第6話:ユイ、俺様お見舞いミッション発動!
翌朝、教室の席にしおりの姿はなかった。
始業のチャイムが鳴っても現れず、周囲がざわつく中で、ユイは何も言わずに自席に座っていた。
「今日は、早瀬さんお休みだって」
昼休み、ふと背後からつかさが声をかけてきた。
ユイは一瞬だけ目を細めた。「……理由は?」
「風邪だって。今朝、お母さんから連絡があったらしいよ。熱が高めで、動けないって」
つかさは何気なく言ったが、その目はまっすぐユイを見ていた。
「ふーん……別に心配とかしてないし。フラグとか、そういうのとは違うし」
「……?」
「いや、なんでもない」
ユイはぷいっと顔を背け、さっさと教室を出て行った。
つかさはその後ろ姿を見送りながら、小さくため息をついた。
「……完全に心配してるじゃん」
——そして、昼休みが明けたころ。
チャイムとともに席へ戻ったクラスメイトたちの間で、ひそひそと声があがる。
「……あれ? 黒野さん、いなくない?」
「さっきまでいたのに……まさか、早退?」
教師が入ってきてもユイの席は空いたまま。
ただ一人、誰よりも真っすぐしおりのもとへ向かっていたとは、誰も知らない。
その頃しおりは、部屋で横になっていた。熱っぽいまぶたをゆっくり開けると、天井がぼんやりとにじんで見えた。
体が重くて、喉も少しヒリヒリする。
毛布にくるまりながら、ふと聞こえたのは——。
ピンポーン。
玄関のチャイム。
「……だれだろ……」
母は買い物に出ている。時間的に宅配か何かかな、と思いながらもしおりがぼんやりしていると——。
階段を上がる足音。
そして、ガチャッと部屋のドアが開いた。
「……しおりっ。お見舞いに来たぞ。ありがたく思え」
玄関のチャイムを鳴らしてから五秒。黒野ユイは、しおり部屋に堂々と足を踏み入れていた。
「え、えええ……ちょっと待って、なんで来たの……?」
「風邪にかかったお前が悪い。体調管理は恋の義務だ」
「は、はあ……?」
しおりはベッドの上でぼんやりと起き上がり、頬に熱の名残を浮かべていた。
ユイはその様子をじっと見て、言った。
「で、熱は何度だ。言え。俺が判断する」
「い、今は……たしか、38.2度……」
「高いな。これは非常事態だ。すなわち、『俺様お見舞いミッション』の発動だ」
なぜか胸を張ってそう宣言するユイ。
そして、持参したカバンをガサガサと漁り——。
「ほら。これが俺の恋する回復セットだ」
「なんでそんなネーミングなの!?ていうかそれ何!?」
「レモンティー、白がゆ、体温計、そして……俺の手作りお見舞いカードだ」
「……最後のだけめっちゃ要らないんだけど!?」
「大丈夫だ。俺の顔写真付きだから、夜中に不安になったら見て癒やされろ」
「コワさが加速してるよ!?」
そこへ、いつの間にか帰宅した母がリビングから声をかける。
「しおり〜、お友達来てるのね?お茶出しておいたわよ〜」
「お義母さん、ありがとうございます!」
「ちょっと義母って何よ!!?!?」
しおりの体温が一気に二度上がった(気がした)。
お茶を飲み終えたユイが、ふいに周囲を見回した。
「ふむ……この空間。観察しがいがあるな。つまり、生活環境の把握。文化資料の探索。俺は今から調査に入る」
「え、え? ちょ、まって! 勝手に見ないでよー!」
しおりの制止を振り切り、ユイは棚を物色——
「……これは?」
「やああああああ!!!」
そこにあったのは、うっかり出しっぱなしになっていたラノベ。
『王子さまは猫耳でした!~異世界トリップしたら婚約者!?~』
ピンク色の表紙。キラキラ。猫耳王子。全力で趣味丸出しの一冊。
「ふむ……お前、こういうのが好きなのか?」
「ち、ちがっ、ちがうのっ! それは、昔のやつで、今は違って、たまたまでっ!」
「つまり昔は好きだった。十分な研究対象だな」
ユイはメモを取り出し、まじめな顔で記す。
「——猫耳・異世界・婚約者設定。俺の今後の参考にする」
「やめてぇええええ!!なんで真剣にメモしてるのぉおお!!」
「俺、似合うと思うんだよな……猫耳」
「やめてぇぇぇぇぇ!!!!!」
そこへ、玄関のチャイムが鳴った。
「しおり〜、つかさちゃんが来てくれたわよ〜」
「つかさ!? えっ、えええ!? 今!?」
ドアが開き、つかさが顔をのぞかせる。
「お邪魔します。……あら、もう先客がいたのね」
「先客じゃない。専属だ。俺はしおりの看病担当だ。お前の出る幕はない」
「でも、これだけは渡しておきたくて。しおり、これ——」
つかさが差し出したのは、ミントティーと手紙。
「少しでも楽になればって思って。昨日、早瀬さんがつらそうだったから」
しおりはほんのり涙ぐんで、「ありがと……」と微笑んだ。
その様子を見て、ユイの目に警戒色が灯る。
「貢ぎ物で好感度上昇とは、なかなかやるな……」
「別に好感度とかじゃないし。ただ、好きだから。早瀬さんが」
「え……今サラッと告白された気が……」
静かに、しかし確実に、バチバチと火花が散った。
その夜、しおりは熱が引いてきた頭でぽーっとしながら呟いた。
「……なんか今日は、すごく……にぎやかだったな」
そして、机の上に置かれた一枚のカードを見つける。
それはユイの「顔写真付きお見舞いカード」。
裏には、走り書きでこうあった。
《熱が下がっても油断するな。
お前の健康は、俺の支配下にある。——黒野ユイ》
「やだぁぁぁぁぁぁ!!!!」