記憶
「おいスター、吠えるな、子どもだぞ」
わんわんと吠え続けるスターを宥めながら、星和はその少年に声をかける。どこかで見たことある顔だ。少年は半袖短パンで、どうしてか口元と襟が汚れている。黒いような赤いような、土汚れとは別の汚れに首を傾げていると、少年が口を開いた。
「あの、まいご、なっちゃった」
「山で? そりゃ迷子じゃなく遭難だ。親はいないのか?」
「いない……パパとママ、おうち、でていっちゃった」
しまった、まずいことを聞いてしまったと星和が顔をしかめて、その横で流星が何をしているんですかとジト目で星和を見る。スターは少年を見て唸り声をあげていて、少年を警戒しているようだった。流星が動くかと待っていた星和だったが、一向に何かアクションをかけるわけでもない。それよりも少年から顔をそらしている。どうやら子ども相手は得意じゃないようだと察した星和は、リードを流星に押し付けて、少年の傍にしゃがみ込んだ。
「お家帰るか」
「うん」
星和が背中を擦ってそう言うと、少年が安心したように笑った。その時、少年の口の隙間から歯が見えた。人の歯にしてはどうにも鋭くとがっているように見えたその歯が目に入った瞬間、星和の脳内に何かがフラッシュバックする。
大きく開いた少年の口。
飛び散る赤い液体。
真っ赤に染まる自分の手と、身体を貪られる感覚。もがき苦しむ足がじたばた暴れている。
そして立ったまま、こちらを見下ろす男……眼鏡の奥の瞳が動揺に揺れていた。
「……」
「林郷さん、何してんですか。ほら、行きますよ」
「へっ……?」
流星の声でハッと現実に引き戻される。急に動かなくなった星和を心配するように少年が見つめていた。星和は慌てて立ち上がり、少年に手を繋ごうと提案する。小さくて少し湿った手を優しく握りながら、星和は少年に名前を尋ねた。
「明戸、圭」
星和はあっと声を上げる。そうだ、この少年は柊に見せてもらった写真にいた少年……明戸幸羽の弟だ。
「お前……」
「?」
「携帯トイレ先輩の弟か……」
「け……?」
「何言ってんすかアンタ……」
流星の呆れたような声に、スターがワンっと返事をしたのだった。
「……やっぱり、少しだけ、記憶が残っているのかもしれないな」
幸羽は、木陰の傍で三人と一匹が家に帰っていくのを見送った。幸羽の足元には、喉元が血で染まったタヌキやキツネ、野良猫が落ちている。まるで齧られたような動物たちの死体を、幸羽は見下ろし、それから何かを決意したように視線を上げた。
「今度こそ君たちを……」
幸羽の眼鏡の奥の瞳には、弟と、弟と手を繋ぐ星和が映っていた。




