捨てられた靴の謎【民俗ホラー】
民俗ホラーです
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送られてきたのは、一枚の画像だった。
山中の泥道に、無数の「靴」が散乱している。
スニーカー。パンプス。長靴。古びた草履。
あるものは整然と並べられ、あるものは車に跳ね飛ばされたように無残に転がっている。
それらは、まるで持ち主たちが一斉に足元から消え失せ、地面に吸い込まれたかのような「空白」を孕んでいた。
ピロリン。
追いかけるように届いたのは、大学時代の後輩・佐々木芽衣からのメッセージだ。
『先輩お久しぶりです!
実家に帰る途中の山道で変なもの見つけちゃいました。
これ、先輩の好きなオカルト的なやつですよね?』
「……バカが」
私はディスプレイをにらみ、独り言を吐き捨てた。
オカルトではない。これはもっと泥臭くて救いのない、生きた人間の「身勝手」の跡だ。
私は、高水明。
民俗学者として生計を立てているが、私にとって民俗学は趣味でも学問でもない。
目に見えない「何か」から身を守るための、防衛術だ。
六畳一間のアパート。
剥がれかけた「角大師」の魔除けの御札。
崩れかけた盛り塩。
辛口の日本酒の匂い。
締め切りを過ぎたコラムの末尾には、こう書き残されていた。
《ケガレは、伝染する。放置すれば発酵し、さらなる禍根を呼ぶ》
嫌な予感がする。
写真の端に写り込んだ、まだ新しく光沢のある「ブランド物のパンプス」から目が離せない。
「……拾ってないだろうな、これ」
私は般若心経を一節だけ唱えると、震える指で通話ボタンを押した。
「あ、もしもーし! 先輩、お久しぶりです!
写真見ました? 凄くないですか、あれ」
スピーカーから弾け出したのは、耳が痛くなるほど高い芽衣の声。
背後からは、ガヤガヤと騒がしい音が聞こえる。
人の話し声、食器の音。いかにも彼女らしい。
「……見たよ。なんだあれは」
「びっくりしますよね! 山道に靴がぶわーって。
ミステリーサークルかと思いましたよ。
先輩、ああいうの詳しいですよね?」
詳しい。ああ、詳しいさ。
それが私の仕事であり、同時に、私の平穏を乱す呪いでもある。
「あれは、愛媛の方で見られる『厄落とし』の風習に近いな。
節分の夜に、厄年の人間が靴を四辻に捨てていくんだ。
そうやって災厄を切り離す」
「えっ、靴を捨てるんですか? もったいな!」
「もったいないとかそういう問題じゃない。
四辻は境界だ。
そこに自分の身代わりとして、一番地面に接していた『履物』を置く。
それで悪い運気を切り離すんだよ」
説明する間も、電話の向こうの騒音は止まない。
いや、少しずつ音の質が変わってきている。
居酒屋の喧騒にしては、笑い声が聞こえない。
低く、地を這うような呟き。
ピチャリ、ピチャリ。
湿った足音のような音が混じり始める。
「じゃあ、あの大量の靴は全部『誰かの悪い運気』ってことですか? エグいですね」
「ああ。だから、普通は触ったりもしない。
…芽衣、お前が言ったその『山道』、具体的にどこだ?」
「ナビがバグっちゃって、かなり細い道に入り込んだんですよね。
四辻っていうより、道の曲がり角?
そこに竹の棒が立ってて」
「曲がり角…? いや、まさか…」
私は震える手でマウスを操作した。
芽衣の出身は東北。
フォルダの検索窓に『福島 県北 葬送』と打ち込む。
四国の明るい奇習ならいい。
だが、もしこれが別の意味を持っていたとしたら。
「おい、芽衣。その近くに、墓地はなかったか?」
「墓地? …あー、石碑みたいなのがいくつか立ってたかも。
でも先輩、聞いてくださいよ!
あの中に、すっごく綺麗なブランド物のハイヒールがあったんです。
捨てたばっかりみたいにピカピカで」
芽衣の声が、一段と弾んだ。
「私、思わず写真撮っちゃいました。あんなの、絶対誰かが忘れていっただけですよ。
迷信に使うには高価すぎるもん」
芽衣は笑っている。
だが、私の指先は、ディスプレイに表示された『葬送儀礼』の文字を見て凍りついた。
「芽衣…落ち着いて聞け。お前が言っているのは、たぶん厄落としじゃない」
背筋に冷たい氷を押し当てられたような戦慄が走る。
「墓地への道の曲がり角に竹を立て、喪主が履物を脱ぎ捨てる。
……それは、死者が家までついてこないようにするための『足止め』だ」
電話の向こうのノイズが、一瞬だけ、ぴたりと止まった。
「……あしどめ?」
芽衣の声から、無邪気な熱が引いた。
「そうだ。かつて死は『ケガレ』の最たるものだった。
昔の人は、死者の魂が自分たちについてきて、あちら側に引きずり込まれるのを病的に恐れたんだ。
だから葬列の帰り道、わざと履き物を捨てた。
死者の魂をそこに置き去りにするために」
私はディスプレイの資料を睨み、声を低くした。
「竹の棒は境界だ。
『ここから先は来るな。この靴をお前の体だと思って、ここで止まっていろ』。
それが死者への最後通告なんだよ。
いいか芽衣。お前が見た場所は、厄を落とす場所じゃない。
死者を置き去りにするための場所だ」
電話の向こうから、ヒュッ、と息を呑む音が聞こえた。
それと同時に、背後の「ガヤガヤ」が形を変える。
大勢の人間が、重い足取りで歩く音。
湿った土を素足で踏みしめる、ペタ、ペタという粘り気のある音。
「……先輩。でも、あの中にすっごく綺麗なパンプスがあって…」
「それが一番危ないんだ!
遺品や、故人が愛用していたものを『身代わり』として捨てるケースもある。
特に若くして亡くなった者の履き物は、執念が宿りやすい。
……芽衣、後ろの音は何だ? お前、今どこにいる?」
「え……自分の部屋ですよ。さっき着いたばかりで」
心臓が、嫌な跳ね方をした。
居酒屋ではない。彼女は一人きりの部屋にいる。
なら、この「大勢が歩く音」や「名前を呼ぶ呟き」は、どこから聞こえている?
「一人…?
馬鹿な、さっきから誰かに呼ばれてるだろ。
話し声も聞こえるぞ」
「……やめてくださいよ。
テレビもつけてないし、さっきから静かすぎて…。
あ、でも」
「でも、なんだ?」
「さっきから、玄関の外で誰かが靴を揃えてるような音がするんです。
カツ、カツ、って。
お隣さんかなって思ってたんですけど」
嫌な汗が背中を伝う。
私は震える指でマウスを操作し、さらに詳細な事例を漁った。
「芽衣、落ち着いてよく思い出せ。
お前…まさか、あの場所から何か持ってきてないよな?」
沈黙。
電話の向こうの「ガヤガヤ」が、急激に音量を増した。
それはもはや明確な『意志』を持った呻き声だった。
「……だって、すごく綺麗だったから。もったいなくて」
「まさか」
「……洗ったら、まだ履けるかなって。
玄関に、置いてあります。
赤い、ブランド物のパンプス」
瞬間。
部屋の角に飾った「角大師」の御札が、バサリと床に落ちた。
盛り塩が、自重に耐えかねたように崩れる。
「今すぐ捨てろ!! 窓から投げ捨てろ!!」
私は絶叫していた。
「それは靴じゃない、死者の『足』そのものだ!
お前は、墓地に置いていかれた死者の執着を、自分から招き入れたんだよ!」
「え……。でも、これ…。
さっきから、中から真っ黒な泥があふれてくるんです。
出しても出しても、靴の中から、お墓の匂いがする湿った土が――」
芽衣の声が、ノイズに掻き消される。
そして、彼女の背後から、はっきりとした「音」が聞こえてきた。
複数の男たちが、低い声で「めい、めい」と彼女の名前を合唱する、呪詛のような呼び声だ。
「……あ、あ。せんぱ、い。電気が…っ」
バチバチ、と火花が散る音がして、電話越しの気配が完全に「闇」に塗り潰された。 暗闇の中で、ピチャリ、ピチャリと足音だけが近づいてくる。
その瞬間、私はヘッドホンのコードを引きちぎるようにして抜いた。
画面の通話終了ボタンを、叩きつけるようにクリックする。
ケガレは伝染する。
あのまま繋がっていれば、死者の行列は私の部屋にまで雪崩れ込んできただろう。
私はガタガタと震え、床にうずくまった。
切った。
繋がりは断った。
そう、言い聞かせようとしたとき――。
「――きました」
すぐ右後ろ。
耳たぶに冷たい吐息がかかるほどの至近距離で、男の声がささやいた。
勢いよく振り返るが、そこには何もいない。
ただ暗闇の中で、部屋の入り口から泥の匂いが漂ってくるのを、絶望とともに感じていた。
「………………お祓い、しよ」
震える声でそう呟くのが、今の私にできる精一杯の抵抗だった。
あの一件から、2週間が過ぎた。
私は、駅前の騒がしいカフェのテラス席にいた。
懐には、新しい護符。
3日間、部屋に日本酒を撒き、般若心経を唱え続けて、ようやく「泥の匂い」が消えた頃だった。
ふと、ガラス越しの店内に、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
――佐々木芽衣だ。
彼女は窓際の席で、楽しそうに「誰か」と談笑していた。
時折、隣の空席に向かって悪戯っぽく微笑んでいる。
生きていたんだ。
一瞬、安堵して声をかけようとした。
だが。
その足が、凍りついた。
彼女の足元。
そこには、あの「赤いブランド物のパンプス」が光っていた。
泥ひとつない。
なのに、靴の隙間からは、真っ黒な泥がじわり、じわりと溢れ出し、カフェの床を汚している。
そして。
彼女が座る隣の空席には、「それ」がいた。
全身を濡れた泥で固めたような、不気味な黒い影。
男は、芽衣の肩に泥だらけの腕を回し、慈しむように彼女の耳元へ口を寄せている。
芽衣がくすくすと笑った。
頬を赤らめ、恋人にささやかれているかのように。
彼女の瞳には、もはや私やこの世界の光は映っていない。
そのとき。
泥の男が、ゆっくりと顔を上げた。
濁った眼球が、私を射抜く。
口元が、歪に吊り上がった。
「――おそろい」
そんな声が脳内に響き、私はとっさに自分の足元を見た。
私のスニーカーの爪先に、ほんの一滴。
決して落ちることのない、真っ黒な泥がこびりついていた。
「……っ」
私は、彼女に声をかけるのをやめた。
震える手でバッグをつかみ、人混みの中へと逃げ出した。
民俗学的に言えば、死穢に触れた者は共同体から排除されねばならない。
あちら側に行ってしまった、彼女。
境界を越えかけてしまった、私。
冬の陽光はこんなに明るいというのに。
私の足元からは、どこまでも冷たい泥の匂いが消えなかった。
(了)
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