散歩
「セナ、友達来てるよ」
土曜日。学校のない休日。星和は愛犬である秋田犬の散歩に出かけようとしていた。
新聞を読んでいる父親に勝手にコーヒーをいれて、おら飲めよ冷めんぞと一方的に押し付けて鬱陶しがられていると、叔母の麻里子がそう声をかけてきたのだ。秋田犬はお利口に尻尾を振って二人の会話に聞き耳を立てていた。
「友達いないよ」
ひねくれた答えをする星和に麻里子は苦笑した。
「いいから来て」
「おはようございます」
そこにいたのは流星だった。田舎の高校生にしてはスタイリッシュでスポーティーな格好をしている流星に星和は顔を引きつらせる。高校ジャージのズボンに適当な英語が書かれたシャツを着ている星和とは大違いである。
「……おはざす……」
「今日の予定を聞きに来ました」
「なんで……」
「連絡先を交換していなかったと思いまして」
爽やかな笑顔でそう言った流星に、星和はぽりぽり後頭部を掻きながら面倒くさそうにため息をついた。
「今から散歩だけど」
「ご一緒しても?」
「いいよ。少し待って」
早く行こうと目で訴える犬においでと促してリードをつける。犬は流星に興味があるようで、すんすんと臭いをかいだり尻尾振ってアピールしたりしている。流星はしゃがんで自分の手の臭いを嗅がせてから撫でた。
「名前は何て言うんですか」
「スターだ」
「スター? ……スターね……」
「なんか文句あんのか?」
「いい名前だと思うよ」
「お前、私を小馬鹿にする時、敬語抜けるよな」
「そんなことないよ」
「わざとだろ今の」
そんな会話をしながら星和は流星とスターと一緒に歩き出す。近頃は熊の目撃情報も出ているが、だからって散歩しないわけにもいかない。効果があるかどうかもわからない熊鈴をショルダーバッグにつけて鳴らしながら、星和は山道を歩く。
「先日はすみませんでした」
「あ? トイレ譲らなかったことか?」
「そっちじゃねえよ」
「じゃあ謝られることはないな」
「でも、僕は全然護衛になれてなかった。あなたはあと一歩で誘拐されるところでしたよ。そして僕は漏らしてた」
「よかったな、お互い無事で」
すんすん、何かに興味を示したスターが立ち止まって茂みに入って行く。星和は立ち止まって、ぐいぐい引っ張られるのを踏ん張りながら流星の方を見た。
「守れてなかったら、今頃私は変な宗教団体に誘拐されて神様召喚の儀式とやらをやらされてるぜ。何されるかは知らんけど」
「聡一郎さんが来てなかったら危なかったんです。僕は一人でもあなたを守らなければならない。それが仕事だから」
「仕事人だな。聡一郎は悪びれてなかったぞ。あいつ多分、私が死んでもあちゃー……くらいで済ませるんじゃないか」
「否定はしません」
再び歩き始めたスターに合わせて、星和たちも歩きはじめる。夏が近づいてきたこの季節。梅雨入りはもうすぐで、晴れの日が少なくなっていくだろう。幸い今日は晴天で、青空にぽつぽつと白い雲が浮いている。
さて、どこまで聞いたらよいのやら、と星和は流星の顔を窺った。感染者、星憑きが自分とは少し異なる生まれをしていることは柊の話から察していた。
柊は相変わらず星和のスマホにいてたまに雑談をしていくが、星憑きが具体的に何なのかという話まではしない。AIである以上、聞かれたことにしか答えないのかもしれないけれど。
「クラスの女子が、お前の誕生日を知りたがってたぜ」
「そうですか」
「いつなんだ?」
「本当の誕生日は知りませんが、書類上は5月5日ですね」
「もう過ぎてんじゃん」
「ええ」
「……なんで本当の誕生日を知らないんだ?」
そう星和が尋ねると、流星はちらっと星和の顔を見てから、再び視線を前を歩くスターに戻して話した。
「生まれてすぐに、僕らは本当の両親と引きはがされる。だから本当の親は知らない」
「……それって能力による事故とか防ぐためだろ? ある程度大人になったなら、産んでくれた親に会いにいっていいんじゃないか? というかそもそも、両親だってそんなリスクがあっても自分の子どもを育てたい人もいるはずだ」
「……僕もそう思う。実際、今の育ててくれた人に不満があるわけじゃないけれど、僕は僕を生んだ両親に会いたくて仕方ない」
「だったら」
「けど」
流星が足を止めたので、少し前に出たところで星和は立ち止まり、振り返る。初夏の風に吹かれている流星は、未知のない茂みの方を見ながら何か考えるように視線を動かしていた。
「会ったらダメなような気もしてる」
「なんで?」
「わからない。ただ、本当の親のことについては絶対に情報開示させないし、会うなんてことは許されない。タブー視されているんです」
「……ふうん」
「理由がないなんてことはないと思います。会ってはいけない大きな理由がある。ただ、僕はそれを知らない」
「聞いてみたらいいじゃん」
「答えてくれませんよ。僕はまだ未熟だから」
どこか悔しそうにそう言う流星に、星和は何と答えるべきか迷って、そんなことないと思うぞと当たり障りなく答える。早く進もうと訴えるスターに促されて、星和は流星に行こうと声をかけて再び歩き始めた。
「私なら……」
「?」
「私だったら、絶対自分の本当の親を探し当てるぜ。だって気になるだろ?」
「……それはそうだけど」
「いつか会えたらいいな。なんかもやもやするだろ。知らないままだとさ」
「まあ……」
「何なら手伝ってやるよ! 探偵みたいで楽しそうだ」
そう言って笑う星和に、流星は少しだけ目を見開いて、それから小さく頷いた。そんな流星を見て、星和もほっとしたような表情をする。
と、和やかな雰囲気が流れ始めた時、急にスターが立ち止まり、前方を警戒するように後退りした。
「どうした?」
「……」
猫か狸でもいたのかと星和がスターに話しかける。流星は懐に手を忍ばせながら星和の前に出た。
わん! 一回だけスターが吠える。すると向こうの茂みががさっと音を立てた。何かがいる、そう確信して流星は星和が前に出ないように手で庇う。
「熊?」
星和は猪撃退用のスプレーを取り出して構えた。遭遇したことはないので、一気に緊張感が高まり、心臓がうるさい音を立てる。
がさ、がさがさ、どんどん音が近づいてくる。流星が目を鋭くして、敵か野生動物の襲来に備えた。
が、茂みから現れたのは
「……あ、え、と……」
「……子ども?」
小学校低学年くらいの、困り眉をした男の子だった。




