#002 未知なる世界
圧倒的な人気を誇るゲームジャンル、RPG。
ロールプレイングゲームの略称であり、役割を演じるゲームという意味を持つ。例えばプレイヤーが勇者を操作して魔王を倒す、とかそんな感じだ。
俺、水無月亮太もそんなRPGゲームがとにかく大好きだ。小さい頃父親が遊んでいたのを横で眺めていた時から、二十一歳になる現在に至るまで数多くのゲームをプレイしてきた。
昨今はこのRPGというジャンルに、様々な要素を取り入れた新ジャンルなんかも多く出回っていたりする。アクション要素なんかを取り入れたりな。
それで今回、俺は発売前から気になっていた新しいゲームを買った。ジャンル的にはアクションRPGというカテゴリだが、新感覚の追体験型RPGというフレーズがネットで注目を浴びていた。
ダウンロード専用販売ということで、日付が変わった瞬間に俺は早速プレイしようとして楽しみにしていた。――というところまでは覚えている。
「ここ……どこだよ」
周囲に目を配ると、どうやら部屋の一室のようだ。
ベッドに横たわっていたらしい俺の上には、毛布が掛けられており、右の方を向くと小窓から涼しい風が部屋全体の空気を入れ替えている。
現時点で分かっている事は、少なくともここが俺の部屋じゃないという事。パソコンもなければゲーム機もないこの部屋は、一体どこなのだろう。
ベッドの横には同じ高さ程度の小さくて四角いテーブルが置いてあり、その上には恐らく俺の額の上に乗せられていた、タオルを濡らす為の水が用意されている。誰かが俺を看病しているらしい。
どれだけの時間眠っていたのか分からないが、意識を失う前まで俺は、新発売のゲームを遊ぶ為にパソコンの画面の前にいたはずなのだが、どうしてこんなところにいるのか。
「――あら? 目覚めたみたいですね」
頭の中で必死に思考を巡らせていると、部屋の扉が静かに開いた。見たところ小さい女の子のようだが、俺が起き上がっているのに気付いて声を掛けてきた。
「えっと……」
俺が言葉を詰まらせていると、その女の子はすぐ横の丸い椅子に腰を下ろしてにっこりと微笑んだ。白衣に身を包んではいるが、サイズが合っていないらしく、袖を捲って布団の上に落ちていたタオルを拾った。
この家の子供だろうか。この子が俺の看病をしてくれたのだとすると、ずいぶん出来た子だなと思える。状況は不明だが、見ず知らずの俺を助けてくれたのは素直に感謝するべきだろう。
「体調はいかがですか?」
「え? あぁうん。もう大丈夫、かな」
女の子の問いに、俺は頭を掻きながら答えた。
その子は俺の様子を見てから、タオルを水に浸けて、その隣に置いてある薬を取り出す。もしかして眠ってる俺に飲ませていたのだろうか? 見た目まだ十歳にも満たなそうだが、大したもんだな。
俺が同じくらいの年齢の時ってゲームばかりしていた記憶しかない。それは今もなんだけども。
女の子は首元まで伸びる茜色の髪を靡かせ、薬の準備を進めていた。何かを混ぜ合わせているようだが、その何かは分からない。
怪しい薬なんて飲みたくないのだが、と目を細めていると、ふいに俺の視界に文字が浮かび上がった。
▲セリア草
HP回復効果のある薬草
▲ミアナの実
食べると体を芯から温める
女の子が混ぜ合わせているのを眺めていただけなのだが、まるでゲームのウィンドウ画面のようなものが表示され、薬の名前が判明した。
「なんだこれ」
「? どうかなさいましたか?」
瞬きを繰り返すがその表示は消えない。どうやら女の子にもこの文字は見えていないらしく、俺が薬を注視していたのを横から首を傾げて見ていた。
「あ、いやごめん。なんでもな――い?」
心配させまいと俺は女の子の方に視線を移し、平然を装うとしたのだが。
レイラ・パートソン クラス:医術士
Lv:5 HP:122 MP:12
体力:15 攻撃:7 防御:9 魔力:12 素早さ:21 運:18
まただ。今度は女の子――レイラ・パートソンという名前まではっきり表示されていた。しかもその下にはクラスだのレベルだの、まるでキャラクター情報みたいな数値がズラズラと並んでいる。
「……うっそだろ……」
思わず呟いたその声が、自分でも引くくらい震えていた。これには見覚えある。いや、何百回も見てきた。これは、RPGのステータス画面。
カーソルが人物に合った時に出る、いわゆる対象確認ウィンドウそのものだった。
「まだ体調が優れないのですか? あまりご無理なさらず、こちらをお飲み下さい。セリア草とミアナの実を煎じた薬です。回復効果と体を温める効果があるので疲れも回復しますよ」
差し出された器を見て、俺は再び視線を泳がせる。ウィンドウはまだ消えていない。そこには確かにセリア草、ミアナの実と記されていた。
効果も一致している。ということは、ここはどう考えても現実ではないという事実だ。そもそもこんな薬草、見た事も聞いた事もない。それなのに、俺の視界ではそれが当たり前のように映し出された。
「……ありがとう。えっと」
「あっ。私の名前はレイラ、レイラ・パートソンです」
俺が言葉を詰まらせたのを見て、レイラは自分の名前を名乗った。これも、やはり一致している。もはや偶然とは思えない謎の文字に、俺は頭を悩ませた。
「レイラちゃんか。俺は水無月亮太。よろしくね。にしても小ちゃいのに偉いねレイラちゃんは。ぜひご両親にも礼を言わせてほしいんだけど」
子供に気を遣わせるのもよくないと思った俺は、ひとまずもらった薬を一気に飲み干した。美味いとはいえないが、実を混ぜたことによりほんのりと甘さが口の中に広がる。
親御さんにも礼をしたいと思い、俺はレイラにそのように告げたのだが、彼女はそんな俺を見て目を丸くして気まずそうに答えた。
「へ? ……あ、あのぅ。私、大人です……」
てっきり子供なのかと思っていたのだが、どうやらここはレイラの家らしい。クラスが医術士とあったから見習いかとは思っていたのだが、まさか大人だとは思っても見なかった。
「ご、ごめん! 小さかったからてっきり」
そう言って俺は慌ててフォローしたつもりだったが、後から全然フォローになってない事に気付いてしまった。俺を助けてくれたというのに、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
そんな俺の姿を見てレイラは小さく苦笑すると、俺の言葉を否定も肯定もせず、そっと視線を外した。
「……よく言われます。多分体の成長が少し遅れてるだけだと思うんですけど。気にしてないので、どうかお気になさらず」
「あ、ああ……ありがとう。助かったよ、色々と」
気まずさを誤魔化すように頭を下げると、レイラは「ふふ」と小さく笑った。
「ところで、俺をここに運んできたのはレイラちゃんなの?」
「はい。私が薬草を採りに森を歩いていたときに、倒れていたあなたを見つけたんです。私一人では重かったので、村の男の方にも手伝ってもらいましたけど」
少しの沈黙の後、俺は思い出したかのようにレイラに尋ねてみた。ここに至るまで、俺には記憶がない。いきなりこの部屋にいたわけではないだろうし、その確認も踏まえていた。
「……村?」
「そです。ここは《パタの村》、どうしてあなたが倒れていたのかは存じませんが、覚えていないんですか?」
さっきから聞き慣れない単語ばかりだ。ここまできてもしやと思ってはいるのだが、そんな嘘みたいな話あり得るのか? しかし考える限り、俺はどうやらゲームの世界に来ているようだ。