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生きて

「なん、なんだよ……っ……シュウちゃん……はあ、はあ」


 天雷(てんらい)神社は、周りを木々で囲まれた厳かな神社だ。幼い頃二人でよく遊んだその神社は、隠れるにはもってこいの場所。どうせどこに行こうが人なんていないので、神頼みのつもりで(しゅう)はここにやって来た。


その社の裏側で息を整えながら、星和(せな)は問いかけた。柊も同じく息を整えながら、額の汗をハンカチで拭う。雑草だらけの地面にしゃがみ込みながら、バクバク鳴る心臓を星和は落ち着かせるように撫でた。


「予想より早すぎる……」

「私の足の話か? 最近体力つけようと思って走り込み中で」

「とにかくセナちゃんを安全なところに」

「安全って……一体どこに行けば」

「対象を発見」


 ビクッと二人の肩が震えた。背後から聞こえる聞きなじみのない男の声。星和は躊躇なく振り返り男を見た。スキンヘッドの男が二人を見下ろしている。足音など聞こえなかったし気配だってなかったはずなのに。星和はバクバクする心臓の鼓動を感じながら男を睨む。威圧的な顔に柊は小さく悲鳴を漏らし、星和は柊を庇う様に前に出た。


「おっさん誰だ? 言いにくいけどその面して無言で背後に立たれたら、ちびっちまいそうになんだよ。星型サングラスじゃ誤魔化せないぜ。警察呼ぶぞ」


 星和がおどけながらもはっきりとした口調でそう言って、柊の腕を掴んでゆっくり立ち上がらせた。走って逃げてもすぐに追いつかれる。自分は。柊だけなら足が速いから逃がせるだろうと、出来るだけ柊を自分の後ろにやるが、柊は動かない。星和の隣に意地でもいようとしていた。


 スキンヘッドの男は、スマホをスイスイ操作し、画面と星和の顔を交互に見た。何かを確認するような仕草に、星和は首を捻る。何かわざとらしい。そこまで念入りに確認しなくてもよさそうなのに、こちらをおちょくっているようにも思えた。と、確認が取れたのか男はスマホをしまい、星和に問いかけた。


「林郷星和さんですね」

「何で知ってんの? あんたどちらさん?」

「俺は天星会(てんせいかい)の人間です。干波(ほしなみ)と申します」

「どうも」


 ぺこり、喧嘩腰のくせに会釈する星和に、干波も会釈を返した。思ったより物腰柔らかな男に星和は警戒を解きそうになるが、背後から怯える柊の気配を感じ取っていたため、干波から目をそらさないようにする。


「天星会? の人が何か用?」

「はい、星和さんに」

「私に?」

「あなたは我らの救世主が求めているお人です。……ボスが、あなたを連れて来いと」

「きゅ……そうすか、救世主さんが……へー……」

「セナちゃん」

「わあってる」


 こいつやばい奴だと星和は瞬時で判断し、逃げる道を探す。少し走れば子ども110番の店があるが、やってるのは90歳近いよぼよぼのおばあちゃんで、このスキンヘッド男と対峙したところでどうにもならないだろう。草刈り機振り回してやっと五分五分じゃないかと星和は思う。

 なら、どうする。学校に駆け込むか? 休日の学校って空いてるのか? 誰かの家に駆け込む? 皆ゴールデンウイークで出かけてていないんじゃないか?

 そこで星和は頭を抱えた。今、確実にこの男から逃げられる方法が少ないことに。


「結構詰んでんじゃねえか……」

「セナちゃん」

「何か名案はあるか」

「逃げて」


 柊が、星和を自分の後ろにやって干波を睨みつける。星和は震える柊の手を見て、逃げられるわけないだろと隣にずいっと立つ。

 そんな二人を見て、干波は困ったように額を指でカリカリと掻いた。それから、まるで手品のようにひゅんっと手を震わせると、その手に槍が出現する。1mほどの槍の矛先が少年少女に向けられた。星型サングラスの奥の瞳が細くなって、二人を鋭く捉えた。


「マジシャンみたいだ。どっから出した?」

「星和さん、もし従っていただけない場合は」

「セナちゃん、早く行って……!」

「こういうことになります」


 干波が槍を一振りする。瞬間斬撃が二人に向かってくる。星和は咄嗟に柊の腕を引いて斜面を転がり落ちる。高いところにある天雷神社の斜面には木や草が多く生えていて、星和は柊を抱きかかえながら落ちていく。あちこち皮膚を切りながら5mほど、落ちた先は神社の下の方にある、小学校の裏の職員駐車場の砂利だった。


 痛みに呻きながらも起き上がる星和は、何が起きたのかを思考する。突然現れた槍に、まるで空を切るような斬撃が目に見えた。当たったらただじゃ済まないと本能的に察したのだ。

 あいつはフィクションで見るような変な技を使う人間なのかもしれない。いやそんなのあり得ないけれど、だけれどあり得た場合、自分たちの身体は真っ二つになって死んでいたかもしれない。だからこれでよかったのだと、星和は自分に言い聞かせて、柊を見た。






「シュウちゃん……?」


 ふと鮮明に映った赤を見た瞬間に星和は息を飲んだ。柊の下腹部から血が流れ出ている。じんわりなんてものじゃない。血だまりが出来るほど大量に、出血していた。


 星和はすぐに柊の腹部を押さえて止血を試みようとする。


まさか当たったのか? やはりあの斬撃は当たったらまずいものだったのか、救急車を呼ばなければならない、だが呼んでいる内に干波が来たらどうする、安全な場所に行かなければならない。ごちゃごちゃする思考の中でどうにか冷静を保ちながら、星和は柊の顔を覗き込んだ。


「う……」

「大丈夫か? 安全な場所に連れて行く。大丈夫、すぐに救急車を」

「セ、ナ……」

「このまま傷を押さえながら引きずっていくぞ。救急車は今呼……」

「聞いてくれ……」


 傷口を押さえているのとは反対の方の手、スマホで救急車を呼ぼうとした手を柊に掴まれた。真っ青で冷や汗をかいた柊の顔だが、その目はしっかりと星和に何かを伝えようとしている。星和はハッとして柊の手を握り返した。

 柊の息が浅い。上手く吸えていないし吐けてもいない。だというのに言葉を紡ごうとする柊に、星和は唇を噛んだ。


「あいつらは、セナちゃんを……利用、しようとしてる……」

「なら、私が言うこと聞けばシュウちゃんには手を出されないんだな?」

「あいつらの言う通りになるな……」

「お前の命が最優先だ」

「セナ」


 血だまりはいつしか二人の周りを囲うように流れていた。人生で一度見るかどうかの出血だ。それが命に関わるのか、まだ大丈夫なのか星和にはわからない。


 わからないが、星和の心臓は嫌な音を立てて、体中が寒くもないのに震えはじめていた。


「先に救急車を呼ばせてくれ」

「俺はセナちゃんがいたから……生きていられた……俺を受け入れてくれたから……」

「もしもし、救急で……シュウ、頼むから、最期みたいなこと言うな」

「セナ、半分こだ」


 柊の手が、星和の頬に添えられた。血のついた柊の親指が星和の唇をなぞる。朱くなった唇で何やってんだと言葉を紡ごうとした星和だったが、ぐっと言葉を飲み込んで、それから柊に顔を近づける。柊の顔に影が落ちた。


「半分渡すよ。だからセナは……」

「……シュウ?」

 何かピリッと、静電気のような刺激が星和の唇から体内に入って行く感覚がした。意思が受け渡されたような刺激に、星和は目を見開く。


「嫌だ……待っ」

「生きて」


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