母親
「そういえばさいきん、おかあさん見ないねえ」
と、6歳の私が純粋な心でそう言ったら、横でコーヒー飲んでいた父は珍しく吹き出していた。不愛想な父親が膝叩いて笑った事実に私は嬉しくて暫く擦ったネタだが、よくよく考えたら別に笑えることじゃない。
そう、気が付いたらいなくなっていた。元々私の面倒は祖母か麻里子ちゃんが見てくれていて、母は仕事なのか何なのか知らないが家にいなかった。
たまに帰って来て私を連れて出かけることもあったが、世間一般で言う母親とは違っていたような気がする。それは共働きで家にいなかったからとかではなく、そもそもあの女は自分を母親と思っていなかったような気さえする。
それくらい、私の中で母親の印象は薄い。
母親がどこに行ったのかなんて、父親にも聞いたことがない。何でか、聞けていない。聞いたって別に悪くないはずなのに、タブーのような気がしてずうっと、知らないふりをしていた。
そういえば、シュウちゃんも私の母親の話をしていた。結局何を言おうとしていたのか聞けずじまいだったし、AIの方にも楽しい話しかしてないから、謎のままだった。
後頭部に六星の胸の感触を感じながら、私はボスとやらの話を聞いていた。こんな小さい体で逃げ出したところですぐに捕まる。であれば、護衛と言いつつ何故かバラバラの売り場に行ってしまったあの二人を待つしかないか。
「もっと驚くかと思ったけど……」
少年はこちらを見て苦笑している。驚いてないわけじゃない。正直なところ、こいつらの話は信じちゃいない。規模が大きくて信じる以前の問題だ。よくわかってない。
仮にそう、私の母親が大昔に地球にやって来た宇宙人? だとして、そいつが持ち込んだウイルスが、星憑きたちの超能力の元になっているとする。
で、その……宇宙人の子どもだとして、私が狙われる理由は?
「あなたがどうして必要なのかわかった?」
六星がこちらの顔を覗き込んでくる。ぼよんと頭が胸に押されて顔をしかめながら、私は首を横に振った。
「僕たちの目的は」
にしてもこいつ、本当に綺麗な顔をしてやがる。まるで作り物みたいだ。世界中の人間がこいつの顔を綺麗だって言うだろうし、言わないやつは逆張り野郎だ。
「君の血を使って、日本にいるすべての人間を星憑きにする」
いや、人の感性なんてそれぞれだし別にこいつが綺麗じゃないっていうやつはそれで構わないが、少なくとも私はこいつの顔を綺麗だと思うし……
待て、今こいつなんつった?
「おい、どういうことだ?」
「君が神の子だとすれば、おそらく君の血肉によってほとんどの人間を確実に星憑きにすることが出来る」
「……どうやってこくみんの皆さんにわたしの血をとどけるつもりで?」
「方法はたくさんあるだろう?」
まあ今咄嗟に思い浮かぶのは、そうだな……ペットボトルの飲料水に入れて販売するとかか? 全員にとまではいかないが、大勢が口にするものなら……いや、何真面目に考えてるんだ私。
「私の血で感染者が増えるならよ、普通に水道で手とか洗ったりした時、流しちゃってんぜ」
「おそらくだけれど、一定量の血は必要だと思うんだ。とにかく実験してみるしかないけれど。ね? 君も興味出てきただろ?」
少年はまるで私が当たり前のように協力する前提で話している。
六星は飽きたのか何なのか知らないが私の小さい手をにぎにぎいじってやがるし不快だ。
昔から、人に触られるのは大嫌いなんだ。苛立つように六星の手を振り払って、膝の上から降りた。
「きょうりょくはしない。ぜったいだ」
「……君だって気になるだろう? 自分の母親のこと、星憑きのこと、自分のことも」
「べつに、おまえといなくても知ることはできる。なにより」
「?」
「おまえら、ひと、ころしてんだよな? ひとごろしの言うことなんて、聞く気にならないね」
多分だけど、じっくり、ゆっくり聞けば、こいつらにも同情できることがたくさんあるんだと思う。というかある。あのしょんべんジジイは知らんが、六星も、この綺麗な少年も、流星も、きっと苦労して生きてきたんだろう。聡一郎は……よく知らないけど。
だとしてもだ。こっちはシュウちゃん殺されてんだ。どれだけ同情誘われようがお前らに協力する気はない。利用されるくらいなら……死ぬ気で暴れてやる。
山は危険だ。簡単に道に迷うし、体力は奪われる。しかも外は雨。ゴロゴロと雷の音がしている。しかもこの感じ……音のあとすぐに光っている。つまり近いんだ。この辺りに落ちたら嫌だな。
最悪のコンディションだが、一か八か逃げるしかないか。
「六星」
「はい♡」
「星和を殺して」
「……」
少年は、微笑んだまま、まるでちょっとのお使いを頼むみたいなテンションでそう言った。私の反応は早かった。とにかく入り口に向かってダッシュだ。何故殺す発想に至ったかは後回しでいいと即判断。
さて六星がガキをサクッと躊躇せず手にかけられる人間かどうかなんて私には判断がつかない。が、ちらっと後ろを見ますと……おっと六星の手にナイフが見えている。これは終わった。
扉に手を伸ばしたが、その前に六星に床に叩きつけられた。馬乗りになって押さえつけられて、ナイフがギラギラ光る。ぴしゃーんと雷も光りとどろく。映画で見たような経験を出来るなんてラッキーだ。まあ、今から死ぬところなんだが。
「大丈夫よ、一時的だけ。すぐに目が覚めるわ」
「おいおい、ゾンビはごめんだぜ。いっぱつであの世におくってくれよ」
「……子どもの口からそんなこと聞きたくないわ」
「じゃあころすなよな」
六星はぱらっと落ちた髪の毛を、ナイフを持った手で耳にかけながら笑っている。綺麗な女性だ。保育士さんみたいに優しそうだし、星憑きじゃなきゃ旦那さんや子どもに囲まれて幸せな家庭を築いていたんじゃないか。まあ、そりゃ災難だ。
「どうしたの?」
「かわいそうだとおもって。ほしつきに生まれたこと」
「っ……」
一瞬、優しく穏やかだった六星の顔が歪んだ。同情されたことに怒ったのだろうか。申し訳ない。そんなつもりはなかったのだけれど。
震えていた六星のナイフを持つ手がピタリと止まった。あ、振り下ろしてくる、直感した。
生きろ、ってシュウちゃんと約束したのに。約束守れなかった。シュウちゃんの半分どころか、自分の人生の楽しいとこも味わえてないのに。誰が悪い。いや、人のせいにしたって仕方がないか。
はんぶんこだよ。
どうして死に際に出てくるのが、あんまよく覚えてない、母親との記憶なんだろうか。何を半分こにされたんだっけ。まあ、もうどうでもいいけれど。
すべて諦めて身体から力を抜いた瞬間、ひときわ眩しく雷が光った。
けたたましい音と共に、血が飛び散った。




