デジャヴ
「やばっ、パンクしちった」
「はあ!?」
上司の聡一郎に対して大声を出してしまった流星は、ハッとして口を閉じる。
敵にいつの間にか撒かれて、しかし星和のスマホから送られてきた位置情報を頼りに山道を走っていた。にしても、星和は敵の目の前で堂々とスマホを使用しているのだろうか? 流星は疑問に思いつつも、手掛かりはこれしかなく、それを頼りに追跡していたのだ。
「……僕が先に行きます。車のことはどうにかしてください」
「おっけー。頼んだ」
「……軽いな……」
流星はぼそっと呟いて車を出る。ぽつぽつと雨が降り出して、上を見上げると背の高い木々がそびえたっている。その隙間から見える空はどんより澱んでいて、雷の鳴る音がしている。
山道は石やら盛り上がった土やらで走りにくい。雨は昨日も降ったのか、所々ぬかるんでいて足も体力も取られる。息を切らしながら、走り続ける。
少し走れば小屋が見えてきた。近づきすぎないように、しかし中がうかがえるような位置に身を顰める。懐から拳銃を取り出して構えた。
先に聡一郎に連絡を入れようとスマホを見ると、圏外の表示になっていた。ちっ、と舌打ちをして、一度呼びに戻るか単独で突っ込むか悩む。流星は聡一郎のことを知らないが、周りの大人が言うに仕事に関しては信用ならない人間らしい。だとしたら、連れてきたところであまり意味はないかもしれない。強いには強い人なのだろうけれど。
深呼吸をひとつしてから扉に近づく。雨で濡れた額にくっついた髪の毛を鬱陶しそうに振り払い、すうっと息を吸ってから扉を蹴り破った。すぐ視界に入ったのは、子どもに跨る女性。振り上げられたナイフに、反射的に反応する。
女性のナイフを持つ手を蹴り飛ばすと、ナイフが吹っ飛んでいく。女性の手から血が飛び散った。
「なっ……」
「星和!」
「りゅうせい!」
「星和! どこだ!」
「ここだよ!」
「え?」
「ここ!」
何故か返事をするのは子どもの声だ。困惑しながら流星は声をする方……足元を見る。ぴょこっと身体を起こした子どもは、とてとてと流星の方に歩いて来て隣に立った。
「よかった! まじしぬかと思った!」
「なんか小さくないですか。こんなもんでしたっけ」
「あいつ! あの女、ろくほしは、さわったやつを多分ちいさくするんだ! きをつけろ!」
流星は小さい星和を足で自分の後ろに退かして銃を構えた。おわっと言って尻もちつく星和に構わず、流星はナイフを拾う女……六星と、モニターに映る少年に視線をやった。
「聡一郎は来ないのかい?」
少年は流星にそう問いかけた。
「すぐに来ますよ。もう逃げ場はありません。大人しく降参してください」
「わたしをおとなに戻せ!」
六星は優し気な微笑みを消して、ナイフを4本一瞬にして懐から取り出す。それが一気に投げられて、流星は咄嗟に星和を抱えて避けた。ナイフは2人のいた背後の壁に突き刺さる。
「おっ、すげえ」
「言ってる場合じゃないですよ」
どこから取り出しているのか、再びナイフを構えた六星に流星が発砲する。が、身を低くして避けた六星は、そのままの勢いで距離を詰めてきた。
「ちっ……」
舌打ちしながら、首元に向かうナイフを、身体をそらせて流星は避けた。それから銃を六星に向けるが、その手を掴まれて押さえつけられる。
「まずった」
「えいっ!」
星和は、横から思い切り六星に体当たりして体勢を崩させた。その隙を見逃さずに流星が六星を拘束する。触れるとまずいという情報を思い出し、出来る限り肌に触れないように、服を掴んで転がした。
「きゃっ……」
「かんねんしてください」
「……」
ふう、と一息ついた流星が、星和を見る。星和は目を真ん丸くして流星のことを見ていた。どうしてそんな顔をしているんだと首を捻る。星和はあちゃー、と顔をしかめていた。
「ふくごしでもアウトなのか」
「え? ……あ」
疑問の声を発した時に流星は気づいた。声が高くなっている。でも、視線は低い。
「小さくなっちゃったわね」
唇は弧を描きながら、しかし目に笑みは宿さない六星が、小さくなった二人に近づいてくる。じりじりと距離を取りながら、二人は顔を見合わせる。
その様子を黙ってみていた少年は。モニターから六星に声をかけた。
「聡一郎が来る。急いで」
六星は返事をする前にナイフを取り出し流星の胸倉を引っ張る。そうして床に叩きつけて首元にナイフを突きつけた。
「くっ……」
「やめろ!」
咄嗟に星和は六星のナイフの刃先を掴んだ。皮膚が切れ、血が滲む。痛みから一瞬手を離したくなるが、どうにか耐えて六星を睨んだ。
「ばか、せな! いまのうちににげろ!」
流星が必死に叫ぶが、星和は首を横に振る。
「ばかいうな。おいていけるかよ」
ナイフを掴む手に力を入れながらそう言う星和に、流星は焦りを滲ませる。
痛みに耐えながらナイフを掴んでいる星和に、六星は微笑みを浮かべ、それから容赦なくナイフを引き抜いた。
「いっ……!」
「せな!」
その勢いで指の皮膚が切れ、出血する。一瞬熱いものを触ったようだと勘違いするような痛みに顔を歪め、星和は切られた指を無事な方の手で抑えた。ぽたぽたと、血が古びた小屋の床に滴り落ちる。
「可哀想ね。すごく痛そうだわ」
六星はナイフについた星和の血を見て、そう言った。
「い……たくない!」
「強がらなくていいのに」
六星は流星の首を片手で掴み、締め上げる。うぐっと苦しそうな声を上げて、流星はその手を振り払おうともがくが、びくともしない。星和が助けようと近づくと、六星はナイフの刃先を星和に突き付けた。星和の足が止まる。
「私たちは可哀想な生き物なのよ」
「は……?」
「人として生まれたはずなのに、人が持つ自由を持てない」
流星の顔色がどんどん悪くなっていく。星和の焦りが募っていくが、どうしたらいいのかわからない。刺されないように反対側にぐるっと回ったら多分、ナイフで流星を突き刺すだろう。でも真正面から向かったらこちらが刺される。一体どうしたら、と星和は六星に視線を戻す。
「本当の親に愛されることもない。子どもに愛されることもない。好きな人を愛することだって……っ」
「……やめろ……っ」
「だから変えるのよ。私達が、星憑きの存在を世に」
「りゅうせいくんを……はなせ!」
「せなっ……だめだ!」
星和は六星のナイフに向かって飛び込んだ。六星の口角が上がる。そのナイフは六星の手でくるりと回り、ナイフを掴もうとする星和を避けて、そのまま星和の瞳に刃先が向かった。
「あ」
デジャヴ、既視感。まるで一度体験したような感覚が星和の脳を過る。このまま瞳を貫かれ、そのまま流星の前で絶命する。絶望に顔を歪めた流星にも、そのままナイフが降ろされる。
「遅かったわね、聡一郎」
やって来た六星がそう声をかけた。
「あーあ……」
聡一郎は後頭部を掻きながら、心底がっかりしたようなため息をついた。絶命した星和を、真っ暗闇の瞳が見下ろしている。
「やっぱりニセモノかあ……」
「っ!?」
六星が目を見開いた。
自分でも驚くくらいの俊敏な動きで、星和は向かってくるナイフを避けて、その手を掴み六星の首に足を絡めた。首を絞められて呼吸が出来なくなった六星は、流星から手を離してもがく。星和は何を考えるわけでもなく、ただ六星の首を絞め続けた。
やがて、だらん……と六星の身体から力が抜ける。ドサッと床に倒れ込んだ六星を放してから、星和はぼんやりと気絶した彼女を見下ろした。
「せな……?」
流星がポカンとして星和を見つめている。星和はうつろな目をしていたが、流星の視線に気が付くとはっと意識を取り戻した。
気が付くと自分の身体は元の年齢に戻っていた。どうやら六星の気絶と共に能力が切れたらしかった。
「え? ……あれ、私……今、何して……」
「あなた、そんなに動けるんですね。びっくりですよ」
「いや、さっきのは何か……反射的に」
星和は困惑しながら答えた。先ほど見えたあの光景は、何だったのだろうか。経験したことないはずなのに、まるで見たことがあるかのような記憶が見えた。聡一郎がこちらを見下ろす瞳が、脳裏に焼き付いている。
後ろを振り返ると、少年が映っていたモニターは消えていた。それを確認すると同時に、扉が開いて聡一郎が入ってくる。
「やあ、無事かい?」
「……」
「遅いですよ。聡一郎さん」
「代車がもう少ししたら来るから待っててねー……星和? どうかした?」
「え……いや、何でも……」
にこやかな聡一郎の顔にどことなく違和感を覚えた星和だったが、結局何も言えずに、ただ出血の止まらないジンジンと痛む右手をぎゅっと抑えた。




