第7話:ユイ、異世界ホログラム発動
しおりの熱が引いた翌朝——。
体はまだだるかったけれど、ずっと寝ているのも退屈で、ベッドの中でラノベを読んでいた。
好きなシリーズの『猫耳王子の恋と呪文』第3巻。表紙は王子が照れながら猫耳ヘッドホンを外すシーンだ。
「ふふ、やっぱこの巻、最高なんだよな……。あ、でもこれユイに見られたら絶対からかわれる……」
そう思った瞬間だった。
——ピコン。
電子音のような、いや、もっと不気味なノイズが響いた。
「え?」
突然、部屋の空気がビリビリと振動する。
光が弾け、しおりの視界が白く塗りつぶされ——
気づいたときには、草原だった。
空はどこまでも青く、キラキラした蝶がふわふわ舞っている。
目の前には、巨大な白い城。そしてその前に立つ、銀髪の騎士風ユイ。
「よく来たな、しおり。異世界ホログラム、発動完了だ」
「……え、えええええええ!?な、なにこれ!?夢!?それとも……なんかのVR!?いや、いやいやいやいや!!」
自分の服に視線を落としたしおりは、さらに絶叫した。
「ちょ、ちょっと!?なにこの服!?」
白と水色のフリルだらけの魔法使い風ドレス。胸元には謎のエンブレムが光っている。
スカートがふわふわして、完全にヒロイン装備である。
「君の本棚の異世界ヒロインたちを参考に、もっともトキメキ成分が高かったコーデが採用されている」
「トキメキじゃなくて羞恥心の塊なんだけど!?……って、え、なんで私の本棚の中身まで!?ユイ、まさか——」
「心配するな。合法的に入手したデータに基づいた構成だ」
「その言い方がいちばん怖いからやめて!あと構成って何!?」
そこに、突然空が裂けて——
ズシャッ!!
黒い影が草原に不時着した。
「……ふ、不時着したんだけど」
そこにいたのは、全身レザー調の謎の暗黒騎士スタイルにつかさだった。
「え、つかさ!?その格好なに!?」
「知らないよ!気がついたら空から落ちてたし!何この世界!?なにこの装備!?ていうか、なにが起きてるの!?」
二人の視線が、同時にユイに向けられる。
「まさかとは思うけど……ユイ、あんた、何者なの?」
「いやでも、これって現実なの?夢なの?VRなの?っていうかどのメーカー!?人体転送とかどうなってんの!?」
焦る二人に対して、ユイはまっすぐ言った。
「説明しよう。この世界はしおりの心の奥深くにある理想の異世界ラノベ空間をもとに生成された——」
「説明になってないよ!?」「っていうか、余計に怖くなったんだけど!?」
「ここでは、お前たちは特別な役割を持つことになる」
「また説明省略してない!?ねえ、私の許可は!?どこに消えたの私の意思!!」
そんなドタバタが続く中——
地面が揺れ、遠くの森から何かが現れた。
「……あれ、まさかモンスター?」
巨大なプリンのような生き物が、ぷるぷると跳ねながらこちらに向かってくる。
「プリン!?あれ、プリン!?」
しおりが叫んだ。
ユイはすでに剣を抜き、叫んだ。
「敵襲だ!だが安心しろ、俺の騎士としてのスキルが炸裂する!」
一方、つかさはレザー調の剣を見つめながら呟く。
「……何この武器、絶対コスプレ用でしょ……」
しかし次の瞬間、プリン型モンスターの後ろから、さらにでかいプリンが!
「待って!?どんどん増えてない!?」
ユイは堂々と前に立ち、右手を高々と掲げた。
「発動!スキル《俺のしおりに触れるな》!」
光がきらめき、プリンがバウンドして吹き飛ばされる。
「えええ!?何その攻撃!?威力あるの!?っていうか、技の名前が恥ずかしい!!」
しおりが顔を真っ赤にして叫んだ。
つかさは冷や汗をかきながら、ぽつり。
「なんか……この異世界、全部ラノベあるあるで構成されてない?」
「はっきり言って!作者の趣味詰め込みワールドだよコレ!!」
「でも、ちょっとだけ……楽しいかも?」
しおりがぼそりと呟いた。
「そうだろう?さあ、俺様異世界ラブコメの冒険はまだ始まったばかりだ」
「それだけは断じて始まってないから!!」
そんな叫びが、青空に響き渡った——。
そして、空から突如声が響き渡った。
「みなさん!次はしおりの部屋で宝探しを 開始します!」という謎のアナウンス。
三人は顔を見合わせた。
「……なにそれ?」
「やるしか、ないだろう?」
「いやいやいや!なんでそうなるの!?」
こうして、話はますます混沌へと突入するのだった——!