續・救ひ
〈珈琲はまだアイスかな秋の道 涙次〉
【ⅰ】
せいと野代ミイの合同葬儀を執り行はう、と云ふ事になつた。尾崎一蝶齋が「胤樂」と云ふ法號を持つ曹洞宗の坊主でもあつた為、ミイの死亡届を出した後、この2者の靈の為に讀経し、ミイには「猫性院猫踊夜醒信女」と云ふ戒名を與へた。墓處は「開發センター」庭。2體の遺骸は荼毘に付され、骨壺に収められた。せいの墓には石が積まれ、ミイの墓には墓石が建てられた。こゝら邊の實務は全部牧野がやつた。「翁」が、せいの墓にねこじやらしを植ゑ、ミイの墓には彼岸花が供へられた。
參列者は、カンテラ事務所関係者全員、及び石田玉道。ミイには身寄りがなかつた(と云ふか身寄りの者に爪彈きにされてゐた)。ショックの為、テオは寢込んでゐる。悦美が兩者の墓前に*「猫缶」を供へた。
* キャットフードの件、ミイが主役を演じた前シリーズ第180話參照の事。
【ⅱ】
さて、骨壺を墓下に埋めやう、と云ふ際、異變は起こつた。ミイの骨壺から、焼かれた後の骨が飛び出し、骨人間と化したのだ。尾崎「喝!! そんなに迄して、貴様は生きたいのか!?」。勿論これは、ミイに憑依してゐる、【魔】に云つたのである。ミイ轉じて骨人間となつた遺骸は、そんな尾崎に襲ひ掛かつた。
じろさんが骨人間を、巴投げで投げ飛ばした。カンテラ「ちよつとの間、じろさん、間を持たせてくれ。すぐ帰る」と云ひ、(カンテラが「修法」を行う)方丈に走り込んだ。
【ⅲ】
じろさんの奮闘で、骨人間は大體は元のばらばらの骨に戻つたが、頭蓋骨だけは殘り、ケタケタと笑つてゐる。じろさん「糞つ! 埒が明かない!」。カンテラが、刀と一摑みの灰(護摩壇から取つた物)を持つて、現場に帰つて來た。
カンテラ、大刀で骨人間の頭蓋骨を(兜割りの要領で)眞つ二つにした後、骨全部に灰を振り掛けた‐
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〈カフェインを死ぬ程摂取する朝け最も死とは間遠き朝なり 平手みき〉
【ⅳ】
「これで、この【魔】の蘇生はなくなつた。穏やかに休め、2者の靈よ」‐急ぎ、時軸がミイの骨を搔き集め、骨壺に戻した。
ミイの墓石、焼き場の代金は、テオのサラリーから天引き、と云ふ事になつた。カンテラ、後の供養、墓の世話を牧野に託し、事務所詰めの面々と共に、事務所へ引き上げた。テオの書斎のドアに、貼り紙‐「ご迷惑をお掛け致し、誠に相濟みません。もう少し、考へる時間を下さい。一味一堂さま。テオ」。
【ⅴ】
その後、數日間、經つた。牧野は「墓に異狀はない」と、事務所にメール。タイムボム荒磯が、タロウに吠えられながら、テオの書斎に仕事(勿論『着物の星』の作画)をしに來たが、テオがそれどころではないのを聞き、木嶋さんと幻思社「cure」編輯部に連絡を入れた。
木嶋さんが駆け付けた。部屋のドアを小さくノック。「先生、谷澤先生。木嶋です」‐「僕の事なら、放つて置いてくれ。原作をタイムボムくんに熟讀して貰ひたい。仕事は彼一人でも出來る筈だ」
【ⅵ】
と、その模様を見てゐたカンテラ、何を思つたか、書斎のドアを蹴破つた。
「俺が何に對して怒つてるか、分かるか!? 優しいパパ、テオに對してぢやあない。愛人の幻影にいつまでもかしづいてゐる怯懦なテオに對してだ!!」‐「兄貴~」。カンテラ、テオを優しく抱き上げると、囁いた。「俺の云つてる事、分かるよな?」‐一味の皆、感涙を禁じえなかつた、と云ふ。
【ⅴ】
と云ふ譯で、無事『着物の星』第2話は、「cure」創刊第2號に間に合ひ、作品は讀者の許に届いた。テオ(谷澤景六)は後に語る。「滅茶滅茶になつた僕の心を、カンテラ氏が救つてくれたんですよ」
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〈黑雲も敗戰の日も間近なり 涙次〉
これで、今回のタイトルが、「續・救ひ」である譯がお分かり頂けたと思ふ。「救ひ」はあつたのだ。それから、普段はニヒリスティックなカンテラが、如何に事務所員の為に氣働きをしてゐるか、もし貴方に届いたのなら、倖ひである。お仕舞ひ。
PS. 來春、せいの墓には、蒲公英が植ゑられるだらう。作者思ふに、蒲公英は、猫の墓の花なのである。ひとかどの野良となつたせいの魂を乘せて、その綿毛は何処までも自由に飛んで行くだらう。