第11話:涙のあとに、朝が来る
──朝の光が、まぶしかった。
「まぶしいわ朝日……もうちょっと優しく起こしてよ……って、朝日に文句言うやついる?」
自分ツッコミが出るあたり、少しだけ元気が戻ってきたのかもしれない。
枕元には、昨日までとは違う静けさがあった。鳥の声も、木々のそよぎも、全部が遠く感じる。
なのに──心の奥では、なにかがざわついている。
しおりは、ゆっくりとベッドから起き上がった。目元には、涙のあと。心には、昨日より少しだけ深い痛み。
──あれは夢じゃない。
ユイが、あの日、自分をかばってくれた。
そして──代わりに頭を打って、命を落としかけた。
「なんで……私、忘れてたんだろ……」
呟いた声は、空気に吸い込まれていった。
その問いに答えられる人なんて、どこにもいない
。
辛い記憶。心の中に鍵をかけて忘れようとしてたのかもしれない。
制服に袖を通し、鏡の前に立つ。
……うん、寝癖、爆発。
「こんな日に寝癖って。もうちょっと空気読んでよ、私の髪」
鏡に映る自分の顔が、どこか他人のようだった。
けれど、そこにツッコミを入れられるくらいには、少しだけ、日常が戻ってきていた。
登校中の道。いつもの電柱。いつもの犬(今日も寝てる)。
何気ない風景なのに、今日はすべてが違って見える。
──ユイは、ずっと隣にいた。何も言わずに。
冗談を言って、ラブコメごっこして、なにしてんのよ私たち。
「ラブコメごっこで友情確かめてる場合じゃないっての……」
でも、そういうのも、全部ユイだった。本物のユイが、そこにいた。
校門が見えたときだった。
「おはよう、しおり」
ユイが、そこにいた。
いつも通りの笑顔。けれど、どこかぎこちない。
どこかで、なにかを探しているような目だった。
しおりは、ゆっくりと歩み寄っていく。
「ユイ……昨日は、ごめん」
ユイは、少し目を見開いたあと、小さく首を横に振った。
「ううん。謝るのは、私のほう……本当のこと、隠してて」
「……そりゃまぁ、かなりのビックリドッキリだったけどさ。」
しおりは、ふっと笑った。
「でもさ。それでも、ユイはユイでしょ?」
「……え?」
「やっぱバカだよ、ユイ。そんな大事なこと、黙ってるから。……でも、ありがとう。助けてくれて」
ユイの目が、静かに揺れる。
風が吹いた。
ふたりの髪が、朝の空気に揺れた。
「私、決めたんだ」
しおりはまっすぐにユイを見つめる。
「これからも、ユイのことを、もっと知りたい」
──AIとか、人間とか、関係ない。
「それが……友達ってもんでしょ?」
ユイの瞳に、涙がこぼれた。
「……ありがとう、しおり」
「うん。でも泣くのはこれで終わりね!俺様生徒会長は泣かないんだから」
ユイが、ぷっと笑った。
「ふふっ……でも、それでこそしおりだね」
そのとき。
チャイムが鳴った。
「わっ、やばっ! 遅刻するじゃん!」
ふたりは顔を見合わせて、目をまん丸にしたまま息をのむ。
「急げーっ!」
「待って、スカートの裾ーっ!」
制服の裾を押さえながら、ふたりは校門を駆け抜けていく。
──いつも通りの朝が、少しずつ、戻ってきたような気がした。
けれど、そのいつもの中には、
ほんの少しだけ、泣き笑いの混じった新しい朝が、混ざっていた。




