導入 prologue
目の前には針金が傘を持って、私を上から見下ろしていた。いいや、正しくは針金みたいな男の人。仕立ててすぐみたいなパリっとした濃紺のスーツがよく似合う。一目で上等なものだとわかる、クラシックな黒い傘。そして何より――その異様なほど細く、長い腕、脚、首。どの部分も病的なまでに白かった。
「えっと、あの……死神?」私の口は初対面なのにもかかわらず恐ろしいほどすべって、その男の人に対するありのままの感想を述べる。やや、と口を慌ててふさいでみたけれど、その言葉は聞こえてしまったらしく、男の人は驚いた顔をしていた。
「いや、わざとじゃないんです。ただ、あなたがあまりにもその――きれいだったから」私の口は変わらずすべり、まるで安いナンパまがいの言葉を口にしてしまっていた。私がどう取り繕ったものかとあわあわしていると、初めて、男の人が笑いながらこう言う。
「いや、そんなに怖い見た目してたかな、僕。うーん。アンダーグラウンドな雰囲気が伝わらないよう、せいいっぱいおしゃれしたつもりなんだけど……」
「し、失礼しました。ほんと、すみません……」私は短く頭を下げる。そうして目線を地面から男の人のほうに持っていくと、なぜか男の人がくしゃっとした笑みを浮かべて、私の目を覗き込むようにしてかがんでいた。
「何ですか」緊張のあまり硬い声で私は言う。男の人の顔が近かったせいだ。そしてその目が、幼い少年のように無邪気で、美しかったからだ。吸い込まれるような漆黒の瞳。
「あのね」と、男は言う。「笑わないで聞いてほしいんだけど――」
「スコープで覗いた、たかだか二秒――その程度の時間でさ」
「ぼくは君が好きになった」
……なるほど、なるほど。つまり、ナンパ?電波?いやあ、やだなあ、もう。人違いですよ――って。
「は?」