無口な彼女は甘えたがり。
SHRが終わり、クラスメイトは各々教室を出ていく。
これから部活やら友達と遊んで放課後に青春の一ページを刻むのだろう。
ある程度人が減ってきた時、机に突っ伏していた俺の肩が優しく叩かれた。
「…………」
「帰るか」
言うと目の前にいる少女──涼白花奏は小さく首を縦に振った。
「今日はどこか寄って帰るか?」
「…………」
反応は無い。
恐らく考え中ということだろう。
付き合うようになって二ヶ月、無口で表情も乏しい彼女のことが少しだけ分かるようになってきた。
ここで俺の彼女──涼白花奏について少し説明しておく。
付き合い始めた経緯はいずれ説明するとして、彼女は基本教室で一人過ごしている。
ただ、クラスメイトに阻害されてるわけでなく、無口、無表情なためクラスメイトが彼女の対応に困ってるという感じだ。
ミステリアス、そこが良い……とかで隠れファンも多いらしいが、その感覚はよく分からん。
下駄箱に到着し靴を履く。
校門を出て右に曲がって十五分ほど歩けば俺たちが住んでるマンションがある。
そう、偶然にも俺たちは階は違うが同じマンションに住んでいるのだ。
だからいつも通り学校を出て右……に曲がろうとしたところ、袖を弱めに引っ張られた。
「……どうした?」
聞くと、涼白は考える素振りをしてから袖を少し強めに引っ張り"左"へ歩き出す。
抵抗する必要もないので俺はそれに続いた。
「…………」
「…………」
無言で歩き続ける。
いつの間にか袖摘みからギュッと腕に抱きついていて、歩きにくいけども表情が希薄な彼女の横顔が朱に染まっていて可愛いから良しとしよう。
そのまま先導されるように道を進んでいると、公園があった。
その中へ入り、ベンチに二人揃って腰をおろす。
「…………」
「今日は天気良いからな」
コクっと頷く涼白。
それきり会話はせず、何をするでもなくただボーッと前だけを見ていた。
公園で遊んでる子供達の喧騒、親御さんたちの談笑が、この状況においては耳心地いい。
普段放課後一緒にいる時は俺の部屋で読書したり勉強したりしているが、こういう時間も悪くはない。
ただ、ふとこの公園に連れてこられた目的を考えてみる。
涼白に顔を向けると、モジモジ、チラチラこちらの様子を気にしていた。
なんだろう……と思いつつ凝視していたら視線に気づいた彼女はふい、とそっぽを向いてしまう。
…………ますます疑問符が浮かぶ。
多少涼白の考えが分かるようになってきた俺でもまだ二ヶ月程度の付き合いだ。完璧じゃない。
だからこうして唐突な行動に出られると涼白の出方を窺うことしか出来なくなる。
とりあえずアクションが起こるまで読書でもして待機しようとしたら、肩を突かれた。
「…………」
なるほど、読書はダメらしい。
ということで雲を眺めてることにした。
右側にクロワッサン型の雲があるなぁ、とかひこうき雲久しぶりは見たなぁ、とかぼんやりしていたらぽすっと何かが俺の太腿に乗ってきた。
「……あの、涼白さん?」
「…………」
俺から見えるのはふんわりしてる黒髪のみ。
思わず触れたくなるのをギリギリで堪え、現状を理解しようとする。
これは……あれだな。俗にいう膝枕だな。
ポジションが悪かったのか、涼白は身動ぎして位置を調整していた。
そのくすぐったさを我慢して静かに息を吐く。
「えっと……、これをして欲しかったのか?」
「っ……⁉︎」
聞くと、ぴくっと肩を揺らし身を縮こまらせて小さく頷く。
なるほど……今日は甘えたい日なんだな。
確かにこういう日は時々ある。
無口、無表情と言っても彼女に感情がないわけではない。
楽しい時はそんな雰囲気を醸し出し、怒ってる時はオーラからひしひし伝わってくることも多々ある。
家での勉強中、唐突に俺の肩に頭を乗せてそのまま寝落ちすることもあるから、今日のはそれに近い感じ。
ならば、と俺は今度は遠慮することなく涼白の綺麗で透き通るような黒髪へと手を伸ばした。
そして梳くように髪に触れる。
「んっ……」
気持ち良さそうな声を聞こえてきた。
それだけで俺も気分が良くなる。
このままこの時間が永遠に続いても問題は無い。
「あっ、ママ! あそこラブラブしてる!」
「こらっ、そういうことは言っちゃダメよ!」
今すぐこの時間が終わることを願った。
既に発言した子供とその親は視界から消えてくれたが、他の周りにいた人たちがチラチラ俺たちに視線を送ってくるのが気になって仕方がない。
やめろ、見せもんじゃ無いと叫びたくなる。
が、注目されてるはずのもう一人、涼白は無反応のままだった。
なら俺が騒いで彼女の憩いを邪魔するわけにもいかないので、羞恥に耐えることを選んだ。
それから数分、静かに涼白は体を起こした。
そして自分のスカートを払い、指をさしてくる。
「……待って」
「……?」
なんだよその首傾げ可愛いなおいじゃなくて。
えっ……? 次俺が膝枕される番ってこと?
相も変わらずこちらを気にする子供や親御。
いや、子供は無邪気に遊んで親御さんは旦那の愚痴やら町内の変な噂流しまくっててくださいお願いします。
涼白の顔と膝に視線を彷徨わせていると、肩に手を添えられてゆっくりと引き倒されていく。
俺はそれに抵抗できるはずもなく、ゆっくりと重力に従いやがて柔らかな枕へと頭が着地した。
「…………」
「…………」
身体が硬直する。
スカートから伸びる脚から意識を逸らすため遠くに目をやった。
無邪気にこちらを指差す子供、微笑ましそうに見物してくる親たち。
俺にとってこの空間は四面楚歌そのものだった。
「…………」
「…………」
頭を撫でられる。
さっき俺がしてあげてたことをそのまましてくれてる感じ。
その優しい手つきに、恥ずかしさとかどうでも良くなっていき、いっそこのまま身を任せたいとさえ思ってしまった。
なるほど……女の子が彼氏に頭ポンポンされるのが好きってのが、なんとなく分かる気がする。
男の俺でも彼女にしてもらってる現状、ニヤつくのを抑えるのに必死な状態だ。
好きって偉大だな、と安直な思考に落ち着いた。
──そういや涼白に好きって伝えたのいつだっけ?
告白した時に伝えたか……それすら曖昧だった。
いや伝えたと思うけども、なにぶん彼女が無口だと自然と俺もあまり喋る事がなくなるし、好意という好意をきちんと伝える機会があまりにも少ないんだ、俺たちの場合は。
いや違う。それはただの言い訳に過ぎない。
伝えようとすれば一日に何回でも伝えられるし、それを怠ったのは俺の責任。
ならば思い立ったが吉日、と勢いよく身体起こし涼白と正面から向かい合い彼女の名前を呼ぶと同時──、
スッと優しく抱きしめられた。
そして耳元で、まるで先の俺の思考を完璧にトレースしていたかのように彼女が囁く。
「……好き」
心臓が跳ねた。
なんで急に? とかそんな疑問を考慮できないレベルで彼女からのその一言は爆発力があった。
抱擁が強くなる。
そしてもう一度──
「……大好き、です」
声が震えていた。
覚悟を持って発せられた鈴音のような声が耳で反芻する。
……やばいな、これ。
何がやばいってとにかくやばい。
俺の彼女が可愛すぎる。
涼白の前だけかもしれない、俺がここまで自分を曝け出すのは。
これが惚れた弱みってやつか。
そんなことを考えながら俺も強めに抱き締め返した。
すると、公園にいた野次馬たちの拍手が巻き起こる。
「わ、悪い……!」
パッと離れて立ち上がる。
続いて涼白も腰を上げた。
そしてこちらに手を差し出してくる。
「……帰ろ?」
「……だな」
衆目に晒されて今さらオドオドする必要はないと開き直り、差し出された手を握り返すと涼白の口角が僅かに上がるのが見てとれた。
なんか笑うの久しぶりに見た気がする。……それこそ付き合うことになった時以来なんじゃ無いだろうか。
こういう何気ない日常も思い出話として彼女と話せるようになれば最高だなとそう感じさせてくれる、とある日の一幕であった。