第2話:ユイ、俺様キャラに目覚める。ラブコメの影響です。
次の日の朝。
しおりは一冊の本を手に登校した。
「昨日言ってたラブコメ、これなんだけど……よかったら読んでみる?」
カバーを外した状態で差し出したが、ユイは表紙の内側に印刷されたタイトルをしっかりと目にしていた。
『イケメン幼なじみは俺様ドS生徒会長!?』
しおりは、それに気付いているとは露知らず、そっけないふりを装っていた。
「ありがとう。読んでみる」
ユイはそう言って本を受け取り、鞄にしまった。
——そして、事件は始まった。
翌日の昼休み、しおりが席に戻ると、ユイがじっと見つめてきた。
「早瀬しおり、どこに行っていた?」
「えっ、ええっ?」
「俺の許可なく離れるとは……いい度胸だ」
「……え? え???」
突然の上から目線、しかも口調が完全に別人だ。
「ちょ、ちょっとユイちゃん? なんかキャラ変わってな——」
ユイはすっと立ち上がり、近づいてきた。そして——
「黙れ」
顎クイ。
教室が静まり返った。
「なっ……」
顔が近い。近すぎる。しおりの頭が真っ白になる。
(ちょ、ちょっと待って!? その技はラブコメでしか見たことないやつ〜〜!)
ユイは芝居がかった口調で続ける。
「この俺に見惚れるのも仕方がないが、ここは学校だ。静かにしていろ」
「ど、ど、ど、どうしたの急にーー!」
その日一日、ユイの俺様モードは続き、教室は騒然。
女子からは「かっこよすぎて逆にムリ!」という悲鳴と、「尊い……」という溜息が飛び交い、男子たちは妙な威圧感に負けて誰も近寄れなかった。
給食の時間も、ユイはトレイを運ぶしおりの前に現れ、
「お前の好きなメニュー、俺が先に取っておいた」
「えっ、なんで知って……っていうか先にって……」
「このウインナー、たこさんウインナーにしといたぞ、好きだろこういうの」
「なっ……なんでそんなとこまで知って……」
「まさか、俺の気持ちに気づいていないのか? フッ……天然め」
「な、なんでそのセリフラノベっぽいの……」
午後の休み時間には、今度は男子生徒たちに囲まれた。
「なあユイちゃん、そのキャラって……」
「誰にでも俺様モードなの? それとも、しおり限定?」
ユイは髪をかき上げながら、片眉を上げた。
「勘違いするな。俺が特別扱いするのは、アイツだけだ」
「アイツ……って、早瀬!?」
どよめく教室。
しおりは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ちょ、ちょっとユイちゃん!! いきなり爆弾発言すぎるってばーっ!」
ラブコメの世界観を引きずったまま、ユイの暴走は続いていく。
そして、誰も気づいていなかった。
彼女が、あのラブコメ本を読み終えたその夜、こっそり『ツンデレ』『壁ドン』『幼なじみとは』などを検索していたことを——。
その小さな異変は、次なる事件の序章にすぎなかった。