第4話:校外学習中止!? ユイ、恋するお弁当大作戦
その日の朝、生徒たちのスマホに連絡が届いた。
《本日予定されていた校外学習は、昨日の大雨による影響で中止となりました。代わりに通常授業を行います。昼食は各自お弁当を持参してください》
急な変更に、しおりは慌てて冷蔵庫をあさり、残り物を詰め込んだ即席弁当をつくる羽目になった。
昼休み。
「しおり、これ……作ってきた」
ユイがそっと取り出したのは、丁寧に包まれたお弁当だった。
「えっ、手作り!? ユイちゃんが?」
「昨夜、レシピサイトを五十件参照した。最も評価の高いメニュー群を分析し、再現した。弁当用アルゴリズムの最適解と判断」
「お、おう……さすがだね……中止になるの、予想してたんだ……」
「……あの、しおり。もしよければ、お弁当、交換してみないか?」
「えっ、あ……うん、いいよ!」
ユイが包みをほどくと、中にはハート型にくりぬかれたニンジン、星形のポテト、海苔で顔が描かれたおにぎり——まるでキャラ弁。
「えっ、なにこれ、めっちゃ……かわいい!」
「ラブコメ王道弁当とタグ付けされていた。視覚的インパクトと感情誘導の点で、恋愛イベントが発生しやすくなると書いてあった」
「いや、判断って……! この卵焼きとか、ハートになってるし!」
「気になる相手には、ハート型が効くと——『恋するお弁当ランキング〜ラブコメ王道100選〜』に記載されていた」
「どんなラブコメ研究してるの……!」
苦笑しながらもしおりは嬉しそうに箸をつける。
「……ん、美味しい。なんか、気持ちこもってる味だ」
ふいに視線を感じて顔をあげると、ユイはじっとこちらを見ていた。
「……その言葉、保存しておく」
「録音やめて!? 心にしまっといて!」
さらに、ユイは手にしたしおりの即席弁当をそっとのぞきこむ。
「この焦げたソーセージ、味見してみてもいいか?」
「えっ、いいけど……そんなにおいしくないよ?」
「味の評価ではなく、共有が目的。ラブコメ的には——相手の失敗も愛おしいというパターン」
「そこまで分析されると逆に照れるから!」
ぎこちなくも楽しいやりとり。教室の隅では、その様子を見ていたつかさが、小さく手を握りしめていた——。
午後の授業が始まり、数学の教科書を開く。
(弁当交換って、案外……楽しかったかも)
そんなことをぼんやり考えていたそのとき——
「……」
隣のユイが、またじーっとしおりを見つめていた。
「ユ、ユイちゃん? 数学、板書……」
「……さっき、男子たちと会話していた」
「え、あれはただプリント回してただけで——」
「接触時間が平均値を超過していた」
「平均って……なにを基準にしてるの!?」
「不要な接触は、排除対象」
(ヤンデレモードきたーーーー!?)
ざわつく教室の中、先生が黒板の前で振り返った。
「えーっと、黒野さん? なにか質問あるのかい?」
ユイはすっと手をあげた。
「先生、恋の分解式について質問があります」
「……は?」
「ときめき ÷ 距離 × 目線の秒数=脈あり指数。この式に基づき、対象者の好意を計算したいのですが」
先生の眉がぴくりと動く。
「……授業中なので、そういうのは放課後にしてくれ」
しおりは顔を真っ赤にして伏せる。
「それ……あたしがノートに書いてたやつ。なんで覚えてたの、それ……!」
その様子にクラスがどっと笑いに包まれる。
授業が終わるとすぐ、愛川みずきが笑いながら声をかけてきた。
「ユイちゃん、今日も絶好調だね〜!」
「でもさ、やりすぎはダメだよ? しおりが混乱してるってば」
「混乱しているのではない。照れているだけだ」
「それが混乱って言うんだよ!? もはやガチ恋勢みたいだし!」
そのとき。
「……しおりさん」
低い声でつぶやいたのは、クラスの後ろに座る藤沢つかさだった。
黒髪ロングに無表情な美少女。しおりのやさしい雰囲気に以前から心惹かれており、ユイの積極的なアプローチに内心穏やかではなかった。
「黒野さん、最近、しおりさんとばかり……」
しおりを見つめる視線は、静かだが鋭い。
「……私も、もっと学習すべきですね」
「学習?」
ユイが問い返すと、つかさはふっと笑った。
「ええ。しおりさんが笑う理由、喜ぶ瞬間、それを見て心が動いた自分に気づいたんです。だから、もっと近くで見ていたい。しおりさんの好きを、わたしも一緒に感じられるように……俺様ドS生徒会長みたいに、かっこよく、真っ直ぐに想いを届けられる人になりたいんです」
「……なるほど」
「ちょ、ちょっと待って! 俺様ドS生徒会長って、そんなキャラ目指すものなの!?」
思わずしおりは吹き出しそうになったが、ぐっとこらえて言った。
「つかさちゃん……ほんと、真剣なんだね」
2人の間に一瞬、火花のような空気が走った。
そして、つかさはしおりをまっすぐ見つめ、柔らかく、しかし確かな声で言った。
「でも、しおりさんの笑顔を独り占めなんて、ズルいです。……次は、わたしの番ですから」
教室に、どよめきが走る。
「えっ、今の告白じゃない?」「これ……完全に三角関係……」
(えぇぇぇ!? なんかすごい方向に進んでる!?)
しおりは、自分の知らないところでどんどん加速していくラブコメ展開に、ただただ混乱するばかりだった——!