の不思議な出来事が離れなかった。まるでこれから起こる出来事を予見したような映像だった。それから、まるで何度もやったことがあるかのように、六星のナイフを避けて気絶させた。あんな動きやったことなんてないのに。
「デジャヴってやつだよね」
AIのシュウちゃんはパッと検索ページを開いてくれた。それは、経験したことがないはずのことをまるで一度経験したことのように感じること。それは未来視などではなく、脳の情報処理のズレによるものだ。
「極限のストレス下にあったからあんな映像を見たって言うのか?」
「可能性としてはそう考えられるね。もしくは、本当に未来を見たのか……」
断言はできないよ、とシュウちゃんは肩を竦めて見せた。
「ん……」
「ほら、遅刻しちゃうよ」
「やべ、いかなきゃ」
シュウちゃんに急かされて、私はスマホをポケットに突っ込んでリュックを背負い、出かけた。
続いてのニュースです。
昨日夜、上橋市の住宅で、女性の遺体が見つかりました。
警察によりますと、遺体には刃物のようなもので刺された傷が複数あり、死亡しているのが確認されました。
これまでのところ、周辺で不審な人物を見かけたという目撃情報はなく、現場付近の防犯カメラにも、第三者が出入りする様子は確認されていないということです。
警察は、事件と事故の両面から、遺体の身元の確認を進めるとともに、死亡に至った詳しい経緯について調べています。
「……というニュースを皆さん見ましたか?」
朝のホームルームで雪渡先生がそう言った。相変わらず不愛想な顔しているが、目元に刻まれた皺が渋いし落ち着いた雰囲気も好ましい。背筋を伸ばして彼の話を聞いていると、ふと彼の視線がこちらに向けられた。
「近頃、この辺りにも不審者の目撃情報があります」
なんでこっち見てんだろ、とぼんやり考えながら欠伸を噛み殺した。
「黒髪で、上下黒のスウェットを着た男がこの辺りをうろうろしているそうです」
「……あー」
聡一郎がよく来てるパジャマみたいなやつか、と思ったところで、ハッとして横を見る。流星は面倒くさそうな表情して視線だけ私に向けた。あいつ不審者扱いされてんじゃん、と面白くなりぷぷぷ……と肩を震わせる。
と、先生の視線がこちらに向いたままなのに気づき、咳ばらいをして前に向き直った。
「皆さんも登下校時は気をつけるようにしてください」
こくり、頷いた私の顔を、雪渡先生はもう見ていなかった。
昼休み。ちょいちょいと私を呼びだしたのは中学から一緒にいるナコだった。小柄で可愛らしい彼女は、前から恋多き女だったのは聞いている。授業のグループワークくらいでしか一緒になったことのない彼女に声をかけられるのは、私にとってはドキッとするようなことであった。
「流星にコクろうと思うの」
小さな声でそう言われて、おお、と驚きの声を出してしまう。流星がやって来て1か月。判断が早い。本当にこの男でいいのか? 緊急事態で自分が脱糞するより私に漏らせって言う男だぞ。
などと言いたいのを我慢して、とりあえず話を聞くこととした。
「だからさ、えっと……放課後、図書室空いてるから……図書室に来てって流星に行ってほしい」
「おっけ。何時ごろ?」
「ありがとう! 4時。私、今日図書委員で、鍵開ける係だから」
「わかった。がんばれ」
と、応援してからそのまま女子トイレに向かう。
誰もいないことを確認してから、ポケットからスマホを取り出す。シュウちゃんがちょっとだけ苦笑いしていた。
「ナコ、流石だな」
中学からのナコを知っているのはシュウちゃんも同じだ。やっぱりな、という気持ちもあるのだろう。
「あの子の積極性は見習わなきゃならない」
私がそう言えば、シュウちゃんはそうだねえと半笑いで答えた。
「流星くんかっこいいけど、星憑きだからなあ……」
「恋愛もだめなのかよ?」
「したって意味ないよ。子ども作っちゃだめだから、何もできないでしょ」
「愛を育むってのはそれだけじゃないだろ」
「星憑きじゃない一般人になんて説明するんだよ。難しいだろ? それに恋人作ったら国に報告、失恋しても報告……結構な手間だよ」
でもシュウちゃんは彼氏作ってなかったか? と疑問に思っていると、シュウちゃんはそれを察したように話を続けた。
「だからさ、そういう行為がダメなんだって」
「そういう?」
「子ども作っちゃダメなんだって」
「……絶対出来ないならセーフってか?」
「これ、ちゃんと星憑き関連の法律で決まってんの」
俺はある意味不幸中の幸いだったんだよと、シュウちゃんは言った。ふうん、と言ってからスマホの電源を落としてポケットに入れる。すぐにトイレに女子たちが入ってきた。
それは可哀想だ、六星が怒っていたのもわかる。と、後頭部に当たったずっしりしていた感覚を思い出しながら思った。そういえば、私があのボスと呼ばれた少年にされた話を流星や聡一郎に話したが、彼らの妄想だろうと言ってあまり信じていない様子だった。やっぱりあの話はでたらめなのだろうか。
仮にでたらめじゃなかったとして、私も星憑きみたいなもんじゃねえの? そしたら、もしかしたら結婚とか無理だし子どもも……私子ども好きなんだけど……まあ、養子……とかあるし……
机の中から地理の教科書を取り出して、筆箱を上に乗せる。右手は痛いから使いたくないので、左手でどうにか持ちながら顔を上げると……
「星和」
「おわっ」
「……何驚いてんですか」
いつの間にか目の前にいた流星に声をかけられる。教科書を持って次の教室に行こうとしているらしい。確か次は……視聴覚室でやるんだったか。地理の授業を。
「雪渡先生が呼んでましたよ」
「あ、わかった……ありがと」
流星はちらっと私の手を見て、それから私の教科書を奪う。ああ、なんでそんな、と右手を伸ばすと、ピキっと痛んで顔をしかめた。
「持っていくよ」
流星はそれだけ言って視聴覚へと向かった。
「……」
や、やさしー、という言葉をぐっと飲み込み、教室を見渡す。おふざけに夢中になっている男子しかいない。ナオは、いない。
嫌な汗をかいたと、左手で拭って息を吐き出し、職員室へと向かった。
職員玄関、そして、客人用の玄関。何故か勝手に開く自動ドアに事務員が首をかしげた。
「ここにいんのか?」
黒いパーカーを着た、酷く不健康そうな顔をした男が、校内に足を踏み入れる。誰も、男の存在を認識することないままに。教室からは高校生たちの賑やかな笑い声が聞こえている。昨日女に引っかかれた腕の傷を擦りながら、男は愉快だと言わんばかりに笑った。




