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捨てられた靴の謎【民俗ホラー】

作者: 延々Redo

民俗ホラーです

ランキング入りました!ありがとうございます!

1/23

13 位

[日間]ホラー〔文芸〕 - すべて

8 位

[日間]ホラー〔文芸〕 - 短編

 送られてきたのは、一枚の画像だった。


 山中の泥道に、無数の「靴」が散乱している。

 スニーカー。パンプス。長靴。古びた草履(ぞうり)

 あるものは整然と並べられ、あるものは車に跳ね飛ばされたように無残に転がっている。


 それらは、まるで持ち主たちが一斉に足元から消え失せ、地面に吸い込まれたかのような「空白」を(はら)んでいた。


 ピロリン。


 追いかけるように届いたのは、大学時代の後輩・佐々木芽衣ささきめいからのメッセージだ。


『先輩お久しぶりです! 

実家に帰る途中の山道で変なもの見つけちゃいました。

これ、先輩の好きなオカルト的なやつですよね?』


「……バカが」


 私はディスプレイをにらみ、独り言を吐き捨てた。

 オカルトではない。これはもっと泥臭くて救いのない、生きた人間の「身勝手」の跡だ。


 私は、高水明たかみずあきら

 民俗学者として生計を立てているが、私にとって民俗学は趣味でも学問でもない。

 目に見えない「何か」から身を守るための、防衛術だ。


 六畳一間のアパート。

 ()がれかけた「角大師つのだいし」の魔除けの御札(おふだ)

 崩れかけた盛り塩。

 辛口の日本酒の匂い。


 締め切りを過ぎたコラムの末尾には、こう書き残されていた。


《ケガレは、伝染する。放置すれば発酵(はっこう)し、さらなる禍根(かこん)を呼ぶ》


 嫌な予感がする。

 写真の端に写り込んだ、まだ新しく光沢のある「ブランド物のパンプス」から目が離せない。


「……拾ってないだろうな、これ」


 私は般若心経(はんにゃしんぎょう)を一節だけ唱えると、震える指で通話ボタンを押した。




「あ、もしもーし! 先輩、お久しぶりです! 

写真見ました? 凄くないですか、あれ」


 スピーカーから弾け出したのは、耳が痛くなるほど高い芽衣の声。

 背後からは、ガヤガヤと騒がしい音が聞こえる。

 人の話し声、食器の音。いかにも彼女らしい。


「……見たよ。なんだあれは」


「びっくりしますよね! 山道に靴がぶわーって。

ミステリーサークルかと思いましたよ。

先輩、ああいうの詳しいですよね?」


 詳しい。ああ、詳しいさ。

 それが私の仕事であり、同時に、私の平穏を乱す呪いでもある。


「あれは、愛媛(えひめ)の方で見られる『厄落とし』の風習に近いな。

節分の夜に、厄年の人間が靴を四辻に捨てていくんだ。

そうやって災厄を切り離す」


「えっ、靴を捨てるんですか? もったいな!」


「もったいないとかそういう問題じゃない。

四辻(よつじ)は境界だ。

そこに自分の身代わりとして、一番地面に接していた『履物(はきもの)』を置く。

それで悪い運気を切り離すんだよ」


 説明する間も、電話の向こうの騒音は止まない。

 いや、少しずつ音の質が変わってきている。


 居酒屋の喧騒(けんそう)にしては、笑い声が聞こえない。

 低く、地を()うような呟き。


 ピチャリ、ピチャリ。


 湿った足音のような音が混じり始める。


「じゃあ、あの大量の靴は全部『誰かの悪い運気』ってことですか? エグいですね」


「ああ。だから、普通は(さわ)ったりもしない。

…芽衣、お前が言ったその『山道』、具体的にどこだ?」


「ナビがバグっちゃって、かなり細い道に入り込んだんですよね。

四辻っていうより、道の曲がり角?

そこに竹の棒が立ってて」


「曲がり角…? いや、まさか…」


 私は震える手でマウスを操作した。

 芽衣の出身は東北。

 フォルダの検索窓に『福島 県北 葬送(そうそう)』と打ち込む。


 四国の明るい奇習ならいい。

 だが、もしこれが別の意味を持っていたとしたら。


「おい、芽衣。その近くに、墓地はなかったか?」


「墓地? …あー、石碑(せきひ)みたいなのがいくつか立ってたかも。

でも先輩、聞いてくださいよ!

あの中に、すっごく綺麗(きれい)なブランド物のハイヒールがあったんです。

捨てたばっかりみたいにピカピカで」


 芽衣の声が、一段と弾んだ。


「私、思わず写真撮っちゃいました。あんなの、絶対誰かが忘れていっただけですよ。

迷信(めいしん)に使うには高価すぎるもん」


 芽衣は笑っている。

 だが、私の指先は、ディスプレイに表示された『葬送儀礼(そうそうぎれい)』の文字を見て凍りついた。


「芽衣…落ち着いて聞け。お前が言っているのは、たぶん厄落としじゃない」


 背筋に冷たい氷を押し当てられたような戦慄(せんりつ)が走る。


「墓地への道の曲がり角に竹を立て、喪主(もしゅ)が履物を脱ぎ捨てる。

……それは、死者が家までついてこないようにするための『足止め』だ」


 電話の向こうのノイズが、一瞬だけ、ぴたりと止まった。




「……あしどめ?」


 芽衣の声から、無邪気(むじゃき)な熱が引いた。


「そうだ。かつて死は『ケガレ』の(さい)たるものだった。

昔の人は、死者の魂が自分たちについてきて、あちら側に引きずり込まれるのを病的に恐れたんだ。

だから葬列(そうれつ)の帰り道、わざと履き物を捨てた。

死者の魂をそこに置き去りにするために」


 私はディスプレイの資料を(にら)み、声を低くした。


「竹の棒は境界だ。

『ここから先は来るな。この靴をお前の体だと思って、ここで止まっていろ』。

それが死者への最後通告なんだよ。

いいか芽衣。お前が見た場所は、厄を落とす場所じゃない。

死者を置き去りにするための場所だ」


 電話の向こうから、ヒュッ、と息を呑む音が聞こえた。


 それと同時に、背後の「ガヤガヤ」が形を変える。

 大勢の人間が、重い足取りで歩く音。

 湿った土を素足で踏みしめる、ペタ、ペタという(ねば)り気のある音。


「……先輩。でも、あの中にすっごく綺麗なパンプスがあって…」


「それが一番危ないんだ!

遺品(いひん)や、故人(こじん)が愛用していたものを『身代わり』として捨てるケースもある。

特に若くして亡くなった者の履き物は、執念が宿りやすい。

……芽衣、後ろの音は何だ? お前、今どこにいる?」


「え……自分の部屋ですよ。さっき着いたばかりで」


 心臓が、嫌な()ね方をした。

 居酒屋ではない。彼女は一人きりの部屋にいる。

 なら、この「大勢が歩く音」や「名前を呼ぶ呟き」は、どこから聞こえている?


「一人…?

馬鹿な、さっきから誰かに呼ばれてるだろ。

話し声も聞こえるぞ」


「……やめてくださいよ。

テレビもつけてないし、さっきから静かすぎて…。

あ、でも」


「でも、なんだ?」


「さっきから、玄関の外で誰かが靴を(そろ)えてるような音がするんです。

カツ、カツ、って。

(となり)さんかなって思ってたんですけど」


 嫌な汗が背中を伝う。

 私は震える指でマウスを操作し、さらに詳細な事例を(あさ)った。


「芽衣、落ち着いてよく思い出せ。

お前…まさか、あの場所から何か持ってきてないよな?」


 沈黙(ちんもく)

 電話の向こうの「ガヤガヤ」が、急激に音量を増した。

 それはもはや明確な『意志』を持った(うめ)き声だった。


「……だって、すごく綺麗だったから。もったいなくて」


「まさか」


「……洗ったら、まだ履けるかなって。

玄関に、置いてあります。

赤い、ブランド物のパンプス」


 瞬間。

 部屋の角に飾った「角大師つのだいし」の御札が、バサリと床に落ちた。

 盛り塩が、自重に耐えかねたように崩れる。


「今すぐ捨てろ!! 窓から投げ捨てろ!!」


 私は絶叫していた。


「それは靴じゃない、死者の『足』そのものだ!

お前は、墓地に置いていかれた死者の執着を、自分から招き入れたんだよ!」


「え……。でも、これ…。

さっきから、中から真っ黒な泥があふれてくるんです。

出しても出しても、靴の中から、お墓の匂いがする湿った土が――」


 芽衣の声が、ノイズに()き消される。

 そして、彼女の背後から、はっきりとした「音」が聞こえてきた。


 複数の男たちが、低い声で「めい、めい」と彼女の名前を合唱する、呪詛(じゅそ)のような呼び声だ。


「……あ、あ。せんぱ、い。電気が…っ」


 バチバチ、と火花が散る音がして、電話越しの気配が完全に「闇」に塗り潰された。    暗闇の中で、ピチャリ、ピチャリと足音だけが近づいてくる。




 その瞬間、私はヘッドホンのコードを引きちぎるようにして抜いた。

 画面の通話終了ボタンを、叩きつけるようにクリックする。


 ケガレは伝染する。

 あのまま(つな)がっていれば、死者の行列は私の部屋にまで雪崩(なだれ)れ込んできただろう。


 私はガタガタと震え、床にうずくまった。

 切った。

 繋がりは断った。


 そう、言い聞かせようとしたとき――。






「――きました」






 すぐ右後ろ。

 耳たぶに冷たい吐息がかかるほどの至近距離で、男の声がささやいた。


 勢いよく振り返るが、そこには何もいない。

 ただ暗闇の中で、部屋の入り口から泥の匂いが漂ってくるのを、絶望とともに感じていた。


「………………お(はら)い、しよ」


 震える声でそう呟くのが、今の私にできる精一杯の抵抗だった。










 あの一件から、2週間が過ぎた。


 私は、駅前の騒がしいカフェのテラス席にいた。

 懐には、新しい護符ごふ

 3日間、部屋に日本酒を撒き、般若心経を唱え続けて、ようやく「泥の匂い」が消えた頃だった。


 ふと、ガラス越しの店内に、見覚えのある後ろ姿を見つけた。


 ――佐々木芽衣だ。


 彼女は窓際の席で、楽しそうに「誰か」と談笑していた。

 時折、隣の空席に向かって悪戯(いたずら)っぽく微笑んでいる。


 生きていたんだ。

 一瞬、安堵あんどして声をかけようとした。


 だが。

 その足が、凍りついた。


 彼女の足元。

 そこには、あの「赤いブランド物のパンプス」が光っていた。


 泥ひとつない。

 なのに、靴の隙間(すきま)からは、真っ黒な泥がじわり、じわりと溢れ出し、カフェの床を汚している。


 そして。

 彼女が座る隣の空席には、「それ」がいた。


 全身を()れた泥で固めたような、不気味な黒い影。

 男は、芽衣の肩に泥だらけの腕を回し、慈しむように彼女の耳元へ口を寄せている。


 芽衣がくすくすと笑った。

 頬を赤らめ、恋人にささやかれているかのように。


 彼女の瞳には、もはや私やこの世界の光は映っていない。


 そのとき。

 泥の男が、ゆっくりと顔を上げた。


 にごった眼球が、私を射抜く。

 口元が、(いびつ)に吊り上がった。


()()()()()()()()


 そんな声が脳内に響き、私はとっさに自分の足元を見た。


 私のスニーカーの爪先に、ほんの一滴。

 決して落ちることのない、真っ黒な泥がこびりついていた。


「……っ」


 私は、彼女に声をかけるのをやめた。

 震える手でバッグをつかみ、人混みの中へと逃げ出した。


 民俗学的に言えば、死穢しえに触れた者は共同体から排除されねばならない。


 あちら側に行ってしまった、彼女。

 境界を越えかけてしまった、私。


 冬の陽光はこんなに明るいというのに。

 私の足元からは、どこまでも冷たい泥の匂いが消えなかった。


(了)


後味の悪さのお口直しに↓こちらはいかが?


婚約破棄されゴミとして押し付けられた侯爵令息、スパダリな私に全力で溺愛されて聖者として覚醒する〜今さら「息子を返せ」と言われても、もう遅いですわよ?〜

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