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はんぶんこ

「半分やるよ」


 等分したがんづきを、そっぽを向いた彼女は隣に座る大人しそうな男の子に差し出した。彼はそれを笑顔で受け取ると、一口大にちぎって口へと運ぶ。それを見てから、がんづきをあげた彼女もそれに口をつけた。がんづきはふわふわした蒸しパンのような食感で、ほんのり甘くて、黒糖のコクと、少しだけ重曹の苦みを感じる。

 林郷星和(りんごうせな)は、幼馴染である(しゅう)と公園のベンチに腰掛けていた。地元の高校に進学した星和と違い、柊は東京の高校へと進学してしまったため、中々会う機会も無くなるだろうと思っていた。が、ゴールデンウイークに彼はあっさり帰って来て、星和は拍子抜けしていた。


 美味しいな、と呟いた柊は、先ほどからあまり喋らない星和の顔を覗き込み、問いかけた。


「誰が作ったの?」

「ばあちゃん」

「すごいね。お店で作ったやつみたいだ」


 星和はふん、と鼻で笑って、がんづきを口に放り込む。星和がどこか気まずい雰囲気を醸し出しているのは、柊が東京に行く前に、今生の別れと言わんばかりに別れを惜しんだのを後悔しているせいだろう。一か月足らずで再会するなど思ってもいなかったので、星和は嬉しいような恥ずかしいような心情だった。


 車も人も通らない道路。この田舎には自分たちしかいないのではないかというくらい静かな空間だ。遠くで聞こえるカッコウの鳴き声をBGMに、星和は自分のつま先を睨みつける。


「シュウちゃん、えっと……どう? 向こうの学校は」

「どうって、普通だけど」

「よかったな」

「セナちゃんの方は……ま、クラスメートも中学とほぼ変わらないし、一緒か!」

「聞く価値もないと思うぞ」


 柊がははは、と軽く笑ったら、星和もつられて笑った。張っていた糸が緩むように緊張と意図がほどけて、カッコウの鳴き声の音量が上がった。鮮明に聞こえる自然の音に混じって、遠くの方で救急車のサイレンが聞こえていた。


「実はセナに言いたいことがあってさ」

「ほー……彼氏でも出来たのか?」

「……」

「ん? ほら、言ってみ?」

「……なんでわかるの?」

「え? えっ? マジで? 出来たん! おわっ、すげえ! すげえ東京!」


 思わず立ち上がった星和に、柊はやめろよと、でも嬉しそうに頬を染めながら言った。落ち着かない様子で身体を揺らす星和は、どんな人なのかだとか写真見せろだとか質問攻めしたい気持ちをぐっと堪えて、柊の言葉を黙って待った。


「すごい、気が合ってさ。最初は友達だったんだけど、あの人には言っていいかなって……まあ、言ったんだよ。カミングアウトだ」

「そしたら?」

「そしたら……ふふ、いやさ、もう、そっから急に、近くなってさ」

「うんうん」

「まだ、付き合ってはないし……お試し期間っていうか」

「ふーん、へー、いいねえ、ガチきゅんするわ」


 柊は視線を下げて、ポリポリと頬を掻いた。忙しなく視線がきょろきょろ動く柊を眺めながら、星和は柊をつま先でつついてニマニマ笑っていた。恋する人間を横から見るのが一番楽しいんだよと内心呟いた星和だったが、勝手に盛り上がってしまっている自分を落ち着けるように深呼吸した。


「にしても、それを報告しにこんなど田舎まで帰って来たわけか? あほか。電話しろ電話。ゴールデンウイークはそいつとデートするのに使えって」

「あ、それは違うよ」

「……あれ?」

「本題はこっからだよセナちゃん」


 カッコウが鳴きやみ、代わりに穏やかな風が木々の葉を揺らす音に切り替わった。柊の頬にさす朱が消えて、落ち着いた表情に戻る。星和はスカートを撫でつけながらベンチに座り直し、はい、と準備完了を伝えた。

 ブウン、と遠くから車のエンジン音が聞こえている。自分たちの世界に誰かが入ってきたみたいで、星和は不快そうに眉を寄せた。柊は気づいてか、星和にしか聞こえないように声をひそめる。


「セナちゃんのお母さんって、小さい頃急に、いなくなったんだよな?」

「え? あ、ああ、うん。よく知らんけど」

「……セナちゃん、実は」


 キキーッ、車のブレーキ音に星和と柊は同時に顔をしかめた。公園の近くに一台の乗用車が止まっている。乱暴な駐車、より先に目が行く、県外ナンバー。他所から来た人だろうと見当がつくが、こんな山しかないど田舎に観光しに来る人は珍しい。二人は顔を見合わせて、警戒するようにその車を見る。


 運転席のドアが開き、一人の男性が出てきた。スキンヘッドに星の形のサングラスをかけたスーツの男だ。身長は180cmほどだろうか。星和はおどけたような顔で柊に話しかける。


「おい見ろよシュウちゃん、こんな山しかない田舎に観光客? それとも帰省か? 何にせよ良いセンスのサングラスかけてんぜ」

「……」

「つうか県外ナンバー……どこだ? なんて読むの? 関東の地域?」


学がないのがバレちまうぜ、と軽口を叩いた星和だったが、シュウの横顔を見て目を見開く。

 目を見開き、冷や汗をかきながら真っ青になっている柊は、震える声で呟いた。遅かった、と。どういう意味か聞こうと星和が口を開く前に、柊はセナの腕を力強く掴んだ。


「走れ!」


 有無を言わさぬ声色でそう言って、柊は星和と共に走り出した。何が何だかわからぬまま、しかしただ事ではないと察した星和は、もつれた足を何とか立て直して柊と共に走り出す。


 星和が走りながらちらりと振り返ると、後ろの男はこちらを見て、スマホで電話をしていた。男は星和の顔をしっかり見て、ゆっくり口角を上げた。あ、これ、もしかして私見てる感じか? 星和は言い知れぬ恐怖を感じながら前に向き直り、全力で逃げることに集中した。



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