表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

第9話:夏の記憶が、呼んでいる

 ──次に目を開けたとき、しおりは自分のベッドで目が覚めた。


「……え?」

 あの異世界ホログラム空間は、夢だったのか──そんな感覚。

 だが、夢にしては、妙に感触がリアルすぎた。

 不思議な感覚に包まれながらそのまま眠りについた。


 次の日の朝。

 教室のざわめきの中で、しおりはひとり、自分の席に座っていた。


 まだ、あの異世界の風が頬に残っているような気がする。

 現実に戻ってきたはずなのに、心だけが少し遅れているみたいだった。


 机に手をそっとのばし、指先でなでる。

 ちゃんと冷たくて、固くて――いつもの教室の机。

 でもその感触さえ、どこか夢の続きのように思えてしまった。


「おはようユイ。今日早いな」


 ユイが、となりの席から声をかける。彼女の髪も、銀髪ではなく、いつもの黒髪に戻っていた。


「……あのさ」

 しおりは言った。


「昨日の、夢じゃないよね?」


「夢とは、一般的に脳の記憶と処理の──」


「そっちの定義じゃなくて!体感的に!」


 ユイはきょとんと首をかしげるが、その瞳はいつもと少し違った。

 どこか、遠くを見るような……記憶を探るような目。


 その目を見て、しおりの胸が少しざわつく。

 ──あの空間で見た、写真の中の少女。

 あれは、誰だったのか。


 授業が始まり、生徒たちのざわめきが静まる中、しおりはノートを開きながらも集中できなかった。

 脳裏にはずっと──夏の空。小さな自転車。そして、あの少女の笑顔が焼きついていた。

 自分がなにか、大切なものを見落としているような──そんな焦燥感。


 放課後。


「しおり、帰らないの?」


 つかさが声をかけるが、しおりはカバンを抱えたまま立ち上がらなかった。


「……ちょっと、寄るとこある」


「どこ?」


「図書室。……あの写真の子が誰なのか、調べたいの」


 その言葉に、ユイの背筋がピクリと動いた。


「……やめたほうがいい」


「え?」


「それは──危険かもしれない」


 その声は、まるでそこに近づけば、取り返しのつかないことになるとでも言いたげだった。

 その言葉には、ほんのかすかに震えが混じっていた。


 しおりはユイを見た。彼女の声は、いつもの機械的なものではなく、どこか震えていた。


「何が、危険なの?」


 ユイは答えなかった。

 ただ、目をそらした。


「もしかして──ユイ、なにか隠してる?」


 その問いに、ユイはわずかに口を開きかけ──


「おーい、何やってんだ、みんな」


 教室のドアをノックもせず、ひょいと顔を出したのは高瀬カナメだった。


「なんか雰囲気が違うっていうか……集まってるの、珍しいな。夏の作戦会議か?」


「カナメ……なんで今……」


 つかさがちょっと拍子抜けしたように呟く。


「いや、なんか気になってさ。ユイも来てたし。……俺も混ざっていいか?」


 そう言って笑うカナメの声に、どこかいつもの調子が戻る。


 つかさが苦笑まじりに肩をすくめた。


「まったく……タイミング良すぎでしょ、アンタ」


 しおりは、そんな二人のやりとりを聞きながら──

 胸の奥で、静かにざわめきが広がっていくのを感じていた。



 ──知りたい。わたしは、忘れている。何か、大事なことを。



 そして、放課後。

 しおりはひとり、図書館の奥へと足を踏み入れた。


 普段は誰も入らない、学校の記録庫。薄暗い書庫に並ぶ古いファイル群の中から、事故報告書と記された箱を引き出す。


 保管されていた過去の事故報告書の中を、一冊一冊めくっていく。

 指先が紙に触れるたび、心臓の鼓動が速くなる。


 やがて、ふと視線が止まったのは小学生の時の記録。


 《生徒:黒野ユイ 201X年夏 転倒事故による頭部損傷》

 《脳機能の大部分を喪失。後日、特例措置により研究機関の協力のもと──補助機構を用いた延命処置を実施》

 《処置内容:外部AI補助による認知機能維持・行動制御装置の搭載》

 《記録分類:研究対象 管理コード:KRN-YU1》


「──黒野……ユイ……?」


 しおりの指先が震えた。ページの続きをめくるのが、怖かった。

 けれど、目は離せなかった。


 そこに記されていたのは──

 あの日、すべてが始まったことを示す、忘れられた記録。


 そして、しおり自身の中にあった、空白の記憶と、呼び合うものだった。


 遠い夏の光景が、胸の奥で、ゆっくりとよみがえっていくようだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ