第一章 「日常」は突如終わりを告げて 2
死ぬ。感覚的にわかった。あと数秒もすれば、ガラスの群れは肌を切り裂き、そのショックで意識は途絶えるのだろう。私は瞼を閉じる。すると、走馬灯が脳内を駆け回る――はずだった。
え、と思う。そこにあったのは、いや、そこには何もなかった。何の思い出も、感傷も。私には、走馬灯が流れなかった。ただ、暗黒が覆っていた。
何かを必死で思い出そう、思い出そうとするのに、何も思い出せない。これでは、まるで初めから、なにも――。
そんなの、嫌だ!
無根拠な怒りが私の目を開かせた。
「ッツ」そして、絶句した。針金みたいな死神――文旦が私に覆いかぶさって、ガラスを受け止めていた。
「だいじょうぶ?」文旦は、心からよかった、といった感じでほほえんだ。自分は背中にガラスが突き刺さっているのに、なんでそんなに――。それは、やさしいやさしい愛情。彼女は、瞬時に理解した。目の前のこの青年が、自分を心から愛してくれているということを。涙がふいに頬を伝った。
「なんで……、なんで、私なんかを……」私は泣きながら、息も絶え絶えに尋ねる。
「それはもちろん、君が好きだからだ」答えは、わかってた。
ああ、そうか。私は、今までの日常に別れを告げることになるんだ。
私は涙を袖で拭う。目をごしごしとこすって、頬をおもいきりたたく。
「文旦。私は、何をすればいい?」
「そうだね、僕についてきてほしいかな」そう言って文旦は、恐ろしいスピードで走り出す。「ついて来れる?」一瞬で遠く離れてしまった私に、彼は尋ねる。私は息を素早く吸って、答える。
「無論、ついて行くわ」
私に走馬灯が流れる、その日まで。
私は駆け出した。