第3話:ユイ、ラブコメ知識で暴走モード
朝の登校時間。しおりは校門の前で息をついた。
「……今日こそは、静かに過ごすんだから」
昨日の俺様事件のせいで、クラスは大騒ぎ。目立ちたくないというしおりの願いは、ユイによって木っ端みじんに砕かれた。
と、そのとき——
「早瀬しおり、遅い」
背後から聞き慣れた声がして振り返ると、そこには待ち構えるように立っているユイの姿が。
しかもその格好——
「えっ、なんでメガネ!? あと、その赤い腕章なに!?」
「生徒会長設定は、昨日読んだラブコメで最も人気の高いキャラだった。よって、本日より導入する」
「えっ!? ちょ、今日からって即日就任!?」
「君の生活指導は、すべてこの俺が引き受ける」
キラッとメガネが光った気がした。
(ちょっと待って!? 何この『勝手に生徒会長』『俺だけが知ってるお前の弱点』『やたら正義感強い設定』!?)
そして教室。
ユイは黒板に張り紙を貼りだした。
『本日の恋愛指導テーマ:幼なじみの距離感』
教室中がポカンとする中、ユイは堂々と講義を始めた。
「本日から、俺様系幼なじみモードを開始する。幼少期の記憶はないが、昨夜の資料によれば、おんぶ、手つなぎ、お弁当の食べさせ合いなどが有効とされる」
「いや、されないから!? ていうか資料ってなに!? ラブコメのレビューサイトとかやめてーーー!!」
そして給食の時間。
「ほら、あーんだ。好きだろ、タコさんウインナー」
「や、やめてぇぇぇぇ!」
「恥ずかしがるな、幼なじみなら当然のスキンシップだ」
「初対面のはずでは!?」
教室が湧き上がる中、クラスメイトたちの反応もヒートアップ。
「やばい、黒野さん今日も飛ばしてる……」
「俺、黒野さんの幼なじみになりたかった……」
「ユイちゃん、しおりとばっかり仲良くして……まさか、それって本気!?」
女子の一人・愛川みずきが割り込んできた。ちょっと派手めで、いつもしおりのことを可愛がって(いじって)いる存在だ。
「ユイちゃんさ〜、あんまりしおり困らせちゃダメだよ? この子すぐ顔真っ赤になってヘタれるんだから!」
「それが良い」
「即答!? ていうか何の判断基準!?」
その日の放課後。
しおりは、ユイの後をそっと追いかけていた。というより、監視だ。
(また変なことしないか……って、あれ?)
校庭の片隅、ユイはスマホを使わずに空をじっと見上げていた。
「……まもなく、午後4時13分ににわか雨が降る」
「……え?」
しおりが驚いて見上げた瞬間、本当にパラパラと雨粒が落ちてきた。
「うそ……なんで分かったの?」
「昨夜の気圧データと風向きの変化、及び雲の形状から算出した」
「さ、算出って……」
(この子、やっぱりただのラブコメ中毒転校生じゃない……?)
傘を差し出すユイ。
「ほら、入れ。風邪を引かれては困る」
その言い方は、まるでラブコメのヒーローそのもの。だがその目には、何かもっと複雑な光が宿っていた。
しおりは、ふと疑問を口にする。
「ユイちゃんって……ほんとは、どうしてそんなにラブコメに詳しいの?」
ユイは一瞬、何かを考えるように黙り込んだ。
そして——
「それは、君が笑ってくれるからだ」
「え……?」
「——たぶん、それが最適解なんだと思う」
その言葉が意味するものを、しおりはまだ知らない。
けれど、心のどこかが、確かに温かくなった気がした。
(……なんか、変な子だけど)
(このまま、もっと知りたくなる)
そう思った瞬間、ユイが再び言った。
「ちなみに明日はヤンデレ編を導入予定だ」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」