第5話:図書館とレモンサイダーと、ちょっとドS
翌日、昼休みの図書館は静かだった。
しおりは返却期限の近い本を返すついでに、ふらりと資料室の奥へ足を運んでいた。
「このへん、滅多に来ないけど……あれ、ユイ?」
そこにいたのは、棚に並ぶ古い資料を黙々とめくるユイだった。
「……人間の脳と人工知能の構造比較……なにこれ?」
ユイの手がぴたりと止まる。
「こ、これは……たまたま見つけただけ」
「ちょっとドキっとするタイトルだけど?」
「偶然。興味は……あっただけ。深い意味はない」
焦るようなユイの様子に、しおりは首をかしげる。
と、そのとき——
「……しおりさん」
ひそやかな声が背後から届いた。
「つかさちゃん?」
黒髪ロングの藤沢つかさが、資料棚の影から現れた。どうやら、しおりを探していたらしい。
「こんなところで会えるなんて、偶然ですね」
その目は優しさをたたえながらも、ちらりとユイを一瞥する。
「最近、黒野さんとよく一緒にいますね。……しおりさんの好きを、共有したい気持ちは私も負けません」
その言葉に、ユイの目がきらりと光った。
「では、勝負だな。俺様ドS生徒会長モードで」
「え? なにその宣言」
しおりがツッコむ間もなく、ユイはわざと上から目線で言い放った。
「しおり、さっきの本——読ませる気だったのか? まったく、おまえは本当に手がかかる」
「え、なんで突然俺様口調!? ちょっと恥ずかしいからやめて!」
「……でも、しおりさんが照れるの、好きかもしれません」
つかさが静かに言うと、ふたりの間にまた妙な火花が走った。
「こ、これは……修羅場?」
図書室の奥で空気がピリッと張りつめたそのとき——
「し、しおりさーん!」
慌てた様子で現れたのは、本を抱えたまま走ってきた高瀬カナメだった。
「つかささん、いらっしゃったんですね! よかった……あの、昨日貸してもらった本、おもしろくて……またおすすめ、聞きたくて……!」
つかさの目が一瞬だけ驚きで揺れる。
「ありがとう。……そう言ってもらえると、嬉しいです」
つかさに向けるその笑顔に、カナメの頬は真っ赤だ。
(あ、これは……つかさちゃんに気があるな)
しおりは、密かにカナメの勇気を応援しつつ、場を離れるタイミングを探った。
放課後。
公園のベンチに、しおりとユイが並んで座っていた。
春の風が優しく吹き抜ける。ユイは缶のレモンサイダーを手に、じっと中身を見つめている。
「炭酸の泡、消えるの早いんだね」
「うん、でもその儚さがいいって、誰かが言ってたよ」
「誰か?」
「わたし……かも。たぶん、何かで読んだだけかも。あれ、どっちだっけ?」
しおりは笑いながらブランコへ向かう。
ユイもあとを追い、少しぎこちなくブランコに腰かけた。
「……ゆれる、ね」
「うん。ここ、なんか落ち着くんだよ」
少しの沈黙が流れたあと、ユイがぽつりと呟いた。
「今日、図書館で見た資料……怖かった」
「えっ?」
「自分のことを、少しずつ知るって、わくわくもするけど……不安にもなる。もし、わたしが——普通じゃなかったら、しおりは……」
言葉を探すように、ユイがうつむく。
しおりは静かに言った。
「ユイちゃんがどんな子でも、ちゃんと向き合うよ。だって、いまのユイちゃんが、わたしは好きだから」
ブランコが、きい、と揺れる。
ユイは、ゆっくりと顔をあげ、そっと笑った。
「……保存しておく」
「だから録音はダメだって!」
夕焼けの公園で、2人の笑い声が風に溶けていった——。