第13話:二人の夏休み
──やってきました、夏休み。しかも今回は、ふたり旅。
目的地は、小さな温泉街。駅のホームを出た瞬間、ふわっと硫黄の香りと蝉の声が出迎えてくれた。
「しーちゃん、さっそく顔に『温泉旅館、食べたい』って書いてあるぞ?」
「そうそう、美味しそうだよねーって、旅館は食べれないから! 温泉まんじゅうでしょ!」
ユイのからかいはいつも通り。駅前の看板にあった『名物:ゆずまんじゅう』がさっそく気になっている。
実は、夏の終わりに何か思い出っぽいことをしようということで、ふたりが選んだのがこの温泉街だった。「非日常」「癒やし」「旅館のごはん」──それに、偶然見つけた観光案内に「夜は川辺から花火が見えるかも」なんて書いてあって、しおりはうすうす思っている。これ、絶対ユイが狙ったなと。
チェックインまでにはまだ時間がある。ふたりは浴衣姿の観光客にまじって、ぶらりと温泉街を歩いた。
「こういう商店街って、妙にくじ引きが多くない?」
「景品が『スーパーファミコンのカセット』って、ゲーム本体持ってなくて困るやつ!」
そんなツッコミを入れながら、道中で射的やわたあめにも手を出し、ふたりは温泉街を笑い合いながら歩いた。
宿に着いたのは夕方前。
畳の匂いがして心が安らぐ。窓から川が見える部屋だった。
二人は部屋に荷物を置いて、さっそく温泉へ。
脱衣所で、ユイがやけに堂々としている。
「しーちゃん、見てろ。これが温泉での脱ぎ方・お手本編だ」
「その全集中・浴衣の型みたいな動きやめて!」
ふたりは笑いながらのれんをくぐった。
「……ふぅ~~~~~~~」
湯船につかるしおりの声が、完全に溶けていた。
一方ユイはというと、肩まで湯に浸かりながら、目を瞑っている。
ここの温泉の効能を分析した!(筋肉疲労回復・美肌効果・そして心のデトックス効果も高い!)
「ユイちゃーん、分析しなくても書いてあるよー!」
そんな会話をしながら、ふたりはしばらく湯のぬくもりに身を任せた。
風呂あがり、浴衣に着替えて旅館の中庭に出る。
外はもうすっかり夜。風鈴の音、ぼんやり光る提灯、湯けむりの向こうをすれ違う他の宿泊客。すべてがどこか非日常で、映画の中に迷いこんだようだった。
「しーちゃん、旅行っていいね」
「うん。こういうの、いいね。気持ちがゆるむっていうか……」
「うん、すごく。なんか、来てよかったなって思う」
ユイは、微笑みながらそう言った。
しおりはなんだかうれしくなって、少し照れながら「うん」とうなずいた。
旅館の部屋に戻ると、窓辺からはちょうど川が見えた。
と、その時──
──ドンッ。
空が光り、胸を打つような音が響いた。
「……あ、始まった」
花火だった。遠くの対岸、黒い山の向こうから、大輪が夜空に咲いた。
何発も花火が打ち上がり、川面に映って、空に咲いて、そして消えていく。
「音が、心臓に響くね……」
ユイは少し笑ってから、夜空を見上げて言った。
「うん、なんかこう……心に響いて、あとから思い出すやつだね」
その言葉に、しおりは「そうだね……」と、ゆっくり微笑んでうなずいた。
何か胸の奥にふんわりと温かいものが広がるのを感じた。
「しーちゃん。次はどこ行く?」
しおりは、ちょっとだけ考えて──笑った。
「じゃあ次は……異世界、行ってみる?」
ユイが目を見開いて、にやりと笑った。
「異世界か、爆裂魔法と猫耳を用意しておかないとな」
「いや、それ楽しそうだけどちょっと怖いから!」
楽しい笑い声が響き、夜空には星が空いっぱいにまたたいていた。
おしまい




